客数20%増!「ケンタッキー」超復活の仕掛け人
ケンタッキーを大改革した女性に迫りました(撮影:梅谷秀司)
7月上旬。平日の昼時に、都内のある「ケンタッキーフライドチキン」の店舗を訪れると、ビジネスパーソンの1人客や、定期試験で早帰りとなった高校生のグループ、カップルなどでごった返していた。
ケンタッキーフライドチキン(以下、KFC)1132店舗を国内に展開する日本KFCホールディングスの業績が、急激に回復している。2019年3月期(2018年4月~2019年3月)の売上高は743億円で、前期比5.1%の増加、営業利益は22億円となり、前期比4倍超の大幅な増益となった(それぞれ前年度に譲渡したピザハット事業の影響を除く)。
客数が前年比20%以上と異例の急増
実際に店舗を訪れる顧客の数も、急増している。2018年7月から2019年6月までの12カ月間のうち、11カ月で既存店の客数が前年同月比で増加。今年6月にいたっては客数が24.4%も増えた。外食企業で、既存店の客数が前年比20%以上増えるのはかなり異例のことだ。いったい何が起きているのか。
急回復の裏に、昨年4月に入社した1人の女性がいた。中嶋祐子マーケティング部長だ。国内の広告代理店を経て、2012年にKFCブランドのフランチャイザーである「ヤム・ブランズ」グループのアジア部門に転職。各国のKFCでのマーケティング戦略のノウハウを収集し、日本を中心にアジア各国のKFCに事例紹介や助言をする役割を担っていた。
2018年3月期に日本KFCホールディングスの業績が急激に悪化したことを受け、同社の近藤正樹社長とヤム・ブランズのアジア部門の社長、中嶋氏の3者で話し合いの場が持たれた。そして、中嶋氏が日本KFCホールディングスに入社し、内部から直接立て直すことを託された。
日本のKFCといえば、収益の大部分をクリスマスに稼ぐことで知られる。店舗売り上げが通常時の6〜7倍に拡大するクリスマスキャンペーンは最大の商戦期。2018年は12月21〜25日の店頭売上高が、過去最高の69億円を記録した。
日本ほどクリスマスに集中する国はない
一方で、クリスマス以外の時期の売り上げを伸ばすことが、長年の課題だった。
顧客調査を行うと、「年に1回利用する」と答えた人が約4割、年に2回が約2割で、合わせて6割にも上った。店は365日空いているにもかかわらず、特定の時期にしか利用してもらえなかった。2018年3月期に関しては、需要期であるお盆とクリスマスを含む第2、第3四半期のみが営業黒字で、残りの2四半期は営業赤字だった。世界中のKFCを見渡しても、日本ほどクリスマスに売り上げが集中する国はない。
ところが中嶋氏は、強いところをさらに伸ばすより「弱いところこそビジネスチャンス」と考え、日常的に利用してもらう戦略へ舵を切る。
中嶋氏が戦略の軸に据えたのが、期間限定商品と割安なセットメニューの「二層戦略」。それまでの商品施策は、季節に応じた期間限定商品に偏っていた。安売りに頼ることをしなかったのは、「商品の価値を下げたくない」との自負からだった。
価格面での訴求を控えてきた結果、顧客には「ケンタッキー=高い」というイメージができあがっていた。調査を行っても、「ケンタッキーはおいしいけど高い」、「特別なときに食べるもの」という声が上がった。中嶋氏は、ここに切り込んでいく。
合計920円の商品をランチタイム限定で500円のセットで販売した
オリジナルチキン1ピースに、カーネリングポテト(S)、ビスケット、ドリンク(S)。
それぞれ単品で注文すると合計920円(税込み、以下同)のところを、昨年7月23日〜9月5日のランチタイム(10〜16時)限定で、500円のセットで販売することに踏み切った。
「食事の市場のうち、平日ランチはものすごく大きい。だが当社は競合と比べて昼間の時間帯や1人客に弱いというデータ出ていた」(中嶋氏)。日本の顧客データを分析し、そこへ海外での成功事例である「5ダラーランチ(5ドルのセット)」を応用した。
効果は抜群だった。それまで前年割れが9カ月続いていた既存店の客数が、明らかに戻ってきた。7月は4.8%増、8月は9.0%増と、勢いを持って戻ってきた。
500円ランチの効果は大きい。もう1品の「ついで買い」や、夜に来店するリピート客もつかんだ。その結果、「500円」という低価格を武器にしつつ、客単価も2%以上向上した。そのほかの月にも、水曜日限定で「9ピース(ニワトリ1羽分)1500円」、「ケンタッキーの全部盛り」など割安感を出したセットを投入し続けた。
夏の定番レッドホットチキン(筆者撮影)
二層戦略は、もちろん低価格のみではない。もう一方の季節商品でも手を緩めなかった。「ヘビーユーザーはワクワクする新商品を求めている」(中嶋氏)。
夏場の定番となったレッドホットチキンに加え、「スパイシーメキシカン」や「辛口ハニーチキン」といった期間限定商品を割安なメニューと併売することで、一度つかんだ客を飽きさせないようにした。
広告戦略を変えざるをえなかった事情
中嶋氏が切り込んだのは商品の見せ方だけではない。テレビCMなど広告の打ち方も一変させた。というより、変えざるをえなかった。
それまでは期間限定商品で来店を促す「一層戦略」だったこともあり、新商品を発売するタイミングで大量の広告を打っていた。しかし二層にしたことで、限られた予算で両方の魅力をアピールする必要が生じた。そこで中嶋氏がとったのは、1つひとつのキャンペーンの販売期間を長く取る戦略だ。
広告にも切り込んだ中嶋氏(筆者撮影)
発売のタイミングで大量に投下するやり方から、販売期間中コンスタントに一定の量の広告を打つ形に改めた。「以前は『噂で聞いたあのチキンを食べたい』と思った頃に来店されて、もう終売していたことがあった」(中嶋氏)。
消費者にとって外食の選択肢が増える中、販売期間を長めに設定することで、売り上げの機会ロスを減らした。
別のファストフードチェーンの幹部は「ケンタッキーのCMを見る機会が本当に増えた」と警戒する。広告にかける予算を増やしていないのに、だ。
従来はテレビCM一辺倒だったが、現在はTwitterや、TikTok、YouTubeといったデジタルメディアにも広告を出す。当然、マスメディアよりも少ない費用で広告を打てるうえ、弱かった若年層へのアプローチもできる。あらゆるメディアに登場することで、どこかでケンタッキーを思い出してもらうことにつながった。
また従来型のテレビCMに関しても、「高畑充希さんを起用したのが非常にハマっている」と競合の外食チェーンからうらやむ声は多い。「今日、ケンタッキーにしない?」の奇をてらわないキャッチフレーズとともに、消費者に好印象を与えたようだ。
業績の回復に沸く日本KFCホールディングスだが、客数が大きく増えると、現場のオペレーション負担の増加につながり、疲弊することはないのか。
KFCの店舗で店長などを10年務め、現在はエリアマネジャーとして各店舗の指導にあたる石川雄太氏は、「むしろ店舗のオペレーションとしてはお客さんが来てくれるメリットの方が大きい」と歓迎する。
KFCのフライドチキンは、調理に時間を要する。従業員が生のチキンに衣をつけ、独自のフライヤーで15分ほど揚げる工程だ。そのため注文を受けてからの調理では間に合わず、ある程度需要を予測して調理する必要がある。キャンペーンやその日の天候などの要因を考慮して予測するが、時には廃棄ロスが発生することも避けられない。
次から次へと顧客が来店すれば、より需要予測が安定し、ロスを削減できる。客の回転が上がり、つねにできたての商品を提供することにもつながった。客数回復に伴って人員の配置を増やしていることから、負担の増加よりも、高品質の商品を出せることによる士気向上の効果のほうが大きかったようだ。
これからの姿に期待!
「大V字回復を果たすことができた」――。5月8日に開かれた2019年3月期の決算説明会の場で、日本KFCホールディングスの金原俊一郎専務は満足げにそう語った。客数、収益力とも回復してきたが、「完全復活」と呼ぶにはまだ途上との見方もある。
年間1000社超の上場企業をリサーチしている分析広報研究所の小島一郎チーフアナリストは、「かつて同社の営業利益率、ROA(総資産利益率)はともにもっと高かった。(1984年から2002年まで務めた)大河原毅社長の輝いていた時代と比べると、営業利益率3%で喜んでいるのは残念だ」と手厳しい。
もっとも、中嶋氏も現状の水準に甘んじる気はない。「回復はまだまだ道半ば。競合のチェーンやコンビニと比較しても、1店当たりの客数では及ばない。道半ばというより、(追い上げは)まだ始まったばかりだ」と話す。
中嶋祐子(なかじま ゆうこ)/日本ケンタッキー・フライド・チキンのマーケティング部長。KFC Restaurants Asia Pte. Ltd.では、日本を中心としたアジア各国のマーケティング戦略のマネジメントを担当した。2018年4月から現職(撮影:大澤誠)
今年4月には、インターネット注文の画面を改良した。入力工程を減らし、より簡単にネット注文ができるようにした。ネット注文の割合が増えれば、店側としては需要予測がより正確になり、廃棄のリスクを抑えられる。客としても、自身のスマホで注文から決済まででき、店舗では受け取るだけ。来店時刻に揚げたての商品を受け取れる。
昨年3月に導入した公式アプリは、1200万ダウンロードを超えた。外食チェーンのアプリでは、単にクーポンを配信し、店舗やメニューを検索できるだけの仕様のものが多い。
一方、KFCアプリは「チキンマイレージ」が貯まっていき、ランクが上がるほどより多くの特典が受けられる仕組みで、顧客のロイヤルティーを高める。導入2年目となる今年はデータを分析して、さらなる販売促進に生かしていく構えだ。
苦戦した近年から反転攻勢に出たKFC。真のV字回復を果たすことはできるか。2年目を迎えた今期、前年の実績を超えられるかどうかで真価が問われる。