リニアでJR東海と対立、静岡県の「本当の狙い」
山梨県の実験線を走るリニア中央新幹線の「L0系」(撮影:尾形文繁)
「JR東海(東海旅客鉄道)に媚びを売る必要はない」「(工事の遅れを)静岡県のせいにするのは失礼千万だ」──。6月11日に行われた静岡県の定例会見で、川勝平太知事はJR東海への激しい批判を繰り返した。
リニア中央新幹線のトンネル工事建設をめぐって、静岡県とJR東海の対立が深まっている。JR東海は品川─名古屋間の2027年開業を目指し、東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知というルート上の各都県で建設を進めている。しかし、静岡県だけが本格着工できていない。
2027年開業に暗雲
東京と名古屋を約40分で結ぶリニアのルートは山岳部が中心で、中央・南アルプスにトンネルを掘って走行する。静岡は北端を11キロメートル通過するだけだが、地中奥深くまで掘り進むため、工事の難易度は高い。
南アルプストンネルの両端に当たる山梨は2015年、長野は2016年に工事が始まり、いずれも工期は10年。静岡工区も2017年にJR東海とゼネコンの間で契約が結ばれ、すぐに工事に着手し2026年11月に完了する予定だった。
しかし、「トンネル工事で大井川の水資源が大量に失われ、流域自治体や利水者の理解が得られない」と静岡県が待ったをかけた。JR東海は工事で発生する湧き水の全量を大井川に戻すことなどを約束したが、県は「環境影響などの懸念が払拭されていない」ことを理由に依然として工事着工に合意していない。
県が工事の認可権限を有するわけではないが、国はJR東海のリニア建設に際して、自治体と連携して適切な環境保全措置を講じるよう求めており、静岡県の合意なしにはトンネル工事が始められない。このままでは「リニアの開業時期に影響を及ぼしかねない」と、JR東海の金子慎社長は表情を曇らせる。
一方の川勝知事は、「JR東海のタイムスパンに県が影響されることはない」と、どこ吹く風だ。「昔から“急がば回れ”ということわざがある。どうしても2027年に開業したいなら、静岡をルートから外せばいい」とまで言い切った。
こうした事態を、ほかのリニア沿線自治体は複雑な心境で見守っている。愛知県の大村秀章知事は、「リニアはいわば国策事業。JR東海と静岡県だけの協議ではなく、国が前面に出て調整し、事業を前に進めていく責任がある」と国の介入を強く要望。名古屋駅前では2027年開業に向けて大規模な再開発が始まっており、開業の遅れは名古屋経済にも支障を与えかねない。
もっとも、大井川の水資源問題は、あくまで表面的な争点にすぎない。6月11日の会見で川勝知事は、「リニア工事は静岡県にまったくメリットがない」として、「工事を受け入れるための“代償”が必要」と言い出したからだ。
新幹線に「空港駅」を
リニアはJR東海が沿線自治体からの強い要望をのみ、同社が建設費を全額負担して東京・愛知以外の4県にも駅を建設する。一方、静岡県内の走行ルートは全区間が人里離れた山奥なので、当初から駅設置のニーズがまったくなかった。
川勝知事は、「静岡には駅を造らないのだから、各県の駅建設費の平均くらいの費用が(代償の)目安になる」と発言。ちなみに、リニア途中駅の1駅当たりの建設費は約800億円と推計されている。さすがにこの露骨な要求は物議を醸し、愛知県の大村知事は「公職者なのだから責任を持って発言すべき」と苦言を呈した。
では、静岡県がJR東海に求める800億円相当の代償とは、いったい何を意味するのか。地元や鉄道関係者の間で公然とささやかれているのが、東海道新幹線に富士山静岡空港駅を新設することだ。
富士山静岡空港は静岡県が約1600億円を投じ、2009年に開港。開港時には年間138万人の利用者を見込んでいたが、2018年度の利用者数は71万人にすぎない。離発着のほとんどは地元航空会社フジドリームエアラインズの運航便だ。期待したほど便数が増えず、空港の収支は開港以来赤字続きで、県は打開策として4月から空港運営を民間に委ねた。
同空港のネックの1つがアクセス問題だ。静岡市や浜松市から車で40〜50分、JR在来線・島田駅からバスで25分かかり、交通の便の悪さが敬遠される大きな理由になっている。このため静岡県は、JR東海に新駅建設を強く要望してきた経緯がある。
同空港はJR静岡駅と掛川駅の中間にあり、実は空港の真下を東海道新幹線が走っている。地上の空港につながる新幹線の駅ができれば、東京や名古屋、関西と直接結ばれ、空港の交通アクセスが大幅に改善する。LCCの就航が増え、インバウンド需要の取り込みも期待できる。
こうした新駅構想について当のJR東海は否定的で、「空港は(こだまやひかりが停車する)掛川駅と近いため、新駅を造っても十分な加速ができず新幹線の性能を生かせない」と一蹴する。
しかし県側は、2019年度予算案に新駅関連の調査費を計上するなど、実現を諦めていない。リニアの建設工事に合意する見返りとして、JR東海に空港の新駅建設をのませようとしていると考えれば、川勝知事の発言にも合点がいく。
リニア自体は「賛成」の知事
JR東海への要望はほかにもある。静岡には6つも新幹線駅があるにもかかわらず、最速列車「のぞみ」は素通りする。「ひかり」「こだま」は止まるが、のぞみより格段に本数が少ない。沿線の静岡市や浜松市は停車本数の増加を強く訴えており、県としてはこうした声も無視できない。
川勝知事はリニアの計画自体に反対しているわけでなく、むしろ推進派だ。過去には「リニアの整備自体には賛成している」と何度も発言している。過激さを増した最近の発言は、JR東海から譲歩を引き出すための知事なりの交渉術なのだろう。
今の膠着状態がさらに続くと、JR東海が進めるリニアプロジェクトの2027年開業は難しくなる。一方、急所を握る静岡県も、露骨にごねまくれば日本中からひんしゅくを買う。最終的にはお互いが歩み寄り、決着を図るしかないだろう。しかし、その糸口はまだ見えていない。
本記事は週刊東洋経済7月6日号に掲載した記事「リニア2027年開業に暗雲 工事認めない静岡県の狙い」を再構成して掲載しています。