この4月より、民法改正により「配偶者居住権」という新しい制度が始まります。夫婦の一方が亡くなったとき、一定の条件のもと、残された配偶者が住んでいる建物に終身まで住み続けることができる権利が与えられる制度ですが、一方でトラブルのもとにもなり得ます。

相続の問題に詳しい司法書士の鈴木敏起さんに、40代の主婦・路子さん(仮名)という方を事例にして、想定できるトラブル例について聞いてみました。


義母と遺産分割するなら、夫と暮らした自宅を売却しないと生活できない…?(※写真はイメージです)

夫が亡くなり、自宅に住み続けるなら一文なしに!?「配偶者居住権」を使ってみたが…



残された配偶者がそのまま自宅に住み続けることができる配偶者居住権。
親族関係が疎遠かつ複雑な現代社会においては、自宅に対する配偶者の権利すら危うい場合があります。配偶者居住権は、ここにメスをいれるための制度と言えます。

また、二次相続まで考えたときには、配偶者居住権を使うと相続税の節税になるということも専門家から発信されており、相続の際の活用術としても利用される可能性があります。

しかし、人生100年時代を考えたとき、配偶者居住権が本当の意味で配偶者を救う制度と言えるのでしょうか。実際に起こりうるストーリーとともに考えてみましょう。

●40代の夫が突然亡くなり、義母と遺産分割をすることに


義母にしてみると、他人の嫁に土地をあげるのは腹立たしい(※写真はイメージです)

路子さんは、40代の主婦。子どもはいません。路子さん夫婦の自宅の土地は、夫が母親から贈与を受けたもので、その土地上に、夫が住宅ローンを組んで建物を建築して暮らしていました。
しかし、2020年4月以降のある日、夫が心筋梗塞で突然亡くなってしまいます。法定相続人は、路子さん(配偶者)と義母(親)です。

路子さんは義母と折り合いが悪く、自宅の名義をすべて自分のものにできるかどうか不安になりました。というのも、義母がこの土地を夫(長男)に贈与したのは、長男夫婦に子どもができて、大切に継いでいってくれるものと思っていたからなのです。

子どもができず、長男が先に亡くなるとなると、他人である嫁に使わせる筋合いはない、と義母は考えてているのでは。なにかの機会に義母の元に権利が戻ってくるならば、二男に贈与し直したいとさえ思っているようでした。

路子さんは、この地域に定着していたので、居所を変える気持ちはありません。また、今後一人で生きていくにあたり、賃貸住宅では心もとないと考えています。建物のローンは、団体信用生命保険で完済されているので、この自宅に住み続けたいと思っています。

●専門家から提案された配偶者居住権とは

路子さんは、義母との遺産分割を控え、地元の専門家に相談しに行きました。すると、民法改正で新しくできた制度である、配偶者居住権を利用することの提案を受けました。

これによると、配偶者である路子さんが亡くなるまで住む権利が確保され、かつ、路子さんの亡き後、義母(義母が亡くなっているときはその相続人)に土地を譲ることができるということです。

「これなら、土地をいつかは返してもらいたいと考えるお義母さんを納得させることができるかもしれない」と路子さんは思いました。

●配偶者居住権を使えば、一文無しを回避できる!?

また、配偶者居住権を利用しない場合に、自宅の権利をすべて路子さんが相続すると、困ることがほかにもありました。


夫の遺産は、自宅2000万円相当と、預金1000万円。
法定相続分は、配偶者が3分の2、親(尊属)が3分の1ですから、自宅2000万円相当を路子さんが相続すると、預金はすべて義母が相続するとする遺産分割に応じざるを得ません。路子さんの今後の生活費を確保できないのです。

ところが、配偶者居住権を利用すると、自宅の評価を、一定の評価方法のもと、配偶者居住権と、その敷地の権利(土地の制限つき所有権)とに分けて考えることができるということです。
義母が相続する敷地の権利にも、1000万円相当の評価がつけば、預金は路子さんが相続できます。

●配偶者居住権は、路子さんの死後に土地の権利を義母に戻すということ


義母は、路子さんからの提案に理解を示してくれました。
配偶者居住権1000万円相当と預金を路子さんが相続し、制限つき所有権(敷地の権利)を義母が相続しました。

しかし、この制度には落とし穴があったのです。

●後年、配偶者居住権を処分しようとすると困ったことに…

後年、実親の介護のため、路子さんに居所を変更する必要が出ました。
それにあたって自宅敷地の配偶者居住権を処分しようと思いましたが、配偶者居住権はそれだけを処分できない制度であることを、そのときに知ったのです。

義母はすでに亡くなり、二男に制限つき所有権は移転していたところ、幸いなことに二男は一緒に売却することに協力的でした。
「よかった。二男と一緒に自宅を売却して、私の権利相当分のお金をもらえばいいのね」と路子さんは思います。

しかし、実際に売却するとなると、まず路子さんが配偶者居住権を、制限つき所有権者である二男に対し放棄する必要があります。
続いて二男が完全権利者として自宅を売却後、その売却代金を路子さんに分配。

そのため、放棄時と分配時に二重の贈与税(放棄時には二男に贈与税、分配時に路子さんに贈与税の課税)がかかる羽目に。
今後の生活費として受け取るべき配偶者居住権の換価金が、かなり目減りすることになってしまいました。

●路子さんはどうすればよかったのか。配偶者居住権に頼らない解決策も

配偶者居住権は、親族関係の希薄な現代社会において、配偶者の住む権利を確保するための革新的な改正です。そんななか、専門家の間では、配偶者居住権の評価の仕方に関心が高いようです。相続税の節税スキームになり得る、というのもその一つです。

しかし、本当の課題は、その処分性の低さにあります。人生100年時代、だれもが終身まで自宅で暮らすかというとわかりません。現在の税制においては、換金の際に余計な税金がかかることが、今回の事例でもわかります。中途の換金に優しくない制度と言えます。

配偶者の終身までの生活設計なくして、配偶者居住権の安易な利用は控えるべきかもしれません。

配偶者の居住権を確保してあげるためには、夫が、
(1)遺言
(2)代償金原資の生命保険
の手当てをしておいてあげることが、相変わらず王道であると思います。

●教えてくれた人
【鈴木敏起(すずきとしおき)さん】


東京都昭島市、燦リーガル司法書士行政書士事務所
代表。相続総合支援業務や家族信託支援業務を得意とし、司法書士会主催の専門職向けの研修や、一般向けセミナーの講師を多数務める