未来の変化へどう向き合えばいいのでしょうか(撮影:菊岡俊子)

テクノロジーの発達により、この先、盛り上がるビジネスはどんどん移り変わる。具体的に、未来で何が起こるのか――?

2019年から2038年の未来を予測した『未来の稼ぎ方』を上梓した坂口孝則さんと漫画家・コラムニストの辛酸なめ子さんが語り合う、変化への向き合い方。後編をお届けする。前編:「ロボット店員」が人間に心地よい意外な理由

若者マーケティングのカギはSNS

辛酸:最近は、「SNS映え」がよくいわれていますが、坂口さんも「2026年には若者マーケティングのカギはSNSになる」と『未来の稼ぎ方』で記されていますね。

坂口:今年3月にオープンした商業施設「東京ミッドタウン日比谷」は「いつ、どこで写真を撮られてもいい」というのがコンセプトだといいます。館内すべてが写真を撮られることを前提にデザインされている。特に書籍売り場を見ると如実です。

辛酸:確かにおしゃれな本がたくさん置いてありますよね。

坂口:取材で、お店の人に「こういう海外の本は誰が買うのですか?」と聞いたら「買うか買わないかというよりも、インテリアとしての役割もある」という答えが返ってきました。

1984年のベストセラーに、イラストレーターでエッセイストの渡辺和博さんによる『金魂巻(きんこんかん)』(主婦の友社)という本があります。この本に、批評家・浅田彰さんなどのポストモダンの本は、女性にモテるためのインテリアとして機能していると書いてありました。それと同じように、いい意味で、ミッドタウンの本はあくまでもインスタ映えするためのものですよね。観光地でも SNS映えを意識したマーケティングが行われています。

辛酸:カラフルなホールドを使ったボルダリングもその一例ですよね。最近では、カフェで女性同士が特に会話もせず、延々と自撮りをしている光景を目にしますよね。外で待っている人がいるのにもおかまいなしに自撮りを続けている様子を見ると、「日本人はヤバいんじゃないか」と心配になりました。

美的センスが高まるのはいいことだと思います。ただ、少し前に「現代人のIQが下がってきている」という記事を読み、それはひょっとしたらインスタやスマホの影響なのでは、とも思ったのです。

坂口:読書離れも気になりますね。今、電車では本を読んでいる人はほとんど見かけません。一説には、子どもの学力は親がどれだけ本を持っているかで決まる、といわれています。また『イノベーションのジレンマ』でも知られているクレイトン・クリステンセン氏の『イノベーション・オブ・ライフ』によると、「子どもの学力に影響を及ぼすのは両親の会話レベル」なのだとか。両親の読書量や会話の内容で教育レベルが変わってくることも否定できない。

辛酸:もちろん子どもの教育は一筋縄ではいかないものなので、お嬢様として育った人が大人になってからホストに入れ込み、身持ちを崩す、なんて話も聞きます。ちなみに私自身がインスタグラムから距離を置いたきっかけは、今年の初めに空海の展示を見たことがきっかけです。

坂口:「空海とインスタ」とは、これまた絶妙な組み合わせですね!

辛酸:空海は命をかけて船に乗って世界を旅して、そこで中国の仏教の教えを書き写して、衆生を救うために教えを説いていたわけですが、現代の人たちは自分の承認欲求のために旅行して、写真を撮ってインスタにアップする……空海とはまるでレベルが違います。現代人は承認欲求の虜になって、エゴが肥大化しているのかもしれませんね。

坂口:今の人たちは命がけで旅をした空海からも学ぶことが多そうですね。

2036年にはシニア市場が活況に

辛酸:2025年には団塊世代が75歳になり、シニアマーケティングが広がるとも書かれています。

坂口:2036年には老年人口が全体の1/3に及び、終活や葬儀関連ビジネスもより盛んになります。

辛酸:となるとシニア向けの恋愛市場も盛り上がりそうだなと思いました。

坂口:十数年後には日本には20歳以下の人がほとんどいなくなって、高齢者ばかりになってくる。人生100年時代の生き方を提示した『ライフ・シフト』(和訳:東洋経済新報社)という本も話題になりました。これからは3倍の数のパートナーが必要になるかもしれない、という話が真実味を帯びています。

これまではパートナーは結婚相手の1人だけでよかったけれど、今後は結婚するパートナー、シニアになってからのパートナー、終活をする際のパートナーと少なくとも3人と付き合うことになるかもしれない。


「これからは3人のパートナーが必要になるかもしれない」と言う坂口氏(撮影:菊岡俊子)

辛酸:生涯、同じ人と連れ添う時代ではなくなってきたということですね。

坂口:たとえ若いころモテなくても、人生の最後に終活パートナーとしてモテたら問題ないらしい。

辛酸:夫婦どちらかが死に別れて1人で施設に入って、そこで楽しく生きるとか、80歳になってから若い人からモテるようになる、なんてことも起こるかもしれない。そうやって死に向かっていくのも悪くないですね。

坂口:今は事実婚も増えていますし、配偶者と死別した後に「姻族関係終了届」を提出して、関係を終了する「死後離婚」など結婚の形態も多様化していくでしょうね。

辛酸:また、お墓や葬儀など「送られ方」に関する葬儀ビジネスのくだりも印象的でした。お棺に好きな写真をプリントしたり、遺灰を収めたカプセルをロケットや人工衛星に搭載して宇宙へ打ち上げる宇宙葬にしたりと、終活もクリーンでポジティブなイメージを帯びてきています。

坂口:40代が考える終活と、高齢者になって死を間際に感じるときに考える終活は違うのかもしれませんが、終活はますます身近なものになっていますね。

辛酸:連絡先やパスワード、暗証番号の管理、預貯金口座や金融資産のリストなど死後問題に備えることは、今から始めたいですね。

伝統工芸と縄文時代にヒントがある

辛酸:最近は転職をしたり、パラレルキャリアについての議論も盛んになったりして、1人の人がずっと1つの仕事を続ける時代ではなくなっています。だからこそ、これからの時代を生きていくには、ずっと続いていく伝統工芸みたいな仕事に携わっていたほうがいいのかな、とも考えるようになりました。

坂口:それを聞いて、かつて上岡龍太郎さんが「自分は伝統芸能を受け継いでなかったからより所がない」といって漫才を引退されたことを思い出しました。あれだけすごい話芸の人が、なおも伝統芸を重んじていることが印象深かった。サラリーマンの歴史ってたかが200年ぐらいのもの、かたや伝統芸は数百年から数千年の歴史があります。

辛酸:最近、縄文展に行って土器を見てきたのですが、やはりそこでも地球のエネルギーを宿した器や芸術品が今の世にとって必要なのでは、と感じましたね。


「縄文時代や伝統工芸にも私たちが生きるヒントがありそうだ」と話す辛酸氏(撮影:菊岡俊子)

坂口:縄文時代の後の弥生時代になると、大陸の文化や農業が入ってきたことで管理システムが構築され、貧富の差が生まれたといわれています。

しかしそれ以前の縄文時代の狩猟をしていたときには、獲物を捕れる日も捕れない日もある。

そんな条件の下では、全員平等に扱われて、戦が存在しなかったらしい。岡本太郎の文献にも、縄文文化を再発見する、という言葉もありますね。

辛酸:縄文時代やこれまで受け継がれてきた伝統工芸にも私たちが生きるヒントありそうです。

坂口:またAIをはじめとするテクノロジーの発達によってこれからの世の中、すべてのモノが合理的になるかと思ったら、実はそうでもない。今後はむしろスピリチュアルな世界の人気が高まっていくとも思うのです。

辛酸:AIにも魂が宿るとかAI同士が話すとか、オカルトや怪現象の話もありますね。

坂口:AIが発達しすぎると「なぜその答えになったのか」という導いた経緯と結論が理解できない「ブラックボックス化」が起こる。AIがディープラーニングで行っていることを突きつめて考えると、実は人間の細胞回路でやっている動きと同じだといいます。ディープラーニングでは、通常の理解ではわからないことを多層的に処理しているのです。

未来は希望しかない

辛酸:AIのブラックボックス化もスピリチュアルも、人間の論理的な思考からかけ離れたものがありますね。

坂口:とはいえ、AIが出した結論と、人間が直感的に出した結論が一緒になるかもしれませんけどね。「これまでのデータから、こういう宣伝広告を出したほうがいい」というAIの結論が、ビジネスパーソンの直観と近いかもしれない。だから、AIはうまく活用すればいいし、過去に前例のないものを生み出そうと思ったら、やはり人間のひらめきは必要でしょう。


辛酸:そうなると決してAIは私たちの仕事を奪う脅威ではなくなるかもしれませんね。最後にはたして私たちは、未来に希望は持てるのでしょうか?

坂口:希望しかないと思います。むしろこんなに便利になり続けている世の中で、どうして昔に戻りたいと思う人がいるのか僕には理解できませんね。スマホ1台あれば、インドにいる友だちにも1秒でメッセージを届けることができる。こんなすごい世界ないですよ。そんな中で人間にしかできない意外な組み合わせや自由な発想ができたら、最高だと信じています。

(構成:アケミン)