人生100年時代。なにを始めるにも遅すぎることはありません。
そのことをもっとも納得させてくれる女性、若宮正子さん(86歳)は、定年後にデジタルツールを使いこなせるようになり、今や世界最高齢プログラマーとして活躍。年齢を重ねるとデジタルを敬遠してしまいそうですが、そのつき合い方や可能性などを教えてもらいました。


洋間にはYouTube用の簡易スタジオも! 動画収録も編集も、すべて一人でこなします

「物忘れなんてどんどんしていいのよ」世界最高齢プログラマー・若宮正子さんの「デジタル化のススメ」



60代で定年後に独学でパソコンを学び、70代には「エクセルアート」を考案。81歳でこれまた独学でゲームアプリを開発! スーパーおばあちゃん、若宮正子さんの暮らしには、デジタルツールがあふれていました。
「コンピュータなんて、よくわからない」「詐欺などのニュースも聞くし、怖い」。そんな人たちに「シニアにこそデジタルを!」という若宮さん。その真意とは?

●面倒なことはコンピュータにまかせておけばいいんです



「OK、グーグル。明日の銚子市のお天気は?」
「あすの銚子市は午前中の降水確率が60%。午後には80%の予報です。お出かけには傘を持って行った方がいいかもしれません」


リビングの一角に畳を敷いて設けたパソコンスペース。最新バージョンのウィンドウズとMacを使いこなしつつも「畳が落ち着くんですよ。やっぱり日本人ね」

フローリングのリビングの一角。そこだけ畳を敷いて二月堂机(写経などに使う仏事用机)を置いた作業スペースにはウィンドウズとMacのノートパソコンが2台。
80代にして世界最高齢プログラマーとして周囲を驚かせた若宮正子さんは、今日もAIスピーカーを使いこなします。

「物忘れなんて、どんどんしちゃっていいんです。毎日のスケジュールもだれかとの約束も、全部コンピュータに覚えといてもらえばいいんだから!」


部屋に設置してあるGoogleスピーカー。試しに「OK、Google、カレーライスのつくり方を教えて」と声をかけたら、このとおり!

予定が入ると、パソコンのGoogleカレンダーに入力。スマホやAIスピーカーに共有されるので、スピーカーに向かって「明日の予定を教えて」と声をかけるだけでいいのです。

若宮さんの毎日は多忙です。政府の要請でデジタル改革ワーキンググループの会議に出席したり、各地へ講演に招かれたり。どこへ行くにも、列車や飛行機の手配は自分でします。窓口へ行かなくても切符が取れるのだから、時短にもなって便利! というわけです。

●「AIに仕事を奪われる」未来は来るのか?




2018年2月には、世界最高齢プログラマーとして国連にも招かれ、英語でスピーチも!「英語を習ったのは40代のとき。ネイティブのように話せるわけではないけれど、いくつになっても身につけた技術は役に立つものですよ」(画像提供:若宮正子さん)

若宮さんは1935年生まれ。幼いころには戦争を経験し、戦後の復興も、高度経済成長もバブル時代も、その後の不況もずっと見てきました。

「コンピュータがどんどん進むと、やがてAIに仕事を取られちゃうんじゃないか、って心配する人もいますよね。でもね、長く歴史を見てきた私からしたら、なんにも心配いらないんじゃないかな、と思うの」

若宮さんの若いころ、女性の花形職業といえば、タイピスト、電話交換手、エレベーターガールでした。

「どの仕事も、今はもう、ほとんどないでしょ?」

機械化が進んだ当時も「機械に仕事を取られる!」「失業する!」と不安が渦巻いたそうです。

「レコード屋さん、下駄屋さん。なくなったご商売もありました。でも、女性の社会進出は進んで、もっとほかの仕事に就くようになった。新しい業種も増えた。機械化のせいで人が職にあぶれたことなんてなかったんですよ」

そんな若宮さんがこの10年、ずっと注目している国があります。
北ヨーロッパの小国、エストニア共和国です。

●「交通費を出してでも行きたかった」エストニアにはなにが?




エストニアでのひとこま。現地の子どもたちとおばあさん方を相手に、エクセルアート(計算ソフト、エクセルを使って模様をつくる、若宮さん考案のアート)のワークショップを開催しました(画像提供:若宮正子さん)

エストニア共和国は、国土は九州の約1.23倍。電子政府で知られるIT先進国で、2007年には世界で初めて電子投票を実現しました。

「日本ではなかなかデジタル改革が進まない。その一因は、これだけの高齢社会でありながら、高齢者が生活にITを取り入れようとしないから。コンピュータは難しいもの、高価なもの、っていう考えが染みついちゃってるんでしょうね。なのに、似たような高齢社会のエストニアは電子政府といわれるほど進んでいる。その違いはなんなんだろう? と思ってね」

その答えを探るべく、若宮さんは私費を投じて現地を訪ねました。

エストニアでは15歳以上の国民すべてがIDカードをもっていて、それが銀行口座やクレジットカードなどの金融情報、医療や社会保険、納税、福祉などの公共サービスにもリンク。病院に行けばすべての科を超えてカルテが共有され、お薬も電子処方せんです。

「日本ならば『監視社会だ!』と拒否反応が出そうですが、現地の人たちに聞くと『監視されているというデメリットよりも、国に見守られているという安心感のほうが大きい』というんです。銀行情報や医療情報などの個人情報は厳しく管理されているから、その安心感もあるんでしょうね」

海外との交流が多い分、自分や自国を客観視できるようにもなりました。

「日本が物づくり大国、電子立国ともてはやされたのははるか昔。私たちが一流だと思っている大学だって、今や世界順位では40位以下。とくにデジタルの世界では、よその国にどんどん追い越されています。新型コロナのワクチンだって『日本は病院に電話で予約するんだよ』というと『へーっ? いまだに電話なの?』って言われちゃいました」

今や若宮さんの友人は日本国中はもちろん、世界各国にいるのです。

●今ハマっているのはVR(バーチャルリアリティ)!




最近手に入れてはまっているというVR(バーチャルリアリティ)。ヘッドセットをはめると、目の前には広々としたお座敷が広がり、風の音や虫の声も! この仮想空間で友達と待ち合わせするのが楽しみなのだとか

コロナ禍の今も、世界各地の友人たちからSNSを通してのメッセージやメールがひっきりなしに届きます。

そんな若宮さんが近頃気に入っているのは、なんとVR(バーチャルリアリティ)=仮想現実! 専用のヘッドセットを装着すると、目の前には自分で指定した仮想空間が広がります。同じVRを持っている友達同士で時間を決めて待ち合わせすれば、仲良くおしゃべりしたりゲームをすることも!

なぜ、こんなにも若々しい好奇心を持ち続けられるのか。その原動力は、いったい何なのでしょう?

「70、80なんて伸び盛りよ!」
その言葉に、背筋が伸びる思いです。

「せっかく21世紀に生きているんだもの、楽しまなくちゃ損でしょう? コンピュータは人間の暮らしを楽にするためにあるのであって、恐るるにたらず。知りたいと思ったら、どんどん挑戦しなくっちゃ!」

<取材・撮影・文/浅野裕見子>

【若宮正子さん】



昭和10年、東京都生まれ。東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社。定年をきっかけにパソコンを購入し、楽しさにのめり込む。シニアにパソコンを教えるうちに、エクセルと手芸を融合した「エクセルアート」を思いつく。その後もiPhoneアプリの開発をはじめ、デジタルクリエーター、ICTエバンジェリストとして世界で活躍する。シニア向けサイト「メロウ倶楽部」副会長。NPO法人ブロードバンドスクール協会理事。熱中小学校教諭。政府のデジタル改革ワーキンググループメンバーでもある。新刊に『老いてこそデジタルを
』がある