ホラー漫画の巨匠が語る「想像力が働く限り、恐怖を拭い去ることはできない」
『蔵六の奇病』『赤い花』など、独特のタッチと叙情的なストーリーで怪奇漫画を描き続けてきたホラー漫画家・日野日出志さん。鬼才にとって“ホラー”とは、一体どんな存在なのだろうか!?
【写真】独特のタッチがクセになる日野さんの著書『ようかい でるでるばあ!!』
妖怪の気持ちは?
これまで数々の名作・怪作を世に輩出し、読者にトラウマ級の深いインパクトを残してきた日野さん。なんと約15年ぶりとなる新作は、『ようかい でるでるばあ!!』と銘打たれた絵本! 意外にも、「今まで描いてきた中でいちばん楽しかった」と朗らかに笑う。
「もともと私は、子ども漫画やギャグ漫画を描きたかった。ところが全然、芽が出ない! そこで子どものころから関心のあった怪奇なものを漫画の中で描くようになったの。今回の絵本は、言わば原点回帰ですね」
若かりし日の夢を成就させた(!?)本作は、日野さんならではの独特なタッチも健在。ユーモラスだけど怖い……日本一、怖いトラウマ絵本の誕生だ。
「デビュー当時、“日野日出志ショッキング劇場”というあおり文句で売り出されたときは、それこそ私のほうがショックだったなぁ(笑)。自分では良質な漫画を描いているつもりなのに、ショッキングという言葉のイメージが先行してしまう。
ホント、人間ってのは身勝手な生き物で恐ろしいもんです。でも、私は怖がる人間よりも、怖がられる側の視点に、むしろ興味があったんですよ」
毒虫になっていく動物好きの少年を主人公に据えた名作『毒虫小僧』など、日野さんが描く漫画は、怖がられる側に主点を置いていることが特徴的。
「ホラーというのは怖がられる存在がいるから怖がる人たちがいる。怖がられる側の心理を描くと、自ずと怖がっている人たちの心象も浮かび上がる。
ありがたいもので、子どもたちからの手紙には、モンスターに対する感情移入の感想が多かった。自分が伝えたいことが伝わっているんだとうれしくなりました」
その漫画には、悲哀や哀愁が渦巻いているが、それは怖がられる側のストーリーを丁寧に描いているから。
「怖がられているほうの視点も忘れてはいけない」と語るように、深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。
ホラーがすたれるそのときは…
ちなみに、ホラーの巨匠にも、怖いものはあるのだろうか?
「飛行機だけは勘弁してほしい! あんな鉄の塊に乗るなんて狂気のさたですよ。私は新幹線だって、いやいや乗っているくらい。乗車早々に缶ビールを開けて、すぐ夢の中に逃げ込むようにしています。
幽霊は怖くないかって? 幽霊が人に危害を与えた、なんてニュースは聞いたことがないでしょ? 物理的な恐怖に勝るものはない(笑)」
それにもかかわらず、人がホラーに魅せられてしまうのはなぜなのか?
「人間は、古来から怖いものだらけの中で生きてきたと思います。暗闇が怖いから火を灯したように、ひとつひとつ怖いものを消してきた。ところが想像力が働く限り、恐怖をぬぐい去ることはできない。
例えば江戸時代には、井戸から現れる狂骨という妖怪が描かれている。現在、井戸は一般的ではなくなったから、狂骨の存在も語られなくなりました。でも現代では、例えば夜のエレベーターに恐怖を感じている人は多い」
人間の想像力が働くかぎり、「恐怖は器が変わるだけで、中身は変わらない」。そう先生は断言する。
「ホラーというのは、想像力の賜物なんです。余計なことを考えすぎるから、新しいホラーが生まれる。そして、想像力が働いているもんだから娯楽としても楽しんじゃう。余計が生み出した文化、それがホラーや怪談でしょう。
だから、ホラーがすたれるときは、人間から想像力が失われたときだと思うんです。そんな世界が訪れることになったら、それこそ笑えない。ホラーが親しまれている世界は、豊かなんですよ」
《PROFILE》日野日出志さん ◎ひの・ひでし。漫画家。大阪芸術大学芸術学部キャラクター造形学科教授。1967年のデビュー以来、雑誌『ガロ』『少年画報』などで作品を発表。ホラー漫画界の重鎮として人気を確立