「生きる価値ない」と自死する依存症当事者、大麻使用罪創設で「犠牲者これ以上出すな」家族の訴え
厚生労働省が有識者らの検討会で議論している「大麻使用罪」の創設について、当事者・家族や支援団体、医療関係者などから相次いで反対の声が上がっている。
使用者が通報を恐れ、支援団体や医療機関に助けを求められなくなることや、「犯罪者」のレッテルが社会の偏見を助長し、当事者の排除につながる懸念などが、理由に挙げられている。また声明を出した団体・個人は同時に、厳罰化ではなく虐待のトラウマや貧困など、薬物依存の背景にある問題に取り組むことで、回復を支援すべきだとも訴えている。(ライター・有馬知子)
●親の起こした事件で「加害者家族」となり「地獄のような日々」
依存症の家族会や支援団体などは6月2日、大麻使用罪創設に対する反対声明を発表した。声明には、日本ダルクやASKといった依存症支援・予防啓発のNPO、依存症者の家族会など計14団体と、学識者や医療関係者、弁護士ら141人が名を連ねた。
同日、厚労省内で開かれた記者会見では、薬物依存経験者の風間暁さんが自らの経験を語った。風間さんは子ども時代から、日常的に虐待を受けていた上に、親の起こした事件で「加害者家族」となり、「地獄のような日々」を過ごしていたという。「誰も助けてくれない中、唯一心を落ち着ける場所だった非行グループで、薬物を使い始めた」と振り返った。
幸い、風間さんは薬物の過剰摂取を機に、依存症に理解のある精神科医や自助グループにつながることができた。「自助グループの仲間たちに『今までつらかったね』と言われ、大切にされる喜びを知ったことで、今日まで薬物を使わずにこれた。回復に向かおうとした時に、厳しい罰を受けていたら、生きることを諦めていたかもしれない」
関西薬物依存症家族の会の山口勉代表は、息子が薬物依存に陥った時「私自身が偏見に縛られて、息子を犯罪者扱いし監視した。大切だったはずの息子の命すら『死ねばいいのに』『殺したろか』という思いへと変わっていった」と話した。
山口さんの周辺では今年に入って、依存症当事者が「生きていく価値がない」などと書き残し、立て続けに自死しているという。「犯罪者の烙印を押されることによる犠牲者を、これ以上出したくない。必要なのは治療や支援だ」とも訴えた。
●治療や支援につながれず孤立、再使用へ向かう悪循環
会見に出席した筑波大教授で精神科医の斎藤環氏は「薬物依存は多くの場合、快楽を得るためではなく、苦痛から逃れるために薬物を使うことで起きる。このため当事者を、過酷な環境に置かないようにすることが大事だ」と指摘した。
精神科医の中には、違法薬物の依存症患者が受診すると、警察に通報しようとする人もいるため、使用罪ができると当事者は通報を恐れて、治療にアクセスできなくなる可能性もある。斎藤氏は「当事者は、社会から排除されて助けを求められず、苦痛を逃れるためさらに薬物に頼る悪循環に陥りかねない。使用罪創設は、治療の点からも非常に問題がある」と述べた。
またHIVなど性感染症の相談対応を通じて薬物問題に関わるNPO法人「ぷれいす東京」の生島嗣代表は「多くの企業が就業規則で、犯罪者を懲戒解雇の対象と規定している。(犯罪者として報道されると)実名が長い間ネットに残り、復職や社会参加が阻害される。当事者は未来に希望を持てなくなり、回復の妨げになってしまう」と訴えた。
国内外の薬物政策に詳しい立正大の丸山泰弘教授(刑事政策)は、国連機関が刑事罰による薬物問題への介入について、偏見を生みだし人権にかかわる問題だと警告していることや、一部の国・地域では薬物使用を非犯罪化し、貧困、障害、病気、トラウマなど、薬物依存の背景にある問題と向き合う「ハームリダクション」の手法を採っていることを紹介した。
その上で「友だちが使っているのを見た時、どう振る舞うべきかを若者に伝えるなど、教育を通じても問題使用は減らせる。使った人を罰して終わり、と厳罰化で問題に蓋をしてしまう方が、弊害は大きい」と主張した。
●学会、弁護士、人権団体…相次ぐ反対 人権侵害の指摘も
大麻を巡っては、所持や譲渡は違法とされているものの、栽培農家が成分を吸い込んでしまうリスクなどが考慮され、使用罪は設けられていない。しかし、厚生労働省は、「若者の間に大麻が蔓延している」などとして学識者らを集めた検討会を立ち上げ、5月中旬には意見のとりまとめに向けて、使用罪の創設を提案した。
これに対し、亀石倫子氏ら弁護士有志は5月24日、Change.orgを通じて集まった1万4761人分の反対署名を厚労省に提出。大麻成分の医療活用などを推進する日本臨床カンナビノイド学会も「大麻とその成分に対するスティグマを強化する」などとして、使用に関する罰則規定の見送りを要望した。
さらに5月27日、生活困窮者やDV被害者、LGBT当事者などを支援する9つの団体が、使用罪創設に反対する意見書を田村憲久厚生労働大臣あてに出した。
意見書は、薬物依存の背景には多くの場合、虐待や貧困、障害などが関連していると指摘し「社会的に弱い立場の人ほど、逮捕・処罰されることでますます貧困や犯罪へと追い込まれやすくなり、何度も逮捕されるなどの悪循環を引き起こしてしまう」などと訴えている。
意見書に名を連ねた人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)アジア局プログラムオフィサーの笠井哲平氏は、使用罪創設が人権侵害を招きかねないと訴える。
笠井氏によると、刑務所をはじめとした矯正施設は人手不足などのため、すべての依存症者に適切な治療プログラムを提供しているとは言えない。「犯罪者」として実名が報道されることで、出所後も仕事や住まいを得にくくなるリスクを抱える人も多い。これらが健康に生きる権利や、プライバシーの侵害に当たる可能性があるという。
笠井氏は「人権は健全な生活を送っている人だけでなく、すべての人が持つ普遍的な権利。むしろ貧困層、外国人、過ちを犯した人などマイノリティの人権ほど侵害されやすく、意識的に守る必要がある」と述べた。
●検討会委員は賛成多数、反対は3人 取りまとめに注目
5月28日に開かれた検討会では「使用が良いことではない以上、刑罰化すべき」などとして、使用罪創設に賛成する委員が多数を占めた。中には「覚せい剤など他の薬物に使用罪がある以上、法的な整合性を取るべきだ」「他の犯罪にもスティグマは存在するのに、大麻使用罪についてだけ強調されるのは理解できない」といった声もあった。
こうした意見に対し、HRWの笠井氏は「問題のすり替えだ」と反論する。
「検討会で議論されているのは、他の薬物でも他の犯罪でもなく、大麻に使用罪が必要かそうでないかだ。使用罪を作ることで社会のスティグマが悪化するのなら、作らないでおくべきだ」
一方で、12人の委員のうち3人が「使用罪を作っても使用者が減る根拠が示されておらず、抑止効果が分からない」「若者への乱用防止対策は必要だが、刑罰で見せしめを作り脅すようなやり方ではなく、彼らが困った時に頼れる資源を増やすべき」などとして反対を表明した。また刑罰から治療へと向かう国際的な潮流を指摘した上で「逆行するように今、使用罪を作る必要はないのでは」との意見も出された。
検討会は6月中に開かれる予定の次回会合で、最終的な意見をまとめるとしている。5月28日の会合では「検討会は反対、賛成の意見をともに国民に分かりやすく示し、議論の選択肢を提供する責務がある」との発言もあり、取りまとめの内容が注目される。