2010年に発売された3代目「ヴィッツ」。発売から8年超が経っても、根強い人気を誇る(撮影:梅谷秀司)

2018年の年間新車販売台数が発表された。結果は、軽自動車のホンダ「N-BOX」が2位のスズキ「スペーシア」を1.6倍も上回る24万台で1位となった。N-BOXの1位は2年連続。登録車では、日産自動車の「ノート」が首位となり、総合でも5位につけている。

登録車については、トヨタ自動車の「アクア」と「プリウス」がノートに続いており、ハイブリッド車(HV)の人気の高さをうかがわせた。というのも、ノートも販売台数の7割がHVのe-POWERであるからだ。

そうしたなか、登録車に限定した日本自動車販売協会連合会の乗用車ブランド通称名別順位で、トヨタの「ヴィッツ」が9位につけ、健闘している様子がある。そう思わせるのは、現行のヴィッツが2010年のフルモデルチェンジで3代目となり、8年以上経過した車種であるからだ。2014年と2017年にマイナーチェンジを受け、長寿を維持している。2017年の2度目のマイナーチェンジではHVが追加されているが、ヴィッツの場合は販売の7割以上をガソリン車が占めている。

必ずしもハイブリッド効果を期待されるわけではないヴィッツが、なぜ、長寿命かつ年間販売台数で10位以内という人気を堅持しているのだろうか。

欧州の小型車と競合できる魅力的な見栄え

初代ヴィッツは、1999年に、それまでの「スターレット」に替わる世界戦略車として誕生した。海外では、「ヤリス」の車名で販売されている。

当時の競合他車として、日産「マーチ」、ホンダ「ロゴ」、マツダ「デミオ」などがあった。しかしそれらは、経済的な小型車という価値を中心としており、それはヴィッツの前のスターレットも同様の価値観であった。


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それらに対しヴィッツは、やや前傾した速度感のある造形の外観で、欧州の小型車と競合できる魅力的な見栄えを備えていた。室内は見かけ以上に空間がうまく確保され、快適性が保たれている。衝突安全性能も高く、上級車種からの乗り換えも生じさせるなど、世界的な人気車となった。実際、日本カー・オブ・ザ・イヤーのみならず、欧州のカー・オブ・ザ・イヤーも受賞。2000年に車種追加されたRSは、操縦安定性の高さや俊敏な運転感覚で評価を得た。

ヴィッツの刺激を受け、ホンダは、欧州市場を丹念に視察したうえで独創的価値を求めたフィットを2001年に発売した。ロゴの後継車として登場したフィットは、ヴィッツと違い使い勝手を徹底的に見直し、外観も速度感より実用性の高さを見せる造形とした。

日産マーチも、2002年の3代目で外観の造形を大きく変え、車体色を10色以上そろえて見栄えを大きく進歩させた。ヴィッツの誕生は、小型車といえども廉価で実用に足るだけでない付加価値が求められることを意識させ、ホンダや日産を本気にさせるほどの衝撃だったのである。

ヴィッツの2〜3代目も、そうした欧州受けする造形や走行性能を中心にモデルチェンジがなされ、壮快な運転感覚の小型車という価値は変わっていない。そのうえで、欧州市場においては、初代からディーゼルターボエンジンを用意し、あるいは中近東向けには大型ラジエターを装備するなど、トヨタらしいきめの細かい市場対応も行っている。

2011年に日本向けにHVのアクアが新発売されると、翌2012年には欧州のヤリスにHVを車種追加している。当時のアクアの開発責任者は、「欧州では、それほどヴィッツへの認識が高く、ヴィッツにもハイブリッドシステムを適用できるよう開発した」と語っている。それら商品性を高める努力の成果として、2017年時点におけるヴィッツの世界販売台数は、米国で好評のカムリや、HVの象徴であるプリウスをしのぐ累計52万台を達成している。

動力源が選べ、降雪地域で重宝も

トヨタは、2017年に世界ラリー選手権(WRC)へ18年ぶりに復帰した。その車種に選んだのがヤリス(ヴィッツ)である。かつてのトヨタのラリー車は、セリカやカローラであり、ヤリスへの大きい期待をうかがわせた。2019年シーズンの競合は、フォード、シトロエン、ヒュンダイである。開催地は、欧州各国はもちろん、北欧、中南米、中近東、豪州におよぶ。グローバルカーとしてヤリスがいかに重要な車種であるか、競技の世界からも垣間見ることができる。


ヤリスWRCの2019年仕様(写真:トヨタグローバルニュースルーム)

WRCの中心的な開催地域である欧州受けする走りのよい小型車という価値に加え、国内販売においては、ほぼ同一の車格となるアクアと比べ、いくつかの特徴的な状況がヴィッツには見えてくる。

HV専用車のアクアは、動力源がハイブリッドシステムのみだ。それに対しヴィッツは、排気量1.0L、1.3L、1.5L(GRスポーツのみ)のガソリンエンジンと、アクアと同じ1.5Lエンジンにモーターを組み合わせたハイブリッドの計4種類から選べる。また、ガソリンエンジン車には4輪駆動の設定もある。ことに降雪地域では、重宝する人が多いだろう。

原動機の種類が多いことにより、販売価格もアクアが約178万円からとなるのに対し、ヴィッツは約118万円からという設定だ。生活を支える小型車として、60万円の差は大きい。

また、原動機に1.0Lのガソリンエンジンがあることから、エンジンルーム内に余裕ができるためだろう、ヴィッツの最小回転半径は4.5メートルからであるのに対し、HVのみのアクアは4.8メートルからとなる。車体全長が4メートルを超え、前後タイヤ間の距離ホイールベースがより長いアクアに比べ、ヴィッツはわずかながら車体全長が4メートルを切り、ホイールベースも短いことによって、小回りのきく小型車として市街地での取りまわしのよさで上回る。

顧客層を調べると、アクアの法人所有者が27%であるのに対し、ヴィッツは34%という点も特徴的だ(2018年9〜11月の販売調べ)。上記の価格帯や、小回りのよさなどといった日常的な使い勝手で上回るヴィッツが、法人の生産財として移動の便に役立っている姿が見えてくる。

アクアが、トヨタ系列の全店舗で販売されているのに対し、ヴィッツはネッツ店でのみの販売だ。にもかかわらず、永年にわたり堅調な販売実績を維持し続けているのは、日常的な使用に適したきめ細かい仕様の設定と、経費の償却資産として法人などで定期的に代替えが行われる傾向の強い優良顧客の満足度の高さが実を結んでいるのではないか。

トヨタには、約117万円からという価格の「パッソ」(ダイハツ製のOEM車)もあるが、最小半径が4.6メートルからと、ヴィッツより小型なのに小回りではヴィッツが上回る。また運転した際には、やはりグローバルカーとしての“格上の感触”もヴィッツにはあるはずだ。

消費者の目線は5ナンバーに

ヴィッツの商品性や、販売実績から見えてくるのは、やはり国内では5ナンバー車への期待が大きいということだ。2018年の販売上位10台は大半が軽自動車や5ナンバー車で、3ナンバー車はプリウスのみ。自販連の登録車のみの集計でも上位10台のうち、3ナンバー車はプリウスとセレナだけで、それ以外は5ナンバー車が占める(ただし、セレナはハイウェイスターやe-POWERが3ナンバー車となる)。

新車が発売されるたびに車体寸法が大型化し、3ナンバー車が当たり前の市場となっている。だが、多くの消費者が5ナンバー車のなかからよりすぐっているのがわかる。理由は、5ナンバー車が日本国内でもっとも扱いやすい大きさだからだ。

軽自動車人気も、単に価格や税金などが安いからだけとはいえない。1960年代の初代トヨタ・カローラや日産サニーといった小型車の車体寸法は、現行の軽自動車規格とほぼ同じである。日本の自家用車の普及は、それら初代カローラやサニーが担い、そして道路など交通の社会基盤が整えられていった。今日、たとえばコインパーキングに止められているクルマを見ると、3ナンバー車が枠いっぱいに駐車し、どうやって乗り降りしているのだろうかという状況を目にする。駐車場の枠も、5ナンバー車を基本とするからだ。

自動車メーカーは、衝突安全性能の向上や、造形的な見栄えのよさで3ナンバー化は商品性の向上につながると言うが、消費者の目線は別にある。それが、販売実績に現れている。

また、小型車だからといって、可愛らしく見える造形を消費者が求めていない様子もわかる。ノートを筆頭に、アクアもプリウスも、あるいはヴィッツも、可愛らしい造形ではない。かつて、3代目マーチは、ライトの配置などで可愛らしく見せたが、国内はともかく海外では子供じみていると不人気で、現行マーチの造形になったという話も耳にする。

国内はもとより、海外における消費者の期待に真っ直ぐ応えているのがヴィッツといえるだろう。そしてWRCでのヤリスの健闘振りを楽しみに観戦できるのも、メーカーの努力とヴィッツを愛用し続ける顧客の賜物といえそうだ。