相手との関係で、あと一歩が踏み込めない、彼女たちのトラウマとは──(写真:mits/PIXTA)

ここ数年、有名スポーツ選手、大物起業家、タレントが離婚すると、その原因が夫のDVだったという記事が、メディアでよく報道されている。父から暴力を振るわれている母を見て育った子どもは、大人になって自分の結婚をどう捉えるのか。

仲人として婚活現場に関わる筆者が、婚活者に焦点を当てて、苦労や成功体験をリアルな声と共にお届けしていく連載。今回は、父親のDVで両親が離婚。母親と共に生活してきたが、40代になって婚活を決意した女性のストーリー。彼女の活動を追いながら、DVと結婚について考えてみたい。

恋愛には、肝心なところで一歩踏み込めなかった

DV(ドメスティック・バイオレンス)は、その言葉どおり、家庭内の暴力。ひと昔前は、家庭内で起こっている恥を外にさらすことは、“世間体が悪い”という風潮があり、DVが表沙汰になることはまずなかった。また、夫が怒ったら妻を殴っても許されるというようなあしき風習もあった。


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しかし、女性が社会進出を果たし、男性と肩を並べて働くようになってからというもの、女性に手を上げる男性は糾弾されるようになった。逆もまた然りで、夫を殴る妻もいるようだが、それが有名人の妻だったりすると、たちまちネットニュースになっている。成熟した社会において、暴力は絶対悪なのだ。

そんな中で昭和の時代に生まれ、父が母に(母が父に)暴力を振るう様子を見て育った子どもは、意外に多いだろう。そして、大人になった彼らの結婚観に、その暴力が大きな影響を与えている。私の相談所にも、父が母を殴るのを見て育った会員がいる。

半年前に入会した有紗(仮名、41歳)は、DV家庭に育った。彼女は、これまで数人の男性と付き合った経験はあるものの、深い関係になる一歩手前で踏み込めず、恋愛を自分から終わりにしてきた。そんな有紗が、なぜ結婚相談所に入会して、本気で婚活を始めようと思ったのか。

「90歳を超えても、矍鑠(かくしゃく)として自分のことは自分でしていた祖母が、1年前に亡くなったんです。コロナ禍で人に会う機会も極端に少なくなったし、もし母がいなくなったら、私はひとりぼっちになってしまう。生涯を共にできるパートナーを探したほうがいいんじゃないかと思うようになったんですね」

恋愛にこれまで踏み込めなかったのは、幼い頃から母に暴力を振るう父を見て育ったトラウマからだ。両親は、有紗が小6のときに離婚。その後、母の実家で祖父母と共に暮らしてきた。祖父は実父とは正反対の性格で、何があっても声を荒げて祖母や母を叱責することがなく、その後は穏やかで平和な暮らしだった。

「祖父は、私が高校生のときに亡くなりました。そのときもメチャクチャ悲しかったけれど、私は10代でまだ若かったし、母や祖母がそばにいたから“寂しさ”とか“取り残される感”は、なかった。ただこの歳になると、60代や70代になった自分というか、老後の人生をどう生きるか考えるようになりますよね。急に心細くなったんです」

ただ婚活をスタートするに当たって、懸念していることもあった。父親が母に暴力を振るっていた姿は、今も脳裏から消えていない。自分は男性と向き合って、結婚に踏み切れるのか。 

「父は、ささいなことでキレる人でした。冷たいうどんが食べたかったのに温かいうどんを母が作ったとか、いつも夕食は7時からなのに母がもたもたしていて、それが7時半になってしまったとか、そんな低レベルでキレる。今考えれば、自分のストレスがたまっていたときに、母が小さなヘマをすると、そこが発火点になっていたんですよね。

キレるとまずは顔の形相が変わるんです。目が据わり、母に大声で罵詈雑言を浴びせながら向かっていく。父が母を殴っているとき、私はただただ怖くて体が固まり、その場から身動きが取れなくなっていました」

恋愛の機会はあったが…

両親の離婚後は穏やかな暮らしが始まったのだが、そこからも大きな声を出す男性には恐怖を覚えたし、恋愛には苦手意識があったという。

「中学の頃、殴り合いのけんかをする乱暴な男子を見ると、体が固まりました。中高時代って、女子だけで集まると、『○○くんがカッコいい』とか、『誰々が誰々に告白した』とか恋愛話をすることも多くなるじゃないですか。でも、私は恋愛には踏み出せないでいました」

しかし、童顔でかわいらしい顔をしている有紗は、年頃になると、男性から声をかけられることも多くなった。

「大学時代、インカレで出会った人と、ちょっと彼氏彼女っぽい感じになりました。手をつないでキスまではしたけど、体の関係を求められたときに、もうそれ以上進めない気がして、私から連絡を取らなくなりました」

社会に出てからも、同じ会社や取引先の男性から食事に誘われると、出かけてはみるものの、デートの回数を重ね、男女の関係を求められるようになると、途端に気持ちが引いてしまった。

心配の種はありつつも、有紗の婚活はスタートした。

いくつかのお見合いをし、断ったり、断られたり、交際に入っても1、2度食事をすると、交際終了になることが続いていた。そんな中で、メーカーに勤める会社員、幹夫(45歳、仮名)とは、お見合いの後に交際に入り、2カ月で7回のデートを重ねていた。

「とても穏やかで優しい人です。お店に入ったときに、店員さんへの態度も丁寧。私はついつい、この男性は短気かどうか、怒ったらキレないかをチェックしてしまうんですが、そんなところはなさそうです」

幹夫には、好感を抱いているようだった。そんなとき、幹夫の相談室から、“真剣交際”に進む打診が来た。

結婚相談所のお見合いには、仮交際と真剣交際の区分がある。仮交際の時期は、お人柄を見る期間なので、ほかのお見合いをしてもいいし、ほかの人とお付き合いをしてもいい。しかし、真剣交際に入るときには、1人に絞り、ほかにお付き合いしている人たちには、“交際終了”を出す。そして、真剣交際に入った相手と、結婚に向かって気持ちや価値観をすり合わせていく。

幹夫と真剣交際に入れるか、有紗の気持ちを確認する連絡を入れると、戸惑いのLINEが返ってきた。

「一晩考えていいですか? 真剣交際に入ったら、結婚しないといけないんですよね」

有紗の不安を取り除こうと、私はすぐに電話をした。

「真剣交際に入ったからといって、絶対に結婚しないといけないわけではないんですよ。結婚後のお互いの仕事のこと、住む場所のこと、お金のこと、そうした具体的なことを話していって、本当にこの相手と結婚できるかどうかを見ていくんです。一歩ステージを上げることで、より真剣にお相手と向き合う意識を高める。そこで、やっぱりこの相手とは、結婚に対する考え方が違うと思ったら、交際終了にしていいの。価値観や気持ちが合わない相手と無理矢理結婚はできないですからね」

「わかりました。じゃあ、真剣交際に入ります」

その夜は、それで電話を切ったのだが、翌朝、「一晩考えたのですが、やっぱり幹夫さんとは交際終了にしてください」というLINEが来た。

恋愛に一歩踏み込む局面に立たされると、どうしても前に進めない自分がいるようだった。

DVの親元に生まれた子どもは、大きなトラウマを背負う

その後もいくつかのお見合いをし、今度は義之(仮名、47歳)との交際が、順調な様子を見せていた。

昨年12月のクリスマス直前のデートのときには、デパ地下で並んでしか買えないような高級ブランドのチョコレートをクリスマスプレゼントとして渡したようだった。

すると、義之が、こんな提案をしてきた。

「今年はクリスマスイブが木曜でクリスマスは金曜だし、土曜日に1日遅れのクリスマスを僕の家でやりませんか?」

その提案をされたデートの後で、有紗は私に連絡を入れてきて、言った。

「まだ真剣交際にも入っていないのに、自分の家に呼ぶってどういうことなのでしょうか?」

そこで、私はこう言った。

「ならば、その気持ちを義之さんに伝えたらどう? お互いの考えがいつもぴったり一致している恋愛は存在しないし、気持ちがすれ違うからけんかにもなる。すれ違ってけんかをしても、それを話し合いで解決していける関係がいいと思いますよ。それこそ、こちらから違う意見を言ったときに、キレたり、暴れたり、暴力を振るってくるような男性だと困るじゃない?」

しかし、義之との交際も、翌日“交際終了”を伝えてきた。やはり、一歩先には踏み込めなかったようだ。

余談だが、昨年のクリスマスには、もう1組、交際終了になったカップルがいる。女性が私の会員だったのだが、男性からはやり、「週末に遅いクリスマスを、僕の家でやりませんか? スーパーで食べる物とケーキを買って」と提案された。それに対して彼女は、憤慨してこう言った。

「スーパーで食べ物とケーキを買うって、どういうことですか? だいたい男性の一人暮らしの部屋に呼ぶこと自体が今の段階ではナシだし、クリスマスをお祝いする食材をスーパーで買うって。私は、スーパーのケーキの価値ですか?」

男性の婚活者は気をつけていただきたい。関係性ができていないうちに部屋に呼ぼうとすると、真剣に婚活をしている女性ほど男性に不信感を抱く。ことに、恋愛慣れしていない女性は、戸惑い、憤り、そこから交際終了を出してくる。

話を戻そう。その後も有紗は、婚活を続けている。婚活市場から去っていかないのは、彼女の中で結婚することを諦めていないからだろう。

時間はかかるかもしれないが、彼女が諦めない限り、一歩踏み込める相手がきっと現れるはずだ。もしかしたら一歩踏み込めないことを重ねて経験していくうちに、ハードルが下がって、そこを飛び越える勇気が出てくるかもしれない。

親のDVが子どもに与える影響は?

有紗のように、育ってきた過程で父親が母親に暴力を振るうのを目の当たりにしてきた女性は、なかなか踏み込んだ恋愛ができなくなっている。

一方で、“DV家庭で育った子どもは、DVになる。DVは、連鎖する”とは、よく言われることだ。

これに関しては、連鎖もあるし、そんな親を反面教師にする子どももいる。

仲人をしてきた経験則から言えることは、結婚相手を選ぶときに相手の収入、仕事、見た目など持ち合わせている条件に目が行きがちなのだが、それよりも大切なのは、おおらかで滅多なことでは怒らないパートナーを選ぶことだ。

どんなに才能があり、どんなにお金を持っていても、DV気質の人と結婚したら、穏やかな日常は紡げないし、幸せな結婚生活は送れないだろう。