俳優の大泉洋MCのAmazonオリジナル番組『ザ・マスクド・シンガー』Prime Videoで独占配信中。韓国から生まれた世界ヒットの異色のカラオケ番組が日本に初上陸(写真:©2021 Amazon Content Services LLC)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

昭和、平成、令和のヒットナンバー

俳優の大泉洋が司会を務める歌番組『ザ・マスクド・シンガー』全9話が10月15日(金)にそろいました。アマゾンがAmazon Originalとして作ったこの番組。今の日本の地上波テレビでは実現できないような超ド派手な演出でした。実は韓国から生まれた世界ヒット歌番組でもあるのです。ようやく日本に上陸したわけですが、日本版はどのように評価されたのでしょうか。


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『ザ・マスクド・シンガー』のキャッチフレーズは「WHO IS BEHIND THE MASK? 歌っているのは誰だ!?」というもの。マスクで顔を隠した歌うま有名人を当てる番組です。ある意味、宴会芸のようなコンセプトですが、洗練されたエンターテインメント番組であることは一目瞭然。“シャイニー・ステージ”と呼ばれるきらびやかさが売りのセットがまずは目に飛び込んできます。今、世界で売れている番組の多くはこのシャイニー・ステージが使われ、華やかなエンターテインメントの世界を最大限に演出しています。

そんなセットでパフォーマンスする“マスクドシンガー”たちは顔だけでなく、全身コスチュームに身を包んでいます。これがもし低予算番組であれば、子どもが喜ぶ着ぐるみショーのように見えてしまうのかもしれませんが、この番組では専属コスチュームデザイナーがデザインした「ネオンパンダ」や「アマビエ」「エスカルゴ」といった色とりどりのオリジナルキャラクターへと進化。キャッチーさを意識しています。ここでもお金をかけていることがわかります。


正体は大物歌手? 12人の“マスクドシンガー”たちが紅白歌合戦ばりのド派手なステージ演出で歌い上げる(写真:©2021 Amazon Content Services LLC)

選曲は昭和、平成、令和のヒットナンバーばかり。浜崎あゆみの「evolution」に、モーニング娘。の「恋愛レボリューション21」、今井美樹の「PRIDE」、中森明菜の「DESIRE-情熱-」など中年世代がカラオケでよく歌うような懐かしいナンバーも並びます。それをスポーツ選手にアイドル、大物歌手、女優、モデル、芸人ら正体を隠した12人の“マスクドシンガー”たちが紅白歌合戦ばりのステージ演出で歌い上げ、勝ち抜きバトルを繰り広げていくのです。

これだけでは、単なるカラオケ番組になってしまいますが、『ザ・マスクド・シンガー』は“歌”と“推理”を掛け合わせているのが最大の特徴です。とはいえ、歌っている声やヒントで目星がつく簡単なもの。幅広い視聴者層を想定してか、難しさを追求していません。


レギュラーパネリスト陣のPerfume、水原希子の珍回答と華やかな衣装も見どころの1つにある(写真:©2021 Amazon Content Services LLC)

大泉洋が快調なしゃべりで仕切り、それに応えるパネリスト陣のMIYAVI、Perfume、水原希子、バカリズムらの推理がむしろ視聴者を惑わします。水原が一貫して「バード(マスクドシンガーのキャラクター)は土屋アンナさん!」と答えていましたが、もはや当てに来ているのかそうではないのか、余計に混乱するほど。つまり、正解することよりも「もしかして……」と、想像の人物を気軽に誰かと言い合いながら楽しむエンターテインメント番組なのです。このハードルの低さゆえに、世界的な番組トレンドになっているほどウケているのです。

厳しいコメントが並ぶAmazonレビュー

では、肝心の日本での評価はどうでしょうか。Amazonレビューでは厳しいコメントも多数見られます。有名人の正体が明かされる見せ場で「Take it off!」の掛け声をかけ、オーバーリアクションの観客席の反応など、アメリカナイズされた番組全体の盛り上げ方に違和感を覚えた様子。これは否定できない部分があります。簡単な推理ゆえに「面白さが伝わらない」という意見もあります。


中森明菜の「DESIRE-情熱-」など、昭和のヒットナンバーを圧倒的な歌唱力で魅了した「バード」の正体は土屋アンナ!?(写真:©2021 Amazon Content Services LLC)

たとえ世界でヒットしている番組でも日本ではそのとおりにならないことはよくあること。熾烈な視聴率競争の中で作られた多種多様のバラエティー番組を取捨選択してきた日本の視聴者は、どの国よりも厳しい目を持っているとも言えます。そんななかで、『ザ・マスクド・シンガー』において日本独自の盛り上がり方があったことは注目すべき点です。

それはSNS上で“ファンアート”が拡散されていたことにあります。ファンがお気に入りのマスクドシンガー(キャラクター)を元に二次創作した“ファンアート”がSNS上に投稿されているというのです。これについてアマゾンスタジオ アジアパシフィックの責任者であるエリカ・ノース氏は「マスクドシンガーというキャラクターそのものに感情移入した結果。日本特有の番組ファンの育ち方があった」と分析しています。

「『ザ・マスクド・シンガー』が世界で成功している理由のベースには、音楽やコスチューム、セットのビジュアル、推理の楽しさというものがありますが、感情に訴えかける要素があることはとても大事なことです。それによって番組と視聴者を固く結びつけ、ファンダムが育っていくのだと思います」(ノース氏)

結果、プロモーション効果にもつながり、アマゾンとしては日本版『ザ・マスクド・シンガー』を手がけた価値はあったと考えています。

アメリカやドイツでロングランヒット

そもそも『ザ・マスクド・シンガー』がどれぐらい世界で成功しているかと言うと、オリジナルの番組を制作した韓国最大手の放送局MBCが10月13日にフランス・カンヌのコンテンツ見本市MIPCOMで発表した数字によると、54カ国で展開されていることがわかりました。


世界54カ国で展開されている『ザ・マスクド・シンガー』のセットは“シャイニー・ステージ”と呼ばれるきらびやかさが売り(写真:©2021 Amazon Content Services LLC)

2015年に韓国MBCで放送スタートした後、韓国国内でじわじわと人気を集めていき、その後、海を渡ってタイ版がヒットしたことを皮切りに2019年にはアメリカの4大ネットワークFOXでアメリカ版がスタート。それが世界的大ブレイクへとつながっていきます。FOXでは現在シーズン6まで制作され、最高視聴数660万人を記録しています。これはロングシリーズの人気ドラマなどと匹敵する数字です。さらに、アメリカだけでなく、世界各地でもヒットを飛ばし、ドイツではシーズン5まで制作されるほど人気を得ています。

世界各国で現地版が成功しているこうした背景が日本版を制作にするに至った大きな決め手になったこともアマゾンは明かしています。『バチェラー』などすでに海外ヒット番組を日本向けにリメイクし実績を作っていることも大きいのです。

「日本で話題になるコンテンツを作ることはアマゾンにとって大変重要なことです。そのために、日本のクリエイターをサポートすることも重要で、日本のエンターテインメント産業の一翼を担えるようになりたいと思っています」と、そんなビジョンがあることもノース氏への独占インタビューでわかりました。さらに、長期的にコンテンツ分野への投資を増やしていくことも示唆していました。

こうした制作事情を知らずとも楽しめる番組ですが、ドラマや映画のみならず、歌番組でも世界を凌駕する韓国発エンターテインメントコンテンツとして見る価値あり。ド派手演出が最高潮に達した最終話まで見届けたところで、さらに強くそう思います。