「根性論が消えない」日本スポーツ界の時代錯誤
持続可能な日本のスポーツ環境を作り上げるために必要なこととは(写真:m.Taira / PIXTA)
日本ユニセフ協会は11月25日、ユニセフ「子どもの権利とスポーツの原則」に関するオンラインイベントを開催した。同協会は2018年に、国連が定めた「世界子どもの日」に10の項目からなる「子どもの権利とスポーツの原則」を発表していた。あれから2年が経過して、日本のスポーツ環境はどのように進化したのか。
1.子どもの権利の尊重と推進にコミットする
2.スポーツを通じた子どものバランスのとれた成長に配慮する
3.子どもをスポーツに関係したリスクから保護する
4.子どもの健康を守る
5.子どもの権利を守るためのガバナンス体制を整備する
6.子どもに関わるおとなの理解とエンゲージメント(対話)を推進する
7.スポーツ団体等への支援の意思決定において子どもの権利を組み込む
8.支援先のスポーツ団体等に対して働きかけを行う
9.関係者への働きかけと対話を行う
10.スポーツを通じた子どもの健全な成長をサポートする
(出典:ユニセフ『子どもの権利とスポーツの原則』)
マラソンが苦手だった室伏広治
今回のイベントのテーマは「スポーツを通じたSDGsの達成〜ビジネス界への期待」。2年前は当時のスポーツ庁の鈴木大地長官も出席し、「子どもの権利とスポーツの原則」に全面的に賛同した。昨年5月のこのコラムの単独インタビューで鈴木氏は、高校野球の投手の酷使に強い懸念を示し、高校野球は改革すべきと語っていた。
今回、筆者が最も注目したのは、鈴木長官に代わってスポーツ庁の2代目長官に就任した室伏広治氏の考え方だった。このイベントの冒頭で室伏新長官は次のように語った。
オンラインイベントに登場した室伏広治氏
「ハンマー競技でオリンピックに出場した私ですが、すべてのスポーツが得意だったわけではありません。瞬発力を要する運動は得意でしたが、持久力を要する運動は苦手でした。
マラソンの成績が悪くて、ショックを受けて家に帰ってきたら、父(室伏重信氏)が『気にしなくていい。君は瞬発力がある筋肉なんだから(マラソンが遅くて)当たり前だ。お父さんもそうだった』と言いました。父にそう言われなければ、特訓すればなんでもよくなると無理なトレーニングをして若い頃にスポーツが嫌いになった可能性もあったと思います」
鈴木前長官も意味もなくハードトレーニングをすることに否定的だったが、室伏長官も同じ考えだった。
さらに室伏長官は「不思議に聞こえるかもしれませんが、ハンマー競技の第一人者であり指導者である父からは“ハンマー投げをやれ”と強制されたことは一度もありません。父は子どもの頃に私がスポーツを嫌いになることを恐れ、自らがやりたいと思う瞬間が来ることを待ちました。そして適切な指導を行うことができたのです」と語った。
室伏重信、室伏広治の父子はなんとなく漫画「巨人の星」の星一徹、星飛雄馬父子を思わせるが、その関係性はまったく異なっていた。室伏長官は今年46歳。彼がこの競技を始めた30数年前から、日本のトップアスリートは「自分の適性に応じたスポーツ」を「適切な時期」に「自発的に選択」していたのだ。
残念なことに、日本のスポーツ界には「根性論」がまだ根強く、子どもたちに強制的にきついトレーニングをさせる指導者がいる。しかし室伏長官の言葉からは、そうした指導がオリンピックなど世界に通じるアスリートの育成とは無関係であることがはっきりわかる。
スポーツ分野とSDGsの関係
続くパネルディスカッションでは、「子どもの権利とスポーツの原則」起草委員会のメンバーである高橋大祐弁護士をモデレーターとして、以下の企業やスポーツ協会の取り組みが発表された。
・ミズノ・ソフトバンク・帝人・アシックス・LIXIL・クボタスピアーズSDGsとは、国連が定めた持続可能な開発のための国際目標であり、すべての人権の実現や、持続可能な開発の3側面である「経済・社会・環境」の調和、貧しい人々や脆弱な状況下にある人々に対する連帯の精神などがうたわれている。
一見、SDGsと「子どもの権利とスポーツの原則」は、関連性が低いように思われる。しかし、一部指導者の強圧的な指導は、深刻な人権問題である。また、貧富の格差は子どもたちの「スポーツをする権利」を侵害している。子どもたちに健全なスポーツ環境を提供することは、SDGsの考え方に沿っているのだ。
日本のスポーツ選手の多くは、学校を卒業するとスポーツをやめてしまう。過酷な練習によって途中でスポーツを断念してしまう選手も多い。高齢化、少子化が進む中でそういう状況を改善し、「持続可能なスポーツ環境」を実現しないと、日本スポーツの将来性はなくなってしまう。スポーツ関連企業が、子どものスポーツ環境をよくしていくことは、自らのビジネスを発展させることにつながるのだ。
ミズノの水野明人社長はビデオメッセージで「私たちはスポーツを通じたSDGs達成への貢献を目指しているが、その一環として『次世代を担う子供たちの運動能力と体力の向上』を掲げている」と語った。
アシックスはパネルディスカッションで、キッズスポーツチャレンジ(計測)、キッズスポーツラボ(教室)、子どもの足とシューズの履き方(セミナー)、キャッチボールプログラムなどの取り組みを紹介した。
帝人もCSRの一環としてのスポーツ支援活動について紹介した。また、ソフトバンクは小中学生がスポーツマンシップを学ぶ「Pepper」の特別オンライン授業を開催した。
こうした取り組みを見ると、「子どもの権利とスポーツの原則」というユニセフの理念が、SDGsの考え方を媒介として、ビジネスと結びついていることがわかる。
進まないスポーツ界の改革
ただ、今回のイベントに参加した企業や団体は「意識が高い」一部の組織だ。「子どもの権利とスポーツの原則」を十分に理解して、それを行動に移していることがわかるが、一方で日本のスポーツ界は、遅々として改革が進まない。
今年9月25日には、兵庫県宝塚市の中学で、柔道指導者が1年生の男子生徒2人に体罰を加えて骨折させた。その原因は、学校の冷凍庫に保管していたアイスクリームを当該生徒が無断で食べたことだったとされている。県教委は教員でもあったこの指導者を懲戒免職にし、全日本柔道連盟は除名にした。
これまで生徒に対する暴力事件を起こした指導者の多くは、注意や謹慎処分を受けただけで免職にもならず、競技団体も責任追及をすることがなかったため進歩だといえるが、それまでは厳しい処分が下されることはまれだった。
また、日本学生野球協会は12月18日に審査室会議を開き、部活動で問題があった高校の処分を決めた。「1年生部員に素手でノックを受けさせ、左手に3週間のケガを負わせた、藤嶺藤沢(神奈川)の監督(47)は、10月9日から来年1月8日まで3カ月の謹慎」など7つの高校の処分をしたが、そのすべてが体罰や暴言、部員同士の暴力沙汰だ。
本来であれば暴力を否定しない指導者は即刻退場させるべきだが、いずれも数カ月の謹慎処分であって、来春の都道府県春季大会への出場にはまったく影響がない。日本学生野球協会も「子どもの権利とスポーツの原則」の協賛団体の1つだが、この理念を十分に理解しているとはいいがたい。
さらに、読売ジャイアンツの阿部慎之助二軍監督は、練習試合で負けたあと、選手たちに「罰走」と称してランニングを科した。本来であれば、全国の野球少年の手本となるべきプロ野球が、まだこんな旧態依然とした指導を行っているのだ。
筆者はスポーツ指導のあり方を考えるセミナーや会合によく出席するが、痛感するのは「今この話を聞いている人たちに問題があるのではなく、この場にいない人。こうした問題に関心がないスポーツ指導者にこそ、問題がある」ということだ。
選手に罵声、暴力をふるったり、強制的にハードな練習を科したりする指導者は、そうした指導が選手の成長に結びつかないばかりでなく、日本スポーツに対する偏見を助長し、スポーツの将来に暗い影を落とすことを痛感すべきだろう。