子供を連れ去って不倫男と暮らす妻に、毎月10万円を払う不条理
■「妻の不倫」で離婚しても、夫は親権を取れない
日本では離婚した場合、子供の親権は両親のどちらかに移る。親権が争われた場合、圧倒的に有利なのは女性だ。厚労省の統計によれば、親権者が母親となるケースは8割に上る。
個別のケースを調べると離婚事由が妻側にあっても、親権者が母親となるケースが多い。例えば、妻が不倫をして離婚することになっても、夫は親権を取れない恐れが強いのだ。
田村仁志さん(44=仮名)のケースを紹介しよう。仁志さんは都内の有名私大を卒業後に、一部上場の大手電子機器系メーカーに就職。現在の年収は約800万円のサラリーマンだ。
9歳下の妻・かな子さんとは、12年に友人の紹介で知り合い、翌年に結婚。二人の子宝(現在は長男5歳と長女3歳)に恵まれた。しかし、妻が職場に復帰する頃になると、子供の育児をめぐって、夫婦関係は悪化していった。
■妻はスマホに「今度いつ遊べる??」というLINEの通知が
「私は子供たちに規則正しい生活のリズムを付けて欲しかったのですが、妻は食事を与える時間や子供たちを寝かしつける時間などがバラバラでした。食事内容も、極力、手料理を食べさせたかったのですが、妻は週2〜3回はコンビニやファストフード店で、家でもレトルトや冷凍食品で、手料理はほとんどありませんでした」(仁志さん)
現在行われている離婚調停で、妻側はコンビニやファストフード店の利用は2週間に1度で、ほぼ毎日手料理を食べさせていた、と主張しているという。どちらの主張が正しいのか定かではないが、夫婦関係が悪化していたことは間違いなかった。
仁志さんが妻の不審な行動が気になり始めたのは、17年の夏頃だった。家族で遊園地に出かけた際に、妻が頻繁にスマホを操作していた。その後、妻はスマホを肌身離さず持ち歩くようになり、仁志さんは「おかしい」と感じ始めた。あるとき、妻のスマホに着信がきたタイミングで、画面を見た。男性と思しき名前の送信者から「今度いつ遊べる??」というLINEのメッセージがきていたという。
「探偵会社に妻の素行調査を依頼しました。結果は黒。妻が男のマンションに出入りする姿がバッチリ映っている写真を探偵から見せられ、どこか予感はしていたのですが、やはりショックでした」(仁志さん)
■長男と遊園地に行くはずの日に不倫男と会っていた
すぐに、仁志さんは妻を問いただしたというが、妻は宿泊の事実は認めたものの、不貞行為は否定。だが、その後の探偵会社の調査により、不倫相手が妻の職場の上司であることがわかった。男に損害賠償を請求すると、男は不貞行為を認め、100万円の和解金を提示してきたという。
「妻が不倫していたことは大きなショックでしたが、妻はまだ若いですし、一度くらいは大目にみようと思ったんです。ただ、妻が不倫男と会っていた日は、長男と遊園地に行くはずの日だったんです。妻は女友達と旅行にいくと言っていましたが、男と会っていた。子供たちとの行事より、不倫相手を優先したってことじゃないですか。それがどうしても許せませんでした」
しかし、子供のことを考えると、仁志さんはなかなか離婚へ向けて踏み出すことができなかったという。
「子供たちは夫婦仲のいい、あたたかい家庭で育てたかった。その一心で、不倫の事実を受け入れ、なんとか妻との関係改善を試みました。しかし、妻とやり直さなきゃと頭ではわかっていても、気持ちはついていかなかった。妻に対して感情的になってしまうこともあり、妻も不倫をやめるそぶりがまったくなく、関係改善には向かいませんでした」(仁志さん)
■「妻と子供が行方不明」と相談したが、警察は取り合わず
不倫発覚から5カ月後、予想外のことが起きた。妻が無断で子供を連れて別居を開始したのだ。その当時、お互い冷静になるため、仁志さんは週に2〜3日は自身の実家に泊まっていた。妻が子供を連れだしたのは、そんな日だった。
「後で、マンションの防犯カメラの映像を確認すると、深夜2時頃に妻の母と、妻の兄がトラックでやってきて、自宅から家財道具を搬出。妻は寝ている子供たちを抱きかかえて、家から出ていく姿が確認できました」(仁志さん)
妻は転居先を隠し、仁志さんは子供たちと会えない状況となった。子供たちも突然、父親と会えなくなり、長男は保育園を転園せざるを得なくなったという。仁志さんはすぐさま警察に駆け込み、妻と子供が行方不明になったと相談したが取り合ってくれず、途方に暮れているところに妻の弁護士から通知が届いた。
■子供たちの養育費と妻の生活費として毎月10万円を支払う
そこには、離婚調停、別居中の生活費である婚姻費用調停を申立てる旨と、妻、子供に接近禁止を求めると書かれていた。仁志さんは弁護士に相談し、家庭裁判所に子供の引き渡し審判と、子の監護者指定審判を申し立てた。
仁志さんは子供に自由に会えなくなってしまったが子供たちの養育費と妻の生活費として毎月10万円を支払っている。
妻側に不貞行為があったのだから、仁志さんは「当然、親権はとれる」と考えていた。しかし、実際は違う。離婚問題に詳しいレイ法律事務所の松下真由美弁護士がこう解説する。
「妻が子を連れて出ていって時間も経っているとなると、仁志さんが親権を取れる可能性は5%もないと思います。家庭裁判所は、よき妻であることと、よき母であることは別として考え、親権者を決める際に子の福祉を一番重要視します。妻が不貞行為をしたからといって、ただちに男性側が監護権、親権を獲得できるわけではありません。子供に対する監護実績や監護能力等を比較し、父母のどちらと生活することが子の福祉に資するかという点で判断をします。つまり、夫と妻のどちらが、より、子供たちの世話をしていたか、また、今後世話をできるかということですね」
■なぜ「連れ去り勝ち」が横行しているのか
仁志さんは妻と同居中に、子供のお風呂、歯磨き、寝かしつけや、妻が仕事の日は一日、面倒を見るなど育児にも積極的に参加していたが、今回のケースではさらにもう一つ、妻側が有利な事情があるという。
「妻が現に子供と生活している点です。子供の環境を無理に変えることは、子供にも負担がかかります。そのため、家庭裁判所は、現在の子供の監護状況に問題がなければ、現に子供と同居している親を親権者に指定する傾向が強いんです。調停や裁判が長引けば長引くほど、子供は現在の環境になじんでいき、妻側が有利となってしまいます。今回の事案は、妻側に育児放棄や虐待のような事実がない限り、仁志さんが親権を獲得するのは難しいかもしれません」(松下真由美弁護士)
つまり、親権争いになった際、自分が不利になると思ったら、子供を連れ去り、監護実績を積み重ねる。そして、調停、裁判にできる限り長い時間をかければ、子供が環境に馴染んでいると認められ、親権獲得に有利な状況となりうるのだ。これは男性が子供を連れ去った場合も同じ。このため“連れ去り勝ち”が横行しているといわれる。
■妻の「転居先」は、不倫男の自宅の近所だった
「また、今回の事案はお子さんがまだ5歳と3歳と幼い。家庭裁判所は、子どもが幼いと、母親の必要性を優先する傾向があります。お子さんの意思も大切ですが、幼いうちは明確に意思表示もできませんので、結局母親が優先されることが多いといえるでしょう。私自身、男性側の代理人として裁判所に立つ機会もありますが、正直なところ、母性優先という結論ありきの判決なのではないかと、悔しい思いをしたこともあります」(松下真由美弁護士)
仁志さんは探偵の調査により妻の転居先を知り、さらに打ちのめされることになる。妻の転居先は不倫男の自宅の近所だったのだ。そこで不倫相手に、示談金の交渉と子供への接触禁止を要求したが、男は既に仁志さんの妻の家に出入りしており、それには応じられないとの返答だった。
「私は、自分の愛すべき子供たちに会うために、様々な制限がありますし、会いたいときに会えるわけではありません。それなのに、不倫男は子供たちが住むアパートに好きに出入りしている。こんなことが許されるなんて……」
「私は大人ですから感情を抑えられます。でも子供たちは保育園と自宅、近くの公園という狭い世界を突然奪われ、知らない環境で生活せざるを得なくなっています。さらに見ず知らずの男と一緒に生活する、となれば恐怖でしかない。昨今の『連れ子虐待』のニュースを見るたびに、気が気ではありません」
■「妻の機嫌を損なえば子供に会えなくなると思うと…」
今後、妻と離婚が成立し、仁志さんが親権を失えば、不倫男が子供たちと養子縁組をすることを仁志さんは拒否できない。仁志さんに残された権利は、子供との面会交流と妻の不貞行為に対する慰謝料の請求だ。しかし、その権利も声高に主張ができない事情があるという。
「妻は子供を連れ去ったあと、私の渡す生活費で不倫相手と生活し、たまに面会交流で子供たちと会えるという飴をちらつかせて、離婚を迫ってくる。面会交流に関して調停の場でルールが決まっていない現状では子供に会えるかどうかは妻の気分次第です」
「妻の機嫌を損なえば子供に会えなくなると思うと、こちらから慰謝料など請求できるはずもありませんし、面会交流に関しても妻の事情を考慮して主張せざるをえません。まるで子供を人質に取られたみたいです」
■突然1カ月に2時間しか子供に会えなくなる別居親の苦痛
ひとり親家庭の大多数が貧困に陥っていることから、国や自治体はひとり親家庭の支援に躍起になっている。子供の福祉のために、養育費の不払いを解消していくことが必須であることは間違いない。
しかし、その一方で、仁志さんのように、子供の親権を取りたくても取れない別居親が大勢いる。家庭裁判所によれば、子供と離れて暮らす別居親たちが子供に会えるのは、1カ月に1回2時間が6割だという。毎日一緒に生活をしていた子供たちと突然、1カ月に2時間しか会えなくなる別居親の苦痛は計り知れない。
親権は母親有利。その根底には、子供の養育には母親との関りが重要だとする母性神話がある。しかし、時代は変わり、男女ともに仕事をし、ともに育児をするという家庭も増えた。それにもかかわらず、いまだに家庭裁判所は“育児は女性の仕事”とし、親権争いの場で母親を優遇している。
仁志さんのように、「妻が不倫し、家庭を顧みなかった」という状況でも、子供の親権は取れず、子供に会えるのは1カ月に2時間となる恐れが強い。このような現状で、強制力のある養育費の取り立て方法だけが決まっていっていいのだろうか。養育費の支払い義務を負う、別居親の声に耳を傾ける必要があるのではないだろうか。
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松本 朔太郎(まつもと・さくたろう)
フリーライター
自身の離婚経験を機に親子断絶、連れ去り問題などの家族問題をテーマに取材活動を行う。ツイッター:@korokoropo
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(フリーライター 松本 朔太郎)