父親は初めて出会った「変な人」。矢部太郎さんが新作に家族を描いた理由とは?
累計120万部を突破した『大家さんと僕』シリーズで、日本じゅうをほっこりとあたたかな感動で包んだ芸人で漫画家の矢部太郎さん。矢部さんが次に漫画のテーマとして選んだのは、絵本・紙芝居作家である『ぼくのお父さん
』(新潮社刊)でした。
芸人で漫画家の矢部太郎さんにインタビュー
フルカラーで子ども時代を鮮やかに描いた矢部さんに、父親や家族について描くことにした理由や当時の記憶について語っていただきました。
――「大家さん」の次のテーマとして、「お父さん」を選んだ理由を教えてください。
「お父さんから『自分をテーマに描いたら』と言われたのが大きかったです。そう言われて考えてみたら、自分の父親にも漫画っぽいところがあるし、子ども時代をいろいろ描いたら面白くなるんじゃないかと思ったのが理由のひとつです。
あと、僕が子どもの頃に好きだった『おとうさんとぼく』(E.O.プラウエン)というドイツの漫画をお父さんが渡してくれて、こういう感じでお父さんと僕の関係を書いたらいいんじゃないかって言ってくれたんですね。この本は解説も含めてすごく印象に残っていた作品だったけど、今回父親に渡されなかったら、もう思い出すことのなかったかもしれない一冊。この本はナチスドイツの政権化に描かれたんですけど、登場するお父さんは“厳格な父”“偉い父”という感じじゃなくて、子どもと一緒にイタズラしてお尻を叩かれたりするようなキャラクター。どこか自分の父親と自分の関係に似ていて、そこが好きで読んでいたんですよね」
――実際に一冊「お父さん」について描いてみてどうでしたか?
「漫画を描いていて思ったことかもしれませんが、この本はお父さんとの出会いをテーマにした一冊。もしかすると、お父さんは僕がいちばん最初に出会った変な人だったのかな。その出会いがどういうものだったかというと、僕が生まれる前から僕の家族は存在していて、そのなかに僕が新しく入ってきたんだな、そうやってお父さんや家族に出会ったんだな、と思いました。そういったところは、この本の終わり方にもつながっています」
『ぼくのお父さん』より引用
――お父さんのどんなところが「変な人」だったのでしょう。
「漫画にも描いたように絵本作家の父親は、常に何かを描いていて、みんながしていないことをしているのが変なのかな。でも、逆に言うとそういうことをしない人のほうが変かもしれないし、そう聞かれると何が変なのかは一概には言えませんね。
でも、変だとか変じゃないとか、みんなと一緒にしなきゃいけないとか、そういうことを考えていないところが、お父さんの変なところかもしれない。それは単純に“いいこと”では全然なくて、周りの人を困らせたり間違っている可能性もありますけど」
――本作は常に何かを描いていたお父さんが、矢部さんの日常を観察してつけた絵日記『たろうノート』が大きなヒントになったそうですが、当時からその存在は知っていたのですか?
「なにか描いているのは知っていました。参考になるんじゃないかしらって送ってもらって読んだら、覚えていないこともたくさん描かれていた。
でも、この『たろうノート』は僕の分だけというわけではなくて、お姉ちゃんについてのノートもあるんです。やっぱり上の子であるお姉ちゃんのノートのほうが質・量ともに充実しているのはすごく感じましたね。しかも時には、飼っていたうさぎのほうが、僕よりもきちんと描き込まれています(笑)あと、普通の日記ではなくて絵だから伝わってくることも多かった。今回の本にも、構図などをもうそのまんま生かした部分があります」
――「たろうノート」を読んで、思い出したエピソードも、本作に載っているのでしょうか。
「お風呂屋さんの煙突が壊れる絵をお父さんが描いていて一日経っちゃった…というエピソードは、僕はずっと忘れていたんですけど、ノートを読んで思い出しました。『あ、お風呂屋さんあったな』とか、『よく行ってたな』とか『煙突って上から壊すんだってあのとき知ったな』とかいろいろ思い出しました。自分が覚えていることと、ノートに描かれていること。それらを合わせて立体的に描けたらいいということを最初から考えていましたね」
――今回フルカラーで漫画を描かれたことにも理由はありますか?
『ぼくのお父さん』より引用
「現在を描くときはモノクロで、過去を描くときはカラーで描くことで、子ども時代が鮮やかによみがえる、そんな本になるんじゃないかと思いました。それにお父さんの絵本もカラーだったので、よりお父さんの本という感じがする。これまでは白黒でずっと描いていたから、新しいことをしたい気持ちもありました。実際にカラーで描いてみて楽しかったです」
――ご家族を描くにあたって、気を付けた点などはあったのでしょうか。
「やっぱり家族は自分の中で近い存在。なんでも描いていいんじゃないかという気持ちが出やすいので、そういう描き方にならないように、大家さんを描くときと同じような距離感で一人の人間として敬意をもつように気をつけました」
――子どもの目線から父親や家族について描いてみていかがでしたか?
「この作品で描いているのは、やっぱり全部過去のことだから戻ってこないというか、失われちゃったもの。そういったものが読んだ人に伝わるように、100ページ以上かけて子供時代を描きました。
お父さんが『子育てしながら生まれなおした』というような話をしていたのですが、そうやって本作を描くことで、もしかしたら僕も生まれなおした面があるかもしれません」
<撮影/山川修一、取材・文/六原ちず>
1977年生まれ。芸人・マンガ家。1997年に「カラテカ」を結成。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍している。初めて描いた漫画『大家さんと僕
』で第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。他の著書に『大家さんと僕 これから
』『「大家さんと僕」と僕
』(共著)がある。最新刊『ぼくのお父さん
』が発売中
』(新潮社刊)でした。
芸人で漫画家の矢部太郎さんにインタビュー
フルカラーで子ども時代を鮮やかに描いた矢部さんに、父親や家族について描くことにした理由や当時の記憶について語っていただきました。
矢部太郎さんインタビュー。お父さんは初めて出会った「変な人」
――「大家さん」の次のテーマとして、「お父さん」を選んだ理由を教えてください。
「お父さんから『自分をテーマに描いたら』と言われたのが大きかったです。そう言われて考えてみたら、自分の父親にも漫画っぽいところがあるし、子ども時代をいろいろ描いたら面白くなるんじゃないかと思ったのが理由のひとつです。
あと、僕が子どもの頃に好きだった『おとうさんとぼく』(E.O.プラウエン)というドイツの漫画をお父さんが渡してくれて、こういう感じでお父さんと僕の関係を書いたらいいんじゃないかって言ってくれたんですね。この本は解説も含めてすごく印象に残っていた作品だったけど、今回父親に渡されなかったら、もう思い出すことのなかったかもしれない一冊。この本はナチスドイツの政権化に描かれたんですけど、登場するお父さんは“厳格な父”“偉い父”という感じじゃなくて、子どもと一緒にイタズラしてお尻を叩かれたりするようなキャラクター。どこか自分の父親と自分の関係に似ていて、そこが好きで読んでいたんですよね」
――実際に一冊「お父さん」について描いてみてどうでしたか?
「漫画を描いていて思ったことかもしれませんが、この本はお父さんとの出会いをテーマにした一冊。もしかすると、お父さんは僕がいちばん最初に出会った変な人だったのかな。その出会いがどういうものだったかというと、僕が生まれる前から僕の家族は存在していて、そのなかに僕が新しく入ってきたんだな、そうやってお父さんや家族に出会ったんだな、と思いました。そういったところは、この本の終わり方にもつながっています」
『ぼくのお父さん』より引用
――お父さんのどんなところが「変な人」だったのでしょう。
「漫画にも描いたように絵本作家の父親は、常に何かを描いていて、みんながしていないことをしているのが変なのかな。でも、逆に言うとそういうことをしない人のほうが変かもしれないし、そう聞かれると何が変なのかは一概には言えませんね。
でも、変だとか変じゃないとか、みんなと一緒にしなきゃいけないとか、そういうことを考えていないところが、お父さんの変なところかもしれない。それは単純に“いいこと”では全然なくて、周りの人を困らせたり間違っている可能性もありますけど」
●記憶を呼び起こしてくれた「たろうノート」
――本作は常に何かを描いていたお父さんが、矢部さんの日常を観察してつけた絵日記『たろうノート』が大きなヒントになったそうですが、当時からその存在は知っていたのですか?
「なにか描いているのは知っていました。参考になるんじゃないかしらって送ってもらって読んだら、覚えていないこともたくさん描かれていた。
でも、この『たろうノート』は僕の分だけというわけではなくて、お姉ちゃんについてのノートもあるんです。やっぱり上の子であるお姉ちゃんのノートのほうが質・量ともに充実しているのはすごく感じましたね。しかも時には、飼っていたうさぎのほうが、僕よりもきちんと描き込まれています(笑)あと、普通の日記ではなくて絵だから伝わってくることも多かった。今回の本にも、構図などをもうそのまんま生かした部分があります」
――「たろうノート」を読んで、思い出したエピソードも、本作に載っているのでしょうか。
「お風呂屋さんの煙突が壊れる絵をお父さんが描いていて一日経っちゃった…というエピソードは、僕はずっと忘れていたんですけど、ノートを読んで思い出しました。『あ、お風呂屋さんあったな』とか、『よく行ってたな』とか『煙突って上から壊すんだってあのとき知ったな』とかいろいろ思い出しました。自分が覚えていることと、ノートに描かれていること。それらを合わせて立体的に描けたらいいということを最初から考えていましたね」
――今回フルカラーで漫画を描かれたことにも理由はありますか?
『ぼくのお父さん』より引用
「現在を描くときはモノクロで、過去を描くときはカラーで描くことで、子ども時代が鮮やかによみがえる、そんな本になるんじゃないかと思いました。それにお父さんの絵本もカラーだったので、よりお父さんの本という感じがする。これまでは白黒でずっと描いていたから、新しいことをしたい気持ちもありました。実際にカラーで描いてみて楽しかったです」
●家族を描くからこそ、距離感を大切に
――ご家族を描くにあたって、気を付けた点などはあったのでしょうか。
「やっぱり家族は自分の中で近い存在。なんでも描いていいんじゃないかという気持ちが出やすいので、そういう描き方にならないように、大家さんを描くときと同じような距離感で一人の人間として敬意をもつように気をつけました」
――子どもの目線から父親や家族について描いてみていかがでしたか?
「この作品で描いているのは、やっぱり全部過去のことだから戻ってこないというか、失われちゃったもの。そういったものが読んだ人に伝わるように、100ページ以上かけて子供時代を描きました。
お父さんが『子育てしながら生まれなおした』というような話をしていたのですが、そうやって本作を描くことで、もしかしたら僕も生まれなおした面があるかもしれません」
<撮影/山川修一、取材・文/六原ちず>
【矢部太郎(やべ・たろう)】
1977年生まれ。芸人・マンガ家。1997年に「カラテカ」を結成。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍している。初めて描いた漫画『大家さんと僕
』で第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。他の著書に『大家さんと僕 これから
』『「大家さんと僕」と僕
』(共著)がある。最新刊『ぼくのお父さん
』が発売中