多くの人が公的保険の保障を使わずに、別途、民間の生命保険に加入するという不合理なことをしている? 意外と知られていない公的保険の有効性と活用法をご紹介します(写真:CORA/PIXTA)

経済とお金の仕組みを生活に根ざした視点からわかりやすく解説してくれると人気の経済ジャーナリストの荻原博子氏は、過去の著書で繰り返し、素人が初心者向け投資や金融機関が進める資産運用商品に、安易に手を出すことに警鐘を鳴らしている。本稿では新著『「コツコツ投資」が貯金を食いつぶす』より、意外と知られていない公的保険の有効性と活用法を紹介します。

「公的保険」が日本最強

「ただ貯金をしているだけではいけない。保険で資産運用を」といううたい文句を耳にすることがあります。よく考えてみればおかしな話で、「複数人からお金を集めておき、何か損害を被った人がまとまったお金を受け取る」というのが保険の基本的な構図のはずで、本来、保険と資産運用はまったく関係がないはずです。

しかし現実には、「まとまったお金を預けておくなら、預貯金より利回りがいい」と資産運用目的の保険を勧められて加入する人がたくさんいます。

保険」という言葉の安心感は、堅実派の人の耳にはとても馴染みがよく、ほかの投資商品と比べて始める(加入する)ハードルが低いようで、投資はやっていないけど、保険だけはいくつも加入しているという人もよく見かけます。そこで今回は、民間の保険商品には加入しておくべきなのか、するとしたら何を選べばよいのか、間違いのない選択方法をお教えします。

民間の保険商品を吟味する前に、みなさんに知っておいてほしいことがあります。それは、あなたはすでに、公的保険という日本で最強の保険に加入しているということです。

会社員なら「厚生年金保険」「健康保険」「雇用保険」といった保険料が毎月、給料から天引きされています。自営業の人なら、「国民健康保険」「国民年金」などに加入して、自分で納付しているはず。40歳以上になると「介護保険」も加わりますから、トータルするとけっこうな額を払っているのです。

それなのに、多くの人が公的保険を使いこなしていません。公的保険の保障がたくさんあるのに、それを使わずに、高いお金を余計に払って民間の生命保険に加入するという不合理なことをしているわけです。

まず、代表的な保険ともいえる生命保険について考えてみます。こちらは、民間保険に加入しなくても、死亡した場合には、公的保険による遺族年金が、遺された家族に支払われます。これは、夫(妻)が亡くなっても、遺された配偶者や子どもが困らずに生活できるようにするためのお金で、子どもが18歳になる年度の3月31日までもらえるのです。

具体的な金額は、保険の種類やその加入年数によって変わりますが、サラリーマンや公務員が専業主婦(主夫)と子ども2人を残して他界した場合、毎月15万円前後の遺族年金が出ます。自営業者なら毎月10万円前後です。

月10万円だけで生活するのは厳しいかもしれませんが、遺された配偶者がパートやアルバイトに出れば、月にもう10万円くらいだったら稼げそうです。そうすれば合計20万円。さらに、亡くなった人が会社員なら、会社から死亡退職金が出る場合もあります。

住宅ローンと子どもの教育費に必要な額は?

ここではじめて、民間の生命保険について考えることになります。つまり、遺族年金と死亡退職金を生活費に充て、そのうえで足りない分を民間の生命保険で補えばよいのです。

このとき、生活費以外で大きな支出として考えられるのは、住宅ローンと子どもの教育費です。しかし住宅ローンは、ローンを組むときに、ほとんどの人が団体信用生命保険に加入しており、契約者が死亡したときには、残りの住宅ローンの返済の必要がなくなります。

となると、考えるべきは子どもの教育費。子どもを大学まで行かせる場合、1人あたり1000万円かかると言われています。2人なら2000万円。つまり、民間保険には、子ども1人あたり1000万を家族が受け取れる分だけの生命保険に入ればよいわけです。

その際は、手数料が安いインターネット保険に掛け捨てで入りましょう。この保険は学費を捻出するためのものですから、加入期間は子どもが学校を卒業して社会人になるまででいいということです。

次に、医療保険についてみてみましょう。医療費の自己負担額については、多くの人が知っていると思います。特別な医療保険に入らなくても、公的保険によって、現役世代の場合、かかった医療費の3割を自分で負担すればいいことになっています。病気で通院して1万円の医療費がかかったら、窓口で支払うのは3000円で済みます。

また、「高額療養費制度」といって、月単位の支払額が一定額を超えたときには、その額以上は払わなくてもいいという上限が設定されています。

年収が約370万〜770万円の人であれば、月に100万円の医療費がかかったとしたら、3割負担で計算すると支払い額は30万円になりますが、高額療養費制度によってさらに減額され、約9万円で済むことになります。また、このように医療費がかさむ月が続いたときには、さらに支払いの上限額は下がります。

ほとんどの病気は公的な保険で対応できますし、高額療養費制度も整備されていますから、心配な人はおまもり程度の気持ちで民間の医療保険に入ってもよいとは思いますが、保険料を支払うつもりで貯金をしておいたほうが使いやすいと思います。

もし長期間働けなくなった場合

最後に、ケガや病気でしばらくのあいだ働けなくなってしまった場合の収入の不安について考えてみます。この場合、公務員や会社員は、健康保険などから「傷病手当金」をもらうことができます。

ここで、健康保険の傷病手当金と、民間の医療保険の入院給付金との違いを見てみましょう。いかに健康保険がすぐれているかわかるはずです。

【1】給付期間と条件
民間の医療保険の給付期間は、安いものだと30日間、長くても180日間ですから、6カ月間しかお金がもらえません。それに対して、傷病手当金は最長で1年6カ月。日数換算で540日は安定してお金がもらえるわけですから、その差は歴然です。

さらに傷病手当金は、入院していなくても会社を休んでいればお金がもらえます。一方、民間の医療保険は、基本的に入院していなければ支給されません。

なかには、入院していなくてもお金がもらえる「就業不能保険」「所得補償保険」といった保険もありますが、支給されるまでには保険会社が定めた待機期間(6カ月など)があるうえ、さらにその間に回復していないという医師の診断書の提出が義務づけられるなど、かなり厳しい条件をクリアしないと支給してもらえません。しかも、うつ病などの精神疾患は対象外とするケースが多いため、せっかくお金を払っていたのに使えないということも多いのです。

足りない分を民間保険でカバーすればいい

【2】給付金額
健康保険の傷病手当金は、もらっていた給料をベースに計算します。だから給料が高い人ほど給付額も上がるのですが、民間の医療保険はそうはなりません。契約時に「入院1日につき5000円」と条件を決めたら、もらえるのは必ずその金額です。

傷病手当金であれば、月給30万円をもらっている人なら3分の2の20万円がもらえますが、民間の医療保険の場合は、1日5000円の保障なら、1カ月で15万円です。入院することが受け取りの条件ですから、退院して自宅療養に移ったらもちろんゼロになります。これなら、給料がベースになっている傷病手当金のほうが、保障としてよほどすぐれていることがわかると思います。

【3】民間保険にはない手当
健康保険や国民健康保険には、子どもが生まれるともらえる「出産育児一時金」があります。健康保険の場合は、「出産手当金」もついてきます。


まずは公的保険を使い、それで足りない分を民間の生命保険でカバーする。決して保険で資産運用をしようなどと考えないこと。これが保険の基本的な考え方です。

その際は、余計なオプションのついていない、掛け捨ての生命保険を選びましょう。そして必ず、人件費がかからないため保険料を安く抑えられるインターネット保険から探すことを忘れずに。