インターネットやテレビから得られる情報で事足りているかもしれないが、だからといって新聞は必要ないと言い切れるでしょうか?(写真:アオサン/PIXTA)

「新聞を読んだほうがいいよ」とすすめると、こんな声が聞こえてきそうです。「ニュースはネットで読むから、新聞なんていらない」「テレビで見ればいいじゃん」――。インターネットの普及で「新聞を購読する必要があるのか」という疑問が拡大しました。それでも新聞は必要だ、と私は思います。

とはいえ、新聞社側にも問題があります。記者たちが間違ったエリート意識を持ち、世の中の常識から乖離したり、専門用語を駆使して読者が理解できない記事を書いたり、間違ったことを報じても間違いを認めなかったり。そんなことを続けていたら、新聞が読者から見放されるのは当然のことでしょう。拙著『考える力と情報力が身につく 新聞の読み方』から一部抜粋し、なぜ新聞が必要なのかを解説します。

多くの記事が無料で公開されている

確かに今どき、どの新聞にもネット版があり、そこでは多くの記事が無料で公開されています。「Yahoo!」などのポータルサイトにも、注目度の高いニュースが随時掲載されています。ニュースをまとめて読める便利なアプリをスマートフォンにインストールしてある人も多いでしょう。

朝のニュース番組やワイドショーでは、新聞各紙の紙面をずらりと並べて、記事を紹介しています。自分で新聞を購読することなく、毎日、新聞の中身をざっくり知ることができます。

しかし、だからといって、「新聞なんていらない」「新聞社なんていらない」ということにはなりません。

ニュースは記者が取材し、記事を執筆して初めて生まれます。新聞社は多くの記者を抱え、直接情報源に取材して記事にします。この第一報がなければ、ネットに記事が転載されることもありません。

新聞の存在意義の1つは、この「取材」にあります。長い時間と手間のかかる取材をする記者がいるからこそ、記事が出来上がるのです。テレビ局では、NHKだけが多くの記者を抱えています。民放テレビにも報道部門がありますが、記者の数は本当に少ないのです。

もし本当に新聞がなくなったら、第一報がなくなり、ネットに新聞社から配信される記事もなくなってしまいます。ネットメディアには転載するニュースがなくなってしまいます。

最近はネット専業のニュースメディアも登場しています。おやっと思うような新鮮な視点の記事も配信されます。その一方で、「テレビのワイドショーでのタレントの発言が炎上した」という類のニュースが激増しています。ネットニュースのメディアは取材コストをかけるだけの経営的な余裕がありません。

少数の記者がテレビ番組を見て“ニュース”に仕立てるという手法が広がりました。こうした“ニュース”がネットで配信されると、「これがニュースだ」と思ってしまう人も増えるでしょう。

新聞離れで先を行っているアメリカの場合

新聞がなくなって困るのは、メディアだけではありません。日本では新聞の購読者数が激減していますが、「新聞離れ」で先を行っているのはアメリカです。

アメリカでは全国紙より地方紙が主流ですが、その地方紙が経営難に陥り、続々廃刊になっています。原因は、広告費がネットに流れてしまったからだと言われています。

地方紙が廃刊になって、その地域では恐ろしいことが起こりました。選挙の投票率が激減したのです。地元の選挙を報道する新聞がなくなったため、立候補者などの情報が有権者に行き渡らなくなってしまったのです。これでは誰に投票していいのかわかりません。

地域のニュースが報じられないため、地元の政治への関心も失われてしまいます。テレビがカバーしないような小さな町の選挙では、そもそも選挙があること自体が伝わらない可能性もあります。新聞が廃刊になった市では、不正や汚職が横行しました。不正を監視し、伝える記者がいなくなり、不正が報道されることもなくなってしまったのです。

日本でも同じことが起こりかねません。新聞記者がいることで、人々は政治についての情報を得ることができ、権力者の不正に歯止めがかかっています。新聞は民主主義を支えるインフラなのです。

1970年代、アメリカ史上最大の政治スキャンダル「ウォーターゲート事件」によって、当時のリチャード・ニクソン大統領が辞任に追い込まれました。この事件を暴いたのはワシントン・ポストで地方版を担当する、2人の若手記者でした。

発端は1972年、ワシントンのウォーターゲートビルにある民主党本部に不法侵入した人物をガードマンが見つけて通報。現行犯で逮捕されたという警察発表でした。逮捕された侵入者の中には元CIA(中央情報局)の工作員がいました。

これを知った2人の記者は「本当にただのコソ泥なのか?」と疑問を抱き、取材を始めたのです。その結果、実はニクソン大統領の再選を目指す共和党系の人間が盗聴器を仕掛けようとしていたことが発覚。裁判の過程で、ホワイトハウスによる不正行為が次々と表沙汰になり、現職大統領が史上初めて辞任に追い込まれるという事件に発展したのです。記者としての感性のアンテナはさすがです。

ウォーターゲート事件に先立ち、もう1つ歴史的な大スクープがありました。泥沼化していたベトナム戦争の真相を記した機密書類「ペンタゴン・ペーパーズ」を、ニューヨーク・タイムズがスクープしたのです。

日本ではリクルート事件が有名

新聞はつねに国家や権力者を監視し、世の中を動かしてきました。日本でも、例えば「リクルート事件」報道が思い出されます。1988年6月18日、朝日新聞は、川崎市役所の助役が、リクルート社から未公開株を受け取っていたことを報道しました。当初、すでに神奈川県警が内偵捜査を行いましたが、時効のため事件にはならなかった出来事です。

一般に、警察が捜査を断念すれば、報道は行われません。産経新聞とNHKも内偵に気づいていましたが、取材を切り上げました。

しかし、朝日新聞横浜支局だけが独自の判断で取材し、地道な報道を続けました。時効であっても、企業のモラルが問われる問題だと捉えたのです。そして、朝日新聞は「リクルート社、川崎市助役へ一億円利益供与疑惑」という特ダネを打ちました。


この記事をきっかけに、他社も後追い。リクルート社が政財官界の多くの人々に未公開株をばらまいていたことが発覚しました。そこで、東京地検特捜部が捜査に乗り出し、日本の政財官を震撼させた「リクルート事件」へと発展したのです。

12人が起訴され、有罪が確定し、当時の竹下登首相が退陣に追い込まれました。政治家たちが口にした「秘書がやった」という言い訳は流行語にもなりましたね。地方記者の執念の取材が、巨悪を暴いたのです。まさにウォーターゲート事件の日本版といえるでしょう。

2006年7月20日、日本経済新聞朝刊に、「A級戦犯靖国合祀 昭和天皇が不快感 参拝中止『それが私の心だ』」という記事を掲載しました。昭和天皇は戦後、靖国神社を参拝していましたが、1975年を最後に、参拝を取りやめました。1978年に靖国神社がA級戦犯を合祀したことを知り、これに反発したからだと、記事は伝えています。

2006年当時、小泉純一郎首相が靖国神社を参拝し、中国や韓国との外交関係が冷え込んでいました。こうした中、日本経済新聞は、1978年当時の宮内庁長官のメモを入手。昭和天皇の発言をスクープしたのです。昭和天皇が不快感を示していたことが明らかになり、靖国神社問題の議論に一石を投じました。埋もれていた歴史の事実を明るみに出すことで、政治や社会が大きく動くこともあるのです。