愛しすぎるが故に、相手の全てを独占したい。

最初はほんの少しのつもりだったのに、気付いた頃には過剰になっていく“束縛”。

―行動も、人間関係の自由もすべて奪い、心をも縛りつけてしまいたい。

そんな男に翻弄され、深い闇へと堕ちていった女は…?

◆これまでのあらすじ

彼氏・亮の家に呼び出された詩乃。亮にスマホの中身をチェックされ、Face IDまで登録させられてしまう。

その後突然、亮から帰れと言われてしまい…?

▶前回:デート前に4時間、彼氏と連絡が取れなくなった。「仕事だった」と言い訳する男に覚えた違和感




「本当にごめんね。仕事でトラブルが発生して、どうしてもいま片付けないとならないんだ。この埋め合わせは必ずするからね」

亮がそう言ってから1週間も経つのに、相変わらず連絡はスタンプしか返ってこない。詩乃の不安は募っていくばかりだ。

詩乃は自宅のベッドで1人、スマホを握りしめて考える。

―私たち、付き合ってるんだよね…?

亮が言うように、自分の予定はあらかじめ彼に知らせているし、毎日の連絡も欠かしていない。それなのに詩乃は、彼が今どこで何をしているのか全く分からないのだ。

―不安だけど、亮は私のことを好きだって言ってくれてるんだもん。信じて、大切にしなくちゃ。

詩乃は必死に、自分へ言い聞かせる。

普通の恋人同士ならば、こんな一方的な関係はあり得ない。けれどもし、わがままを言って前回みたいなことになったりしたら…。

そんなことを考えると、自分の本当の気持ちを亮に伝える勇気がなくなってしまう。

気付けば何時間もベッドの上でこうしている。すっかり日は沈んでしまい、電気をつけていない部屋は真っ暗だ。

―そういえばあのときも、こうやってベッドに潜り込んで泣いてたなあ。

詩乃は5年前のことを思い返していた。


詩乃が抱える、過去の恋愛のトラウマとは?


それは、5年前のこと。

「しーのちゃん!大好きだよ〜」

「ほ、本当ですか…?」

「も〜、相変わらず自信ないんだから。詩乃ちゃんは世界でいちばん可愛いよ」

詩乃が大学生の頃、初めて彼氏ができた。彼はヒロという名前で、同じゼミに所属する先輩だった。

そんな彼にある日突然、大学のキャンパス内で告白されたのだ。

地味で学校でも目立たない存在だった詩乃と、華やかなサークルに所属するヒロとではあまりにも世界が違いすぎて、最初は何かの冗談かと思った。

詩乃が反応に困っていると「早めに答えが欲しい」とヒロは返事を急ぐ。その言葉に後押しされ、2人はすぐに付き合うことになる。

そして、高校でもほとんど恋愛経験のなかった詩乃は、初めてできた彼氏という存在に舞い上がり、ヒロのことをすぐ好きになった。

しかし付き合いはじめてから、ヒロの優先順位の中で最も高いのは“サークルに参加すること”だと知ったのだ。

毎晩、飲み会に出かけるヒロに不安を抱かずにはいられない。

あるとき詩乃は、大学の近くで飲み会をしているというヒロのことを探しに行った。

どこの店かは分からなかったし、会えるなんて思っていなかったけれど、行ってみたい衝動に駆られたのだ。

―あのとき、探しになんて行かなければ…。

後悔の気持ちが詩乃を襲う。

あの日、詩乃はヒロを見つけてしまった。




賑やかな街を詩乃が1人でフラフラ歩いていると、ヒロが前から歩いてくる。

ーえっ、あれって。

あれほど恋焦がれたヒロの隣には、目を見張るほどの美人がいた。あろうことか、その女性はヒロの左腕に絡み付いていて、見るからに楽しそうだ。

「ヒロ…?」

詩乃がその場に立ち尽くしていると、ヒロが詩乃を見つけ「あっ」と小さくつぶやいた。

「ヒロくん、知ってる子?」

ヒロの隣にいる美女は、詩乃を訝しそうに見つめながら問いかける。するとヒロはこう言い放ったのだ。

「…いや、全然オレの知らない子だよ」

ヒロは、詩乃の存在なんか忘れてしまったかのようにそう言うと、2人は人混みに消えていく。

詩乃には何が起こったか理解できず、ただ茫然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。



―なんか、イヤなこと思い出しちゃったな。

もう5年も前のことなのに、昨日のことのように鮮明に思い出せてしまう。

それ以来、恋愛から遠ざかり気味だった詩乃にとって、亮から感じる執着心はむしろ「好きでいてくれている」ことを実感できる。

つまり、多少の束縛をされたほうが安心できるのだ。

そんなことを考えながら、ご飯でも食べようかとベッドから起き上がった瞬間、スマホが鳴った。


詩乃に電話をかけてきたのは…?


―あっ、亮から電話だ!

「もしもし。どうしたの?何かあった?」

「ねえ、詩乃。今から会えない?この前の埋め合わせさせてほしくて。美味しいお店連れていくね」

このタイミングで亮から誘われることほど、嬉しいものはない。詩乃は2つ返事でOKすると、急いで指定されたお店へと向かった。



―わあ、素敵なお店。

亮が連れてきてくれたのは、赤坂にある『ビストロボンファム』。詩乃は素敵なお店の雰囲気に、目をキラキラと輝かせる。

それに、亮の部屋以外の場所でデートをすることは初めてなのだ。詩乃は完全に浮かれていた。

そして2人で食事を終え、デザートを待っていたときのこと。

「ねえ。今日はね、詩乃に渡したいものがあるんだ」

亮は突然そう言って、ポケットから小さなボックスを取り出した。

「えっ?それって…」

詩乃の戸惑う様子なんてお構いなしに、亮はテーブルの上でそっとボックスを開ける。




ボックスの中には、詩乃が予想した通り、キラリと光る小さな指輪が入っていた。

「…えっ、亮?」

まるでプロポーズのようなシチュエーションに、詩乃の心臓はバクバクと音を立て始める。

―さすがに結婚は、早すぎるよね?まだ付き合ったばっかりだし。

混乱して固まっていると、亮が“光の宿っていない目”で詩乃を覗き込んできた。

「詩乃にこれをつけてて欲しいんだ。あ、プロポーズじゃないよ」

「えっ?う、うん…」

「プロポーズじゃない」という言葉に疑問を持ちながらも、亮の雰囲気に飲み込まれ、震える手で指輪を受け取る。

詩乃がどの指にはめようか迷っていると、亮は被せた。

「ちゃんと、左手の薬指につけるんだよ?」

「えっ、どうして…?」

「左手の薬指に指輪をしてたら、男除けになるでしょ?そのために買ってきたんだ。俺以外の人が詩乃ちゃんのことを好きになったら困るから、あらかじめ牽制しておこうと思って。大切にしてね?」

亮は詩乃の手からそっと指輪を取ると、優しく左手の薬指に指輪をはめた。

その瞬間「私のことを、こんなに束縛するほど好きになってくれる人なんて、もういないかもしれない」という気持ちがわいてくる。

―みんな「危ない」だとか言うけど、私は亮をちゃんと大切にしたいな。

詩乃は左手の薬指にはめられた指輪の輝きにうっとりとしながら、そんなことを考えていた。

▶前回:デート前に4時間、彼氏と連絡が取れなくなった。「仕事だった」と言い訳する男に覚えた違和感

▶︎NEXT:9月23日 水曜更新予定
亮へとハマりつつある詩乃を、襲う悲劇とは…?



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