やる気がない、怠けている?「勉強できない子」の認知機能問題
計算が苦手、漢字テストが上手にできない、はさみがうまく使えない…。こうした特徴を持つ子どもたちを見ると「単なる不器用?」「雑なのかな?」などと考えがちですが、じつはその裏には、認知機能や運動機能になんらかの困難がある可能性もあるのだとか。
『困っている子を見逃すな マンガでわかる境界知能とグレーゾーンの子どもたち2
』(扶桑社刊)を上梓したばかりで、生きづらさを抱える子どもたちについて、長年研究している児童精神科医の宮口幸治さんに、お話を伺いました。
子どもの認知機能と勉強の関係性(写真はイメージです)
「子どもの認知機能が弱いと、勉強に支障が出てしまう」と語る、宮口さん。その仕組みとは、いったいどういうものなのでしょうか?
「学習の土台とは、運動でいえば基礎体力に相当します。鉄棒や跳び箱ができるためには、そのテクニックだけでなく、筋力、持久力、敏捷性、柔軟性、集中力などといった基礎体力が必要です。
同じように各教科を学習するためには、学習の土台となる認知機能(記憶、言語理解、注意、知覚、推論・判断など)の力が必要になってきます。その結果、認知機能が弱いと、『漢字が覚えられない』『黒板の文字が写せない』『繰り上がり計算ができない』などのほか、『先生の話を集中して聞けない』『不注意なことが多い』といった行動にもつながってしまうのです」
ところが、それらの認知機能の弱さは学校や家庭ではなかなか気づかれず、一見すると「この子はやる気がない」「怠けている」と見えてしまうことがあるのが問題です。実際、なにかその子に問題があることはわかっても、どうやって対処するべきかがわからず、困ってしまう現場の先生や親御さんも少なくないとか。
では、具体的に、認知機能が弱い子には、どのような傾向があるのでしょうか?
そのひとつが、「何度ドリルをやっても、漢字の書き取りがうまくできない」「何度丁寧に教えても、ひらがなを正しく書けない」などのケースです。じつは、これには視覚認知が大きく関わっているのだとか。
「視力が正常であっても、視覚認知に困難があると、正確に形や文字を認識することができなくなることがあります。また、文字や図形を理解できない、黒板の文字を書き写せないなどの事態が起こります。見たものを正確に写せないと、頭で記憶するのはもっと難しくなってしまいます。そのため、テストなどでも悪い結果が多くなってしまうのです」
もし子どもが簡単な図形やひらがななどの模写ができていない…と感じたときは、点つなぎや模写など、認知機能を向上させるトレーニングを実践するのがおすすめだそうです。
一方、計算が苦手な子の場合も、認知機能が未発達な可能性もあります。
「計算が苦手な子は、数概念が未成熟なケースが多いです。数の概念とは大きく分けて2つあります。ひとつは『ミカンが4個、リンゴが6個』というような『何個あるか』という数の基数性。もうひとつは、『前から3番目』『横から5番目』などという数の序数性。この2つの概念が統合されることで、計算はできると言われています」
「3+5」「2+7」のような簡単な計算は、授業で繰り返しやることで、次第にできるようになるものの、新たに大きな数字などを扱う計算などを前にすると、突然対応できなくなることもあるようです。
「まずは、子どもの苦手分野を知るため、たとえば、『前から4番目の人に、2番目に大きいリンゴをあげましょう』など、基数性と序数性を組み合わせた問題を解いてもらうのもいいでしょう。ときには計算ドリルなどを繰り返しやることも大切ですが、発達段階は人によって違うもの。その子の発達段階をきちんと評価して、レベルに合った問題を、適切な量でやっていくのがいちばんだと思います」
認知機能が未発達な場合に加えて、さらに考えられるのは、「運動機能」が未発達な可能性です。はさみがうまく使えない、細かい作業が苦手だという子は、じつはただの「不器用」ではない可能性も。
「子どもたちのなかには、身体的不器用さのある子どもがいます。そういった子どもたちの特徴としては、『ものによくぶつかる』『ものをよく壊す』『力加減ができない』『左右がわからない』『ボールをうまく投げられない』『姿勢が悪い』『じっと座っていられない』といったものがあげられます
こうした身体的不器用さに対しては、『発達性協調運動症(developmental coordination disorder:以下DCD)』といった疾患概念があります。たとえば、お皿を洗うときは、片手でお皿が落ちないようにつかみ、もう一方の手を使ってスポンジでお皿をこすりますよね? このように2本の手が協力し合い、別々の動作を同時に行うという高度な動きを、『協調運動』と呼びます。DCDはこの協調運動に問題があるため、粗大運動(身体の大きな動きなど)や微細運動(指先の動作など)に困難をきたすのです」
現在、DCDに該当すると言われる子どもは、5〜11歳の子どもで約5〜6%に上ると言われています。かつては、DCDは成長するにつれて自然消滅すると考えられていましたが、この状態が青年期に入ってから持続している例も、数多く報告されているようです。
「大人でも子どもでも細かい作業が苦手な人はいるので、ある程度は気にすることはありませんが、あまりに極端な場合は、発達性強調運動症(DCD)の可能性もありえます。こういった不器用さのため、運動やスポーツが苦手であったり、身体や手先がうまく使えないという事態が起こります。さらに、自尊心の低下や周囲からイジメられてしまう原因となることも。また、将来、身体を使った仕事に携わる場合には、不器用さが様々な障壁となることもあります。ですので、早い段階から、専門家の指示を仰ぎ、その子に合うトレーニングをさせてあげることが重要です」
「不器用」「運動が苦手」などと思っていたその背景には、なにかしらの原因が隠れていることもあります。そんな原因を大人がしっかり見抜いて、その子の発達状態にあった対処法を教えてあげることが、よりよい結果をもたらすはずです。
●教えてくれた人
立命館大学産業社会学部教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務、2016年より現職。困っている子どもたちの支援を行う「日本COG‐TR学会」を主宰。医学博士、臨床心理士。近著『困っている子を見逃すな マンガでわかる境界知能とグレーゾーンの子どもたち2
』も好評発売中。
『困っている子を見逃すな マンガでわかる境界知能とグレーゾーンの子どもたち2
』(扶桑社刊)を上梓したばかりで、生きづらさを抱える子どもたちについて、長年研究している児童精神科医の宮口幸治さんに、お話を伺いました。
子どもの認知機能と勉強の関係性(写真はイメージです)
認知機能が弱いと、勉強に支障が出る理由
「子どもの認知機能が弱いと、勉強に支障が出てしまう」と語る、宮口さん。その仕組みとは、いったいどういうものなのでしょうか?
「学習の土台とは、運動でいえば基礎体力に相当します。鉄棒や跳び箱ができるためには、そのテクニックだけでなく、筋力、持久力、敏捷性、柔軟性、集中力などといった基礎体力が必要です。
同じように各教科を学習するためには、学習の土台となる認知機能(記憶、言語理解、注意、知覚、推論・判断など)の力が必要になってきます。その結果、認知機能が弱いと、『漢字が覚えられない』『黒板の文字が写せない』『繰り上がり計算ができない』などのほか、『先生の話を集中して聞けない』『不注意なことが多い』といった行動にもつながってしまうのです」
ところが、それらの認知機能の弱さは学校や家庭ではなかなか気づかれず、一見すると「この子はやる気がない」「怠けている」と見えてしまうことがあるのが問題です。実際、なにかその子に問題があることはわかっても、どうやって対処するべきかがわからず、困ってしまう現場の先生や親御さんも少なくないとか。
●漢字がうまく書けない子は、視覚認知に原因があった?
では、具体的に、認知機能が弱い子には、どのような傾向があるのでしょうか?
そのひとつが、「何度ドリルをやっても、漢字の書き取りがうまくできない」「何度丁寧に教えても、ひらがなを正しく書けない」などのケースです。じつは、これには視覚認知が大きく関わっているのだとか。
「視力が正常であっても、視覚認知に困難があると、正確に形や文字を認識することができなくなることがあります。また、文字や図形を理解できない、黒板の文字を書き写せないなどの事態が起こります。見たものを正確に写せないと、頭で記憶するのはもっと難しくなってしまいます。そのため、テストなどでも悪い結果が多くなってしまうのです」
もし子どもが簡単な図形やひらがななどの模写ができていない…と感じたときは、点つなぎや模写など、認知機能を向上させるトレーニングを実践するのがおすすめだそうです。
●計算が苦手な子は、数概念が未成熟なのかも
一方、計算が苦手な子の場合も、認知機能が未発達な可能性もあります。
「計算が苦手な子は、数概念が未成熟なケースが多いです。数の概念とは大きく分けて2つあります。ひとつは『ミカンが4個、リンゴが6個』というような『何個あるか』という数の基数性。もうひとつは、『前から3番目』『横から5番目』などという数の序数性。この2つの概念が統合されることで、計算はできると言われています」
「3+5」「2+7」のような簡単な計算は、授業で繰り返しやることで、次第にできるようになるものの、新たに大きな数字などを扱う計算などを前にすると、突然対応できなくなることもあるようです。
「まずは、子どもの苦手分野を知るため、たとえば、『前から4番目の人に、2番目に大きいリンゴをあげましょう』など、基数性と序数性を組み合わせた問題を解いてもらうのもいいでしょう。ときには計算ドリルなどを繰り返しやることも大切ですが、発達段階は人によって違うもの。その子の発達段階をきちんと評価して、レベルに合った問題を、適切な量でやっていくのがいちばんだと思います」
●細かい作業が不得意な子は、DCDかどうかをチェックしよう
認知機能が未発達な場合に加えて、さらに考えられるのは、「運動機能」が未発達な可能性です。はさみがうまく使えない、細かい作業が苦手だという子は、じつはただの「不器用」ではない可能性も。
「子どもたちのなかには、身体的不器用さのある子どもがいます。そういった子どもたちの特徴としては、『ものによくぶつかる』『ものをよく壊す』『力加減ができない』『左右がわからない』『ボールをうまく投げられない』『姿勢が悪い』『じっと座っていられない』といったものがあげられます
こうした身体的不器用さに対しては、『発達性協調運動症(developmental coordination disorder:以下DCD)』といった疾患概念があります。たとえば、お皿を洗うときは、片手でお皿が落ちないようにつかみ、もう一方の手を使ってスポンジでお皿をこすりますよね? このように2本の手が協力し合い、別々の動作を同時に行うという高度な動きを、『協調運動』と呼びます。DCDはこの協調運動に問題があるため、粗大運動(身体の大きな動きなど)や微細運動(指先の動作など)に困難をきたすのです」
●大人になってからも「不器用さ」を持ち続ける可能性も
現在、DCDに該当すると言われる子どもは、5〜11歳の子どもで約5〜6%に上ると言われています。かつては、DCDは成長するにつれて自然消滅すると考えられていましたが、この状態が青年期に入ってから持続している例も、数多く報告されているようです。
「大人でも子どもでも細かい作業が苦手な人はいるので、ある程度は気にすることはありませんが、あまりに極端な場合は、発達性強調運動症(DCD)の可能性もありえます。こういった不器用さのため、運動やスポーツが苦手であったり、身体や手先がうまく使えないという事態が起こります。さらに、自尊心の低下や周囲からイジメられてしまう原因となることも。また、将来、身体を使った仕事に携わる場合には、不器用さが様々な障壁となることもあります。ですので、早い段階から、専門家の指示を仰ぎ、その子に合うトレーニングをさせてあげることが重要です」
「不器用」「運動が苦手」などと思っていたその背景には、なにかしらの原因が隠れていることもあります。そんな原因を大人がしっかり見抜いて、その子の発達状態にあった対処法を教えてあげることが、よりよい結果をもたらすはずです。
●教えてくれた人
【宮口幸治さん】
立命館大学産業社会学部教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務、2016年より現職。困っている子どもたちの支援を行う「日本COG‐TR学会」を主宰。医学博士、臨床心理士。近著『困っている子を見逃すな マンガでわかる境界知能とグレーゾーンの子どもたち2
』も好評発売中。