作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。冬になるとぬか漬けをするという久美子さん、幼少期に食べたおばあちゃんの沢庵の思い出と、現在漬けているぬか漬けについてつづってくれました。

第40回「おばあちゃんの沢庵、私のぬか漬け」





●大人になって恋しくなるおばあちゃんの沢庵



冬といえば沢庵(たくあん)で、子どもの頃は軒先の大きな樽いっぱいにおばあちゃんが漬けた大根が浸かっていた。クチナシの実を入れて美しい黄色に染まった沢庵はカットされて食卓に常にあり、大人達はご飯の最後にぱりぽりと食べた。子どもの頃は、いつも食卓にあるもので特に美味しいとも食べたいとも思わなかった。当たり前にあったものは、常に作り続け守ってくれる誰かがいてくれたから存在していることをこの年になって知る。料理は全部母が作っていたので、あまり祖母がしているのを見たことがなかったが、あの黄色い沢庵だけは祖母を思い出す。寒空の下、自分で育てた大根を外の台所で山のように切って、恐ろしいほどの砂糖や塩の袋を積み上げて、一年分を仕込んでいた。

自分でやってみると案外と難しいことに気づく。塩や砂糖を入れすぎるとくどいし、少ないと腐る。唐辛子や柚子の皮を入れたり、同じように見えても、家の祖母、母方の祖母、母、みんな少しずつ味が違っていた。母方の祖母のは目の覚めるような黄色で甘口だった。母は黄色に染めない白い沢庵で少し唐辛子がきいたさっぱりとした味わい。私にとって馴染みがあるのは家の祖母の沢庵だなと思う。


母の漬けた沢庵「おこんこ」と呼んでいた。「おこんこ取ってつか」と祖父が言って、祖母が「はいはい」と何枚かをご飯の上に乗っけてあげていたっけな。そこに温かいお茶をかけて食べることもあれば、さらに白飯をおかわりすることもある。祖父は沢庵さえあればご飯を3杯はおかわりしていた。子どもの私は、大人はどうしてあんなにも漬け物が好きなのだろうと不思議だった。「久美子、おこんこ食べてみな。ようできとらい」と祖父が私にも勧めてくる。「うん」と言って、2枚ほどご飯にのっける。代わり映えしないいつものおばあちゃんの沢庵だ。ハンバーグやスパゲッティーがいいなあと思う。

それが、今となればあの沢庵が食べたくてしょうがないのだ。ハンバーグよりもスパゲッティーよりも、漬け物が食べたい。大人になったんだなと思う。そして、いつもの味はいつかはなくなるということを知った。母が作る沢庵は、おばあちゃんの味を少しオリジナルリミックスにしたもので、これもいずれはなくなるのだと思うと、やっぱり私も早めに美味しい沢庵を作れるようになりたい。

●現在の我が家ではぬか漬けを食べている



沢庵も何度か漬けたけれど、難しいのと大家族でない私にとっては食べ飽きてしまうので、我が家の漬け物はいろんな種類を食べられるぬか漬けにしている。と言っても…何度か夏にぬか床を駄目にしてしまっているので、夏は野菜室に入れて休眠させ、秋頃から出動させている。

ぬか床って難しいんでしょう? と思うかもしれないが、維持することが難しいだけで作るのは案外と簡単だ。実家で精米したお米のぬかをもらって、そこに1:1で水を入れ塩は確か1割くらい入れただろうか(大分前に作ったので忘れてしまった)。米屋さんで無農薬の米ぬかをもらうのもいいし、真空パックになっているぬか床の元を買ってくるのも手だと思う。


最初は、野菜くずを入れて何回かは塩を吸わせては捨てて、徐々に塩や糠を足したり減らしたりしながら、加減していく。私はぬか床の中に、鰹節のかけらを入れている(カッチカチなので入れっぱなしでも今のところ腐ることはない)。時には乾燥昆布を入れたりもして旨味が出るようにした。唐辛子や柚子の皮を入れた時期もあった。そうして、色んな野菜が入っては出ていき様々な野菜のうま味がぬか床に浸透して一年がたつころ、まろやかで美味しい味に落ち着いてきた。野菜の水分が多く出てしまったときには、少し捨てて、足しぬかをし塩も入れ、まあ適当にやってみるのがいい。
春先が一番ぬか漬けがおいしい時期だなと思う。それに毎日、ぬか床を混ぜていると、ぬかの油分で手がつやつやになるのも嬉しい。
人参や大根は硬いので3日くらい置いておくとちょうどいい。皮をむかないのも美味しいけれど味が染み込みにくいので寒い時期はところどころ皮をむいて塩梅する。かぶら、ブロッコリーなんかは2日くらいで浸かるし、キャベツや大根葉は1日で美味しくできる。浅漬けの場合は洗わずに食べるのもいい。


漬け物をご飯にのっけて、おじいちゃんたちがやっていたようにぱりぽりと一人で昼食を取る。最後に温かいお茶をかけてさらさらと流し込む。とびきりではない今日が過ぎていく。ぬか漬けは体温計のようなものだなと思う。平熱を積み重ねて自分はできているのだと知る。ただ、一日一回、無心にぬか床を混ぜていると日常に空気が入っていくのを感じる。滞っていてはやがて腐っていくぬか床のように、自分の細やかな発酵を維持させたいと思う。

【高橋久美子さん】



1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著の旅エッセイ集『旅を栖とす
』(KADOKAWA)が発売中。そのほかの著書に、詩画集「今夜 凶暴だから わたし」
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ