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開会式に先立つ7月21日、福島県福島市の球場で東京五輪の女子ソフトボールの試合があった。

球場の周りを取材した筆者が驚いたのは、この日のために福島の小学生たちが育てたアサガオの鉢の一部が、球場から離れた炎天下に置かれていたことである。

球場内やその周辺にきちんと飾られたアサガオもあったのだろうと思うが、筆者がこの目で確かめたアサガオは、「飾られていた」というよりも「放置されていた」というほうがふさわしい取り扱いだった。

筆者が写真をSNSにアップしたところ、大きな反響があった。直前に無観客開催になったという事情は分かる。だが、こどもたちがせっかく育てた花々の「扱い」が適切だったのか、疑問は拭い去れない。(ライター・牧内昇平)

●球場の裏側にプランター約100個が放置

ソフトボールの試合が行われた「県営あづま球場」は、「あづま総合運動公園」という大きな公園の中にある。五輪の期間中は球場だけでなく、近くのテニスコートや陸上競技場なども含めた広い範囲に3メートルほどのフェンスが立ち、一般の人を排除している。

筆者が見つけたアサガオの鉢は、このフェンスの外側に置かれていた。具体的には、球場から数百メートルの場所に設営された「チケット窓口」のそばに、アサガオの鉢が100個ほど置かれていたのである。競技は無観客で行われたため、チケット窓口のためのプレハブ小屋は無人になっていた。

近づいてみると、一つひとつの鉢にはメッセージカードがつき、<みんなでオリンピックを盛り上げよう>、<全力でがんばれ!>などと書いてあり、福島県内の公立小学校の名前が記されていた。

東京五輪の大会組織委員会は「フラワーレーンプロジェクト」という事業を行っている。各競技会場の手荷物検査エリアなどに集まる観客の行き来を整理するため、金属製のフェンスや黒いベルトのかわりに花々の鉢を並べようという取り組みだ。

希望した学校に花の栽培キットを送って種から育ててもらい、大会前に競技会場へ運ぶ、という流れである。筆者があづま球場の外側で見つけたアサガオの鉢も、このプロジェクトのものだと察しはついた。

それにしても心外だったのはこのアサガオたちの「扱い」である。

筆者が見つけたのは21日の午前11時ほどだ。福島市内の気温は30度を超え、アサガオには直射日光が照りつけていた。時間帯の問題かもしれないが、枯れたりしおれたりしている花が多かった。球場だけでなく公園全体に厳しい交通規制がしかれていたため、一般の人が簡単に通れる場所ではない。

場所は球場の裏側にあたり、選手団が見ることもなかっただろう。しかも、ステージを設けて展示したりしているわけでもなく、無造作に一つの場所にまとめて置かれていただけ、という印象だった。

●「やってることは偽善」ツイッターの反応 組織委は無回答

この扱いはおかしいのではないか。筆者はほとんど誰の目にも触れない場所に置かれたアサガオの写真を撮り、SNSにアップした。画像は多くの人の目にとまり、たとえばツイッターでは、数日で1万回以上リツイートされた。フォロワーの方からいただいた反響の一部を紹介する。

<「見せる相手がいない」と判断したんだろう。しかし、手をかけて育てた福島の子どもたちのことを少しでも思えばこんな扱いは出来ない。>

<この朝顔、何だか政府からオリンピックの蚊帳の外に置かれた一般市民に見えますね。>

<復興を演出するために福島県を利用するだけ利用して、やってることは偽善にしか思えないです。>

なぜ、この場所にこどもたちのアサガオが置かれていたのか。その扱いは適切だったのか。福島県内では、大会直前の7月10日に「無観客開催」が決まった。観客がいなくなったため、人の行き来を整理するための「フラワーレーン」が不要になった、という事情は容易に推察できる。

しかし、それならば、すべてのアサガオを最大限活用し、球場内に運び入れて無人となったスタンドに飾るなどの配慮はできなかったものか。自分たちの育てたアサガオが人目に触れなかったと知れば、こどもたちが残念がるのは目に見えている。

あるいは、筆者が発見した午前11時よりも前の段階では球場内などに飾られていたのかもしれない。仮にそうだとしても、その後の扱いは十分とは言えないだろう。

もちろん何か特別な事情があった可能性はある。移動のためにごく短時間のあいだ置かれていたのを筆者がたまたま目にしただけで、アサガオは活躍の場を与えられていたのかもしれない。

運営側の見解を知りたい。そう思って大会組織委の「フラワーレーンプロジェクト事務局」に問い合わせたが、「報道の窓口を通さなければ取材には応えられない。組織委員会の電話窓口から取材を申し込んでほしい」と直接の対応を拒まれた。

電話窓口から問い合わせたところ、広報担当部署の電話番号は教えてもらえず、「ここに連絡してください」とメールアドレスを一つ伝えられたのみ。教えてもらった広報窓口に7月26日にメールで問い合わせているが、8月6日時点で回答はない。

●学校関係者「こどもたちには話せない」

アサガオを育てた人びとはどのように感じているだろうか。

筆者はメッセージカードから確認できた福島県内の公立小学校に問い合わせ、フラワーレーンプロジェクトに参加した学校の関係者から話を聞いた。

「あのアサガオは春先に種をうえ、こどもたちが毎日水をやり、熱心に育ててきました。7月中旬に、業者の方があづま球場に持っていってくれました。鉢につけたメッセージもこどもたちの手作りです。がんばっている選手に届いてほしい、という素直なメッセージが多かったと思います」

この関係者によると、大会組織委側からは事前に、「会場の通路や会場付近に飾られる」と伝えられていたが、具体的な設置場所は聞いていなかった。無観客開催が決まった後も、それに伴う計画の変更などは伝えられていないという。

筆者がアサガオの鉢を見つけた場所や経緯などを話すと、関係者は声を落とした。

「それは、こどもたちには話せないですね。私は、このアサガオのことがずっと気にかかっていました。なにしろ、こどもたちが本当に一生懸命に育てていましたから。夏休みが明けたら、『みんなのアサガオが五輪を彩ったんだよ』と話してあげたかったんですけど……。無観客開催になって、花の置き場がなくなってしまったんでしょうか……」

神奈川県に住む30代女性は、筆者がSNSに投稿した写真を見て、「酷い。育てた子が見たら悲しむだろうな……」と感想を語ってくれた。

女性の子どもが通う公立小学校も「フラワーレーンプロジェクト」に参加したという。4月の末頃からアサガオの栽培を始め、雨の日以外はほぼ毎朝こどもたちが水をやり、観察日記もつけた。育てたアサガオは7月中旬、サッカーの試合が行われる横浜国際総合競技場(横浜市)に運ばれたそうだ。

女性は当初から、このプロジェクトに疑問を持っていたという。

「こどもたちがせっせと水やりをしていたアサガオを、ようやく花が咲くという時期に回収してしまうのはどうなのかと思いました。つぼみがつき、花が咲く。普通なら、こどもたちにはそういう楽しい時期を観察させてあげたいと思うんですけど……」

そして、横浜以外の会場ではあるが、アサガオが結局は人目に触れない炎天下に置かれていたことを知り、憤りを感じたという。

「種から育てていたこどもたちの気持ちが踏みにじられていることに怒りを覚えます。こどもたちがないがしろにされた感覚です。

オリンピックという世界大会の中で、小学生が育てたアサガオはちっぽけな事柄なのかもしれません。でも、コロナ禍でこどもたちは本当にいろいろ制限されてきた1年半でした。それなのに、せっかく育てたアサガオまでこんな仕打ちを受けなければならないのかと、怒りを感じました」

フラワーレーンプロジェクトの実施者は、学校関係者や保護者たちの疑問や憤りに応えるべきではないだろうか。