旅客機 実はバックできます! でもしないのはナゼ? 今後も可能性は永遠に0なのか
駐機場から滑走路へ向かう旅客機にはトーイング・カーに押されるもの、前方に障害物が無ければ前進するものなどがありますが、自らバックして出発する光景はほとんどゼロです。なぜなのでしょうか。
逆噴射を用いれば可能?
飛行機が「バック」している光景、見たことある人はいるのでしょうか。
空港に駐機している旅客機は出発時、トーイング・カーと呼ばれる専用車両に押してもらって、バックで所定の位置まで下がった後、エンジンをスタートし前進で出発するというのが、一般的です。地方空港などでは、前進で発進した後、駐機場付近で180度ぐるっと回って滑走路に向かうといった光景も見られます。このほか2020年の夏からは、羽田空港でも一部駐機場から出発するANA(全日空)便のジェット旅客機で、そのまま前進して誘導路に進むといった新方式の採用が始まりました。
トーイング・カーに押されて出発する旅客機たち(乗りものニュース編集部撮影)。
このように出発方法は多様化しているものの、いずれも旅客機が前に進み出発しています。ところが実は旅客機の一部には、物理的には地上でバック走行することが可能な機種もあります。
旅客機の自力バック走行には、エンジン推力を用います。ジェット・エンジン系を搭載している機体には、一般的に逆噴射装置(スラスト・リバーサ)が装備されています。普段エンジンは後方にむけ噴射されることで推力を得ますが、着陸時に、エンジンの噴射方向を変えることで、進行方向と反対側の力を発生させ、着陸時の減速に用いるのです。
一般的にジェット旅客機の逆噴射装置は、エンジンカバーを開けることで空気の流れの向きを斜め前方に変える方法、排気口の後部に遮蔽版をたてて噴射の向きを前方に変える方法などがあります。プロペラ駆動のターボプロップ機でも、プロペラの羽根の角度を前方へ風が向くように変える「ネガティブ・ピッチ・プロダクト」という機能を用いることで、ジェット・エンジンの逆噴射と同じ効果を得ることができます。
実際、アメリカの空港では発着が多くない時間帯に、ダグラスDC-9系の機体が日常的に逆噴射装置を用いたバック走行していたこともありました。航空大国アメリカのスケールの大きさを感じるエピソードである反面、日本で同様の場面はほとんど見たことがありません。ちなみに、DC-9系は排気口の後部に上下に開く遮蔽版をたてて、ジェット噴射の向きを変えるスタイルの逆噴射装置を採用しています。
自力バックが主流にならないのはなぜ?
ただ、この逆噴射装置を用いて、自力で旅客機がバックする光景は、ほとんど観られません。これから先も、一般的にはならない可能性が高いでしょう。
まず、不用意にエンジンを稼働させることによる危険性です。駐機場周囲にはたくさんの車両やコンテナ、そしてスタッフが存在しますが、旅客機のコクピットから後方を見ることは、基本的に一切できません。こういった状況から、もし自力でバックしてしまうと、最悪のケースではこれらを吸い込むリスクがあります。
また、近年の航空業界では、低騒音、低燃費がトレンドです。旅客機に乗っている際、着陸直後に一瞬、エンジンの音が大きくなる瞬間があります。実は、あれが逆噴射装置の稼働している状況です。つまり自力バックは、あの大きなエンジン音を地上で轟かすことになるわけです。また、機体を動かせるほど、エンジンの出力を上げれば、相当に燃料を消費するわけですから、その面を考えても、現在のトーイング・カーに押してもらって出発する方が、合理的といえるでしょう。
主脚にはめ込むタイプのユニークなトーイング・カーに引かれ出発するジェットスター機。この車両は成田空港のジェットスター機のみが使用する(乗りものニュース編集部撮影)。
では逆噴射ではなく、車両と同じようにタイヤに駆動装置を付け自走できるようにすれば……という考えも思い浮かびそうですが、軽量化を重視する旅客機が、地上走行という飛行以外の目的のために無駄に重いパーツをつけることも難しいかもしれません。
ちなみに、運動性の良い軍用機のなかには、空中で“後ろ向きに進む”ことができるものも存在します。航空機には「空気による力」「エンジンの発生する推力」「地球の重力」がかかっており、そのバランスを利用すれば、擬似的に後ろ向き飛行のような飛び方もできるのです。
たとえばF-15やF-16などをはじめとする軍用機が基地祭でみせる機動の一つに「テイル・スライド」というものがあります。少し上昇気味に機首を上げて、エンジン推力を減らすと重力の方が大きくなり、ストンと下方に落ちるような状態になり、機体がバックしているように見えるというもの。その後のリカバリーは、機首を下げてエンジン・フルパワーで前進しなければならず、見ているとドキドキする動きのひとつです。