Appleのティム・クックCEO(写真:Jonathan Cherry/Bloomberg)

テックジャイアントと呼ばれるGAFAM、すなわちグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフトは誰もが知る巨大企業だ。一見、順風満帆に見える5社だが、その中でアップルの未来に関して懸念を示すのが「バズフィード・ニュース」のテクノロジー担当シニアレポーターであるアレックス・カントロウィッツ氏だ。

同氏の近著『GAFAMのエンジニア思考』より、アップルの現状と未来に関する分析を紹介する。

アップル衰退の兆し

アップルが特別な扱いをしている人物に、ユーチューブのスターで、1000万を超える登録者数を誇るマルケス・ブラウンリーがいる。

歯切れのよい最新テクノロジーの製品レビューを行うブラウンリーは現在、一般社会におけるテクノロジー企業のイメージをかたちづくる新しいインフルエンサーである。

ブラウンリーはアップルの製品発表イベントの常連ゲストであり、経営トップたちと会うことも許されている代わりに、肯定的なレビューでアップルに大きな見返りを与える。そんな関係性だった。

しかし、2018年2月、新しいスマートスピーカーであるアップルのホームポッドを取り上げたブラウンリーのレビューは驚きだ。

ホームポッドは、グーグルホームやアマゾンエコーに対する待望のアップルからの答えだった。ブラウンリーはそのつくりのよさやボタン(音量の調節用)、電源コード、質感、高精度なサウンドをほめたが、その後9分40秒間、ひたすらこき下ろしたのだ。

「複数の人の声を判別できない」「ほかのホームポッドと同期できない」「デフォルトの音楽プレイヤーをスポティファイに変えられない」など、欠点の指摘はさらに続いた。

「オンラインで商品を購入できない。テイクアウトの注文もできない。ウーバーやタクシーを呼べない。カレンダーの予定を読み上げさせることも、カレンダーに予定を登録することもできない。同時に複数のタイマーをかけることができない。音声で電話をかけることができない。レシピを探すことができない。『アイフォーンを探す』を使えない……。まだまだ続くよ。ほかのスマートスピーカーと比べてホームポッドだけ、できないことがものすごく多い。だから結論として、ホームポッドはダメな製品だ」

この残念なデバイスは、アイデアをトップダウンで伝えるような古い仕事のやり方が、いまだに残っているアップルの企業文化の産物だった。

ティム・クックのアップルでは、創意工夫にあふれ、誰もがアイデアを出し合い、コラボレーションで仕事を進めるという「エンジニア思考」はまったく見られない(クック自身はエンジニアだけれども)。民主的な革新はほとんど推奨されず、人間もアイデアもヒエラルキーに制約されていて、コラボレーションは秘密主義に妨げられている。

その結果は予想どおりで、アップルはトップから与えられた単純なアイデアを磨きあげていくのは大得意だが、会社全体から集めたアイデアをもとに、新しく創造性にあふれた製品をつくることには苦労している。

果たしてアップルは急速に変化するビジネスの世界で、企業文化全体を変えずにこのままやっていけるだろうか?

アップルの改良者的な発想の限界

ジョブズが生きていたころは、アイデアを思いつくのは彼で、社内のほかの人々の仕事はそれを改良することだった。

アップルの文化は実務優先型、すなわちトップから与えられたアイデアを洗練させるようにできていた(そして、いまでも変わっていない)。

アップルはいまだに、ジョブズが亡くなる前に考え出した2つの看板商品、つまりアイフォーンとマックを改良しつづけている。

アイフォーンとマックはさらに薄く、高速になった。アップルウォッチ(アイフォーンを持っている人向けの時計)やエアポッド(アイフォーンを持っている人向けのイヤホン)といったウェアラブルデバイスで、さらに便利になった。顔認証やアップルペイといった便利な機能で、アイフォーンの使い心地はさらによくなった。アップルほど既存の資産を活用している会社はない。

しかし、これらのデバイスを超える創造については別の話だ。ホームポッドや自動運転車の自社製造など、野心的な新製品をつくろうというアップルの賭けは失敗しつづけている。

そしてその原因は、ジョブズ時代の遺産であるアップルの改良の文化なのだ。

現在はジョブズに代わって6名の経営陣がアップルを経営し、彼らがアイデアを出して社員たちが実務を行っている。

アップルでは、デザイナーがこの役員たちの注文を実現する第一線の従業員である。アマゾンやフェイスブック、グーグルではエンジニアが君臨しているが、アップルではデザイナーが神なのだ。

ほとんどの企業では、デザイナーは中身のできているものの外見を整えるのが仕事だ。だがアップルでは、デザイナーが製品の見かけや使い心地を決定してから、エンジニアや製品マネジャーがそれを実現する役回りである。

それが技術的にどんなに難しくてもおかまいなしだ。

アップルの製品開発プロセスにおけるデザイン重視主義は、同社が主力デバイスを改良しつづける原動力となっている。

デザイナーを軸にしてトップに権力を集中させることで、アップル経営陣は同社の一般社員から距離をおいている。社員の仕事はアイデアを出すことではなく、実務ワークに専念することのため、経営陣と交流する機会はほとんどない。

アマゾンやフェイスブック、グーグルの社員たちは毎日のようにCEOと交流があるが、アップル社員とティム・クックはめったに交流しない。

ザッカーバーグやピチャイが社内に対して経営陣との質疑応答のミーティングを開き、ベゾスが6ページ文書で交流をはかっているのに比べ、アップルにはアイデアを経営陣に届ける手段がほとんどない。

数年前のビジネスを取り巻く環境、すなわち実務ワークという重荷が社員のアイデアを生み出す能力を妨げていたころなら、ジョブズの後任としてクックが当然の人選である理由が理解できただろう。

しかし、現在のビジネスの世界は変わった。そして、アップルはいずれにしろ適応せざるをえないだろう。社員のアイデアを利用できない経営者ではなく、利用できる経営者が成功する時代が来る。

デザイン至上主義の弊害

2010年代の半ば、アップルは自社製の全自動運転車への挑戦を始めた。プロジェクト・タイタンというコード名のもと、アップルはこの自動車の開発に大きな人員を割り当てた。

それが、同社の次の「革新的」製品になると信じたからだ。しかしクックが発表のスピーチをするまでには、まだ当分時間がかかりそうな気配である。

このプロジェクトはホームポッドを苦しめたのと同じ、数々の障害によって開発が難航した。

アイフォーンの改良と同じように、アップルはこの自動車プロジェクトでも、デザイン担当に重要な決定を任せた。しかしスマートスピーカーと同様、自動運転車をつくるときには自動車の見かけよりも、内部のソフトウェアのほうがずっと重要だ。

ところがデザイン担当は、何がこのプロジェクトにとって最良かを問いかける声を聞かずに、負担ばかり増やすような指示をトップダウンで出して、エンジニアをいらだたせた。

元アップルエンジニアの話では、アップルのサイロ化(情報共有が図れない状態)のせいでプロジェクト・タイタンはさらに難航することになった。同社は機械学習への取り組み方を完全に間違えていたという。

「自動運転システムをやっている人も、顔認識をやっている人もいたが、おたがいに話をすることはできなかった。自分のやっていることを共有できなかったんだ」と彼は話す。

「エンジニア自身のアイデアなんてなかった。いつもそうなんだ。それがアップルの問題だ」

告知したリリース日に間に合わず失望を呼んだスマートスピーカーや、いまだリリース日が決まる状況になくスタッフも減らされた自動車のプロジェクト、この2つには共通点がある。秘密主義とトップダウンでの計画策定という、以前ならアップルの仕事を支えてきた要素が、将来に向けて同社のやり方を革新し直そうとする試みを妨害してしまったことだ。エンジニア思考の欠如は明白である。

プライバシー重視の戦略に未来はあるのか?

プライバシーは、現在ではアップルの広告戦略の一部である。2019年のラスベガスでの国際家電ショーで、アップルは大きな掲示板に「あなたのアイフォーンで起こること、それはあなたのアイフォーンから漏洩しない」というメッセージを掲げた。

プライバシーを強調することで、クックはアップルのiメッセージをフェイスブックのメッセンジャーと、アップルのマップスをグーグルマップスと、アップルのシリをグーグルアシスタントと差別化する。

クックやアップル経営陣は、アップルの大きなイベントでプライバシーに関するメッセージをしつこいほど繰り返す。彼らによれば、アップルのソフトウェアだけを使っていれば、データ漏洩について心配することはないという。

もしアップルが業界に先駆けて体質改善に向けて革新できないのであれば、今後もアップルというブランドの栄光を維持するために、たとえばプライバシーのような何かが必要になるということだろう。

アップル社員へのインタビューを通じても、同社のプライバシーへの傾倒が本物だとよくわかった。アップルは顧客のデータを競合他社のようにいいかげんに扱うことはない。たとえ同社の製品に不利益があってもだ。

「プライバシーという理由で、アップルの開発チームはグーグルやアマゾンの開発チームならアクセスできるようなデータにアクセスさせてもらえない」と、あるホームポッドエンジニアは話した。

アップルの未来について、私は、アップルの共同創設者であるスティーブ・ウォズニアックにインタビューすることができた。

会話は変革についての議論で始まり、ウォズニアックはアイフォーンについて自身が考えていたことを率直に述べてくれた。

「ユーザーとして、現在のアップルの製品に満足している」とウォズニアックは言った。

「アップルの売り上げやマーケットシェアが半分になってしまったらどうかって? だからなんだというんだ。それでも大企業じゃないか。なくなったりしないさ」

しかし、アップルはアイフォーンの成功にあぐらをかいているつもりはない。

アップルは自動車をつくりたい。アップルはホームポッドとシリを成功させたい。スティーブ・ジョブズ・シアターで、アップルTVプラスの番組の予告編を見せる以上の大きな発表を行いたい。

そしてアップルはほかにも、私たちに内緒にしている計画があるようだ。ただしこれらの夢を実現するには、アップルはその文化を変えなければならない。

インタビュー終盤の一言で…

エンジニア思考についてウォズニアックと議論して、アップルにもっと変革があふれるようになるにはどうすればいいかと尋ねてみた。


アップルの共同創設者は最初、自分は経営に携わっていないから、アップルが「もっと」変革あふれるようになれるかなんて知らないと言って、その場はやり過ごした。

しかしそろそろ別れようとする間際になって、ウォズニアックはその質問に答えた。

「低い層のマネジャーに決定を任せることだ。低い層にもっと責任をあずけるんだな」