■世界的な移動の抑え込みで観光業界は大打撃

コロナ禍が、世界の観光業界を直撃している。感染対策のために、世界の主要国は当面の経済成長を犠牲にして、人の移動を抑え込んでいる。それでなくてもコロナウイルスに恐怖を抱いているので、政策的に人の動き(動線)を抑制すれば旅行をしたいと思う人が減るのは当然だ。

写真=時事通信フォト
人がまばらな東京・浅草の雷門=2020年4月12日、東京都台東区 - 写真=時事通信フォト

わが国各地の観光地や首都圏では、観光客の姿があまり見られなくなっている。海外でも、中国人観光客でにぎわったミラノなどから人気が去った。世界の観光需要は、コロナ禍で瞬間蒸発したといっても過言ではない。それにともない、国内外の旅行代理店をはじめ、バスや鉄道などの陸運、空運、飲食、旅館、ホテル、リゾート運営など広範な業種で業績の悪化懸念が急速に高まっている。

観光需要の消滅は、わが国経済にとって無視できない変化だ。2012年12月以降の日本経済にとって、中国、韓国、台湾などからの外国人観光客の増加は、緩やかな持ち直しを支える重要な要素の1つだった。海外からの観光客の増加(インバウンド需要)は、東京圏への人口集中を是正し、地方創生にも大きな役割を果たした。

これまで海外からの観光需要に依存してきたわが国は、その経済の運営方法を見なおさなければならない。わが国政府にとって、かなり重たい課題になりそうだ。

■世界全体で人の動きはいつまで止まるのか

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、わが国の観光業界はかなり厳しい状況を迎えている。事態はさらに悪化する恐れがある。

わが国をはじめ、米欧、アジア、南米、アフリカなど世界全体で新型コロナウイルスの感染は深刻だ。すでに米国では感染によって4万人以上が亡くなった。米国の低所得層は十分な医療サービスにアクセスすることが難しく、事態はかなり厳しい。イタリア、スペイン、イギリス、フランスでも死者数が1万人を超え、米欧各国で医療体制が崩壊の危機に瀕している。

ワクチンの開発が進む中、感染拡大を防ぐために各国は国境を封鎖し、人の外出を制限しなければならない。世界全体で人の動きの遮断は長期化するだろう。問題は、それがどの程度の期間に及ぶかが読めないことだ。

人が自由に外出できないため、世界全体で経済活動の水準が大幅に落ち込んでいる。つまり、需要が消滅し、供給体制も崩れはじめている。世界の観光業界はその典型例だ。国内であれ海外であれ、人々が旅行することがウイルスを各地にまき散らす。各国は旅行の禁止・自粛を徹底しなければならない。

■逼迫する企業の資金繰り、米ボーイングにも公的支援

また、観光業界以外の状況もかなり厳しい。需要の低下、供給網の寸断から企業の収益懸念が高まっている。さらに、多くの企業で資金繰りが逼迫(ひっぱく)しつつある。

米国では航空機大手ボーイングに対してドナルド・トランプ政権が公的支援を表明するなど、製造業・非製造業ともに企業の経営体制が急速に不安定化している。ボーイングに関しては、さらなる支援が必要になるとの懸念も高まっており、日に日に世界経済の下振れリスクが高まっている。

さらに、人々の所得・雇用環境も悪化しはじめた。近年の世界経済を支えてきた米国では、失業者が急増している。3月以降の4週間で米国の新規失業保険申請数は2200万件を突破した。

米FRB関係者は、4〜6月期に失業率が30%に達するとの見方を示した。コロナ禍により世界各国で企業業績、所得・雇用環境の悪化は避けられない。それは観光など余暇への支出を減少させる。

■韓国人観光客の激減した九州の温泉名所

その中で、わが国の観光業界などでは、新型コロナウイルスの影響により経営が急速に悪化する事業者が増えている。4月10日時点で新型コロナ関連の破綻件数は51件(手続き準備中も含める)に達したと報じられている。業種別にみると、宿泊、飲食関連が多い。

背景の1つには、中国、韓国、台湾などからの訪日者が大きく減少し、インバウンド需要が蒸発したことがある。観光庁によると、2019年の訪日外客数は3188万人だった。うち、韓台中(香港含む)からの来日者数が70%を占めた。

昨年、日韓関係の悪化や中国経済の成長の限界から、これら地域からの来日者数の増加ペースには鈍化の兆しが出はじめた。特に、韓国からの来訪者の落ち込みは大きかった。昨年夏場以降、九州の温泉地面などでは韓国人観光客の減少から、旅館経営などにかなりの影響が出たと聞く。

■先行き不安で大手企業の債券発行が見送られるケースも

その上にコロナ禍が重なり、外国人観光客の減少に拍車がかかってしまった。コロナ禍が、グローバル化に依存した経済運営の問題点をあぶりだしたといってよい。観光庁が発表した2月の訪日外客数(推計ベース)によると、中国からの訪日者数は前年同月に比べて87.9%減と大きく落ち込んだ。

その要因として、武漢市を中心に新型コロナウイルスの感染が拡大したため中国政府が海外団体旅行の販売を禁止したことが大きく響いた。同月、韓国からの訪日客数は同79.9%減、台湾は同44.9%減だった。

さらに3月、出入国管理統計(速報)によると、政府の入国拒否対象国の拡大などから外国人の新規入国者は前年同月から9割以上減少した。なお、出入国管理統計には、クルーズ船での来日客は含まれない。

人の往来が途絶え、観光だけでなく、航空大手や人材派遣などを手掛けてきたわが国企業が金融機関などからの資金調達を急ぎはじめた。世界的に見ても、旅客需要の蒸発から航空業界は事実上の休業状態に陥り、先行き不安は増している。

一方、先が読めないため金融機関や市場参加者のリスク許容度は低下している。国内の社債市場では大手企業の債券発行が見送られるケースも出はじめた。

■今後は自国内の資源を用いた経済運営が必要

突き詰めて考えると、コロナ禍の深刻化によって、わが国経済は大きな転換点を迎えている。海外を中心とするわが国への観光需要の高まりは、近年の日本経済を支えた要素の1つだった。

リーマンショック、東日本大震災を経て、2012年12月からわが国の景気は回復局面に移行した。そのかなりの部分が、国内の自律的な動きよりも海外の要因である。

インバウンド需要に加え、“中国製造2025”に基づく中国の工場の自動化(FA)に関する技術や工作機械への需要、労働市場の回復に支えられた米国の景気回復、低金利環境下での米国を中心とした株価上昇による資産効果などがわが国の経済を支えた。

一転して、新型コロナウイルスの感染拡大によって、各国は自国内の限られた資源を用いて経済を運営しなければならない。WTO(世界貿易機関)は2020年の世界全体のモノの貿易量が前年から32%減少すると予想している。海外の要因に支えられてきたわが国にとって、経済運営の効率性はさらに低下するだろう。

また、都市封鎖などへの不安から世界各国で食料品の買い占めが起きている。感染のために農作業に従事する人手が不足し、穀物などの供給難が顕在化している。グローバルな供給体制に基づいてきた世界経済は、その反動に直面している。

■世界的に需要が落ち込む中、供給を増やす中国

中国では感染が小康状態になったことを受けて、企業の操業が回復している。鉄鋼などの基礎資材に加え、スマートフォンの生産も急速に持ち直しはじめた。世界的に需要が落ち込む中、中国の供給増大は市況を悪化させると同時に、競争を激化させるだろう。

海外の要素に支えられてきたわが国では、旅行をはじめとする観光業界のみならず、経済全体が縮小均衡に向かいつつある。北海道の地価上昇などインバウンド需要に支えられた地方経済の持ち直しにもかなりのブレーキがかかることは避けられない。

今後、わが国の感染収束にどの程度の時間がかかるかも読めない。民間の自助努力に限りがある中、政府は世論の賛同を得つつ、感染の封じ込め対策を迅速かつていねいに進めなければならない。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)