「自分も摘発されるかも」「社会秩序は誰が決める?」ストリップ劇場摘発で関係者の困惑
東京・上野にあるストリップ劇場「シアター上野」の経営者や踊り子など合計6名が、4月14日に逮捕された。罪状は「公然わいせつ罪」。ステージの最中、観客に紛れていた私服警察官がショーを中止させ、直後に20名ほどの捜査員が入ってきたという。
ストリップは近年、女性客の増加や演目の多様化のほか、「会いに行けるアイドル」ブームの元祖としても注目を集めている。地上波をはじめとしたメディアに取り上げられることもしばしば。スケベな物好きが観に行く怪しいショー、というかつてのイメージは薄れ、明るく健全な娯楽として認知されつつあるのだ。
しかしストリップの歴史は、常に摘発と隣り合わせだった。ストリップ情報サイト「@劇ジェロNOW」によると、1998年から2021年4月までに60か所以上の劇場が摘発され、経営者、従業員、踊り子、客など450人以上が逮捕されている。
ご存じの通り、ストリップは踊り子が服を脱ぎながらショーを披露する。性的サービスは一切ないが、ヌードになることは大前提で、風営法でも「性的好奇心をそそるため衣服を脱いだ人の姿態を見せる興行」と定義されている。
だが、シアター上野の件を報じた読売新聞の報道(2021年4月28日)では、ある警視庁幹部の言葉として、「正規の届け出をした性風俗店とはいえ、何をしても良いというわけではない。ことさらに下半身を強調する演出は公然わいせつに当たる可能性がある」と紹介されている。
あまりにも曖昧に思えないだろうか。しかもストリップは閉鎖空間で、何が行われているのかを把握し、納得した客が金を払って鑑賞しているため、違法だとはにわかに理解しづらい。シアター上野の関係者も、悪いことをしたから摘発されたのか、運が悪かったから摘発されたのか、よくわからない。
今回の件を、関係者やファンはどう思っているのか、取材した。(ジャーナリスト・肥沼和之)
●日本芸術労働協会・木村代表「社会秩序は誰が決めるのか」
シアター上野が摘発された翌日、「ストリップは演者・観客両者の同意のうえで成り立っている。公然わいせつ罪の改正を求めます」というツイートが、2500以上リツイートされた。投稿したのは、日本芸術労働協会の代表・木村悠介さんだ。
「ストリップや性産業の存在が否定される根拠は、どこにあるのでしょうか。社会秩序や風紀を乱すからなのか。じゃあ、あるべき社会秩序や風紀は一体どんなもので、誰が決めるのか。表現や職業選択の自由よりも優先されるべきものなのか。それを誰が、どんな理由で否定できるのか、私にはわかりません」
木村さん自身も、舞台を中心に表現活動を行ってきた。演出として作中で裸が登場することもあるため、もし公然わいせつ罪で告発されたらどうするか、メンバーと話し合うこともあるという。
ただその際も、社会からの見え方だけを気にするのではなく、最も大事な“観客はどう思うか?”を意識してきたと話す。
「これは芸術だからわいせつではない、という表現者側の論理が通用しないことは明らかです。大事なのは、その場にいる観客との合意をどう得ていくか。それを放ったらかして、社会から見てどうなのか、という話になってしまうことには違和感があります。
そもそも社会とは誰のことかわからないのに、無理に想像すると、ステレオタイプな思い込みからまぬがれないのでは」
重要なのは、性表現だから悪い、という狭い見地ではない。そこにある本質的な問題は何か、考えることだと木村さんは強調する。
「性について語ること、表現すること、楽しむことの重要性は、人それぞれ違います。それらを認め、ひとつの考え方だけを押しつけないことが、あるべき社会だと私は思います。広く性表現を守り、そのうえで何が問題なのか、見極める必要があるのではないでしょうか」
●漫画家・菜央こりんさん「誰に迷惑がかかっているのかもわからない」
漫画家で、『女子のためのストリップ劇場入門』の著者である菜央こりんさんも、今回の摘発には疑問を感じているという。
「ストリップ劇場で何が行われているか、みんな知っています。そこで脱衣を見せたところで、犯罪の引き金になったり、秩序が乱れたりするとは思えません。誰に迷惑がかかっているのかもわからない。ファンだけでなく一般の方も、何が問題なのかと声をあげています」
これまでも摘発が繰り返された歴史は理解している、と菜央こりんさん。だが、国が主導して締め付けを行ったことで、ストリップ関係者への偏見が広がらないか危惧している。この問題は、マイノリティな趣味趣向を持つすべての人々にも通ずるという。
「少数派の性的嗜好を肯定する作品は、大衆から理解されず、社会から批判されがちです。でも、そういった作品が本当に好きで、心の支えにしている人もいます。
それなのに規制だけを強めると、当事者はますます後ろ暗くなってしまう。そういう趣味があってもいいよね、と周囲から理解される以前に、『法律が認めていないのだから許されない』と、決まった価値観を押し付ける流れがほかに波及しないか不安です」
個人の価値観も生き方も多様化し、尊重されている現代。法令も時代に合わせて見直されるべきなのでは、と菜央こりんさんは続けた。
●踊り子の一人は「自分もいつか摘発されるのかもしれないと覚悟」
実は1972年、やはりショーの最中に公然わいせつ罪で逮捕された踊り子が、最高裁まで争った事件がある(一条さゆり裁判)。上告は棄却され、執行猶予中だった踊り子は実刑判決を受ける。
本件を扱った書籍『本邦ストリップ考―まじめに』で、踊り子側の弁護士は、「何十年か後には、勝ち負けに関係なく何というバカげた裁判をしていたのか、ということになるような気がしてならない」と書いている。その“バカげた”ことが、50年近く経った今も繰り返されているのだ。
摘発のあった当日、客としてシアター上野にいたSailorさんも、「この事案に被害者というものが存在するとすれば、はからずもその引き金とされてしまった踊り子ではないでしょうか。この事件が見せしめであるとか、浄化の対象だとか点数稼ぎとかいろいろな声もありますが、そうしたものも含めた、時代遅れの法律や制度とその曖昧な解釈・基準の犠牲者ともいえるでしょう」とブログに綴っている。
一方である現役の踊り子は、今回の摘発に憤るでもなく、「ストリップはこういうもの」と冷静に話した。
「法的にグレーなのはわかっていますし、なかなか変えられない現実も知っています。それでもストリップが好きなので、自分もいつか摘発されるのかもしれないと、覚悟しながら踊り子を続けてきました。もし本当にそうなったら、運が悪いと思うしかない」
そのうえで、「違法なら違法、合法なら合法とはっきりしてもらえれば、安心して働けるようになるのに」と本音を漏らした。
●ストリップは本質的には「健全なショー」である
日本最古のストリップ劇場「浅草ロック座」名誉会長の故・齋藤智恵子さんは、ストリップのあり方を「あくまでも色気を売ること。きれいに踊って、舞って、見せることこそがストリップ」と、著書で綴っている。
過激なショーをすれば、一時的に客が増えるかもしれないが、すぐに飽きられ、より過激なことが求められる……という悪循環に陥る。そして踊り子も傷ついてしまうからだ。この思想こそが、女性をも魅了する、現在のストリップ文化をつくり上げていると筆者は思う。確かにヌードはあるものの、本質的には健全なショーであることは間違いない。
全盛期には全国に300館以上あったストリップ劇場は、今や20館ほどに減っている。今年5月には、中国地方で唯一となる広島第一劇場が、46年の歴史に幕を閉じた。そんななかで今回の摘発騒動は、関係者やファンをどれだけ落胆させたか、想像に難くない。
もちろん、法令は遵守すべきである。ただ、肝心の法令は形骸化していないか、人々が納得できる内容で、時代にも合っているか。常に議論され、見直されることが必要だろう。そうすれば、ストリップ業界だけでなく、あらゆる人々にとって生きやすい世の中になるのではないか。
【著者プロフィール】 肥沼和之。1980年東京都生まれ。ジャーナリスト、ライター。ルポルタージュを主に手掛ける。東京・新宿ゴールデン街のプチ文壇バー「月に吠える」のマスターという顔ももつ。