読書が好き。どんな本が好きかは人それぞれでも、「本に囲まれた空間で1日を過ごしたい」と考える人は多いのではないか。その願いをかなえる企画が埼玉県の杉戸町で行われた。


杉戸町立図書館の館内

「温泉&宿泊図書館」と銘打った企画は、図書館で好きなように過ごして1泊。近隣の温浴施設とタッグを組み、温泉も楽しめるイベントだ。アイデアそのものはシンプルであるが、実は実施している図書館が少ないため、貴重な催し。そこでJタウンネット編集部は2018年10月27日、杉戸町立図書館を訪れ、イベントの様子を取材した。

実際に行ってみた

今回イベントが行われたのは埼玉県の東部に位置する杉戸町。27日19時からスタートし翌28日の開館直前の8時まで、参加者は館内の本を好きなだけ読み、好きな時に寝られる。とても贅沢なイベントだ。

時間外に図書館を開放し、イベントを行う図書館は少なからずある。ミステリーツアーや探検隊と称し、夜の図書館の独特な雰囲気を味わう企画や夏にセミの羽化観察会を行いほんの世界を実際に体験するイベントも行われている。

実は、シンプルなアイデアにも思える「図書館に寝泊まりをする」内容のイベントはあまり多くない。さらに実施していても、子どもが対象で大人が参加できないものが多い。杉戸町のように大人向けとなるとインターネット上でも早々見つからない。筆者でも山形・川西町立図書館しか見つけることができなかった。

そんな貴重なイベントならば実際に行くしかない。筆者はイベント開始直後の27日19時ごろに図書館を訪れた。


杉戸町立図書館の入り口

国道4号線から少しそれており、田んぼに囲まれ、自然豊かな立地にある。国道4号線から一歩ずれると街灯がないため、ライトがなければ闇しかない道をひたすら走り続ける。車のエンジンを止めると図書館の明かりだけ。まるで図書館を舞台にしたファンタジー映画のようだ。


入り口で杉戸町のマスコットキャラクター、すぎぴょんの顔ハメ看板が出迎えてくれる。

2006年にできた建物は新しく、優しい明るさの照明で集中して読書に没頭できる。開放的なエントランスを進み、右手に書架がある。


誰もいない書架

通常の開館時間ではありえないであろう、誰もいない本の壁が続く通路。思わず息を飲んでしまう迫力がある。

一見すると閉塞的な場所である。しかし、本の壁を読んでみれば言葉の世界が広がり、壁が見知らぬ世界への窓となり開放的な空間へと生まれ変わる。参加者はこれからこの変貌を味わい一夜を過ごす。

参加者は一度、書架の中央にある閲覧スペースに集められ、オリエンテーションを受けた。


オリエンテーションに使われたホワイトボード

館長と職員の挨拶を聞く参加者たち。熱心に聞く一方で貴重な体験を間近に控え、目を輝かせている。

説明に使われたホワイトボードにもあるが、イベント中「図書館に関する遠慮慮」は忘れるのが重要。これから1夜を過ごすのに遠慮をしては折角の機会が勿体ないとの「配慮」なのだろう。

フリータイムに入ると各自、本よりも先に寝床の確保に走った。広い図書館のどこに今夜のベッドルームを作るのか。参加者の方に許可をいただいたものを写真で紹介しよう。


角にあるカウンターの内側にスペースを確保した方。マットの貸し出しも行われた

まず一人目は書架の中にあるカウンターを利用した方。この内側に場所を確保した男性は寝床もこの場所にする予定だとか。

ここを拠点に好きな本を探して読みふける――。一晩だけの「読書秘密基地」になった。


DVDコーナー

次に紹介する方は実際に展開している場所は撮影できなかったが、書架の入り口付近にあるDVDコーナーを利用した方。映画などの映像を見るための場所のため、長時間居座るにはもってこいの場所だ。


通路に確保された寝床。布団や枕は参加者の持ち込みだ

最後に紹介するのは、このイベントの醍醐味といえる「本に囲まれて過ごす」を骨の髄まで味わおうと通路に布団を敷いた男性。サイドテーブルにして、しっかりと快適性も確保している。本の渓谷にキャンプをやりに訪れたかのよう。

写真で紹介した方以外にも児童書コーナー、オリエンテーションを行った中央の閲覧スペースなど様々な場所に今晩の宿を作っていた。

自分だけに使える時間

参加者が本の世界に入り込む前にコメントをいただくこともできた。

杉戸町のお隣、白岡市から参加した女性は

「綺麗、広い。場所とか迷うくらい広くて落ち着く」

と満面の笑顔を浮かべ、興奮気味に話してくれた。

春日部市から参加した男性は書棚を見渡し、こうコメントした。

「ここに来るのは2回目。天井が低くて木の温もりを感じる。親しみやすい」

さいたま市から参加した女性は、

「普段は図書館に来ても子どもがいて、自分の本が選べない。今日は思う存分楽しめる」

と話した。

今回の企画が開催されるにあたって、数多くの地元の業者がスポンサーとして参加。焼き菓子やお茶にコーヒー、記者が帰った後にはお酒も振舞われた。


スポンサーから提供される品のメニュー


配られた焼き菓子


お茶のコーナー


段は貸し出しが行われるカウンターもこの日はコーヒーが置かれた。

お茶や焼き菓子で一息ついたら再び本の世界に戻る人々。その表情は落ち着きながらも時折、やわらかな笑みが見られる。

この後、近くの温浴施設に向かい、温泉にゆっくりとつかる時間もある。身も心もゆっくりとほぐして、究極の癒しを手に入れるのだろう。

開始から2時間程度。15人の参加者がいるにも関わらず、紙をめくる以外の音がなくなったところで筆者は図書館を後にした。

館長にインタビュー

イベントの最中、杉戸町立図書館の小暮雅顕館長にインタビューを行った。

全国的にも珍しい公共図書館に泊まるイベントはどう思いついたのか。これについて、

「『丸善ジュンク堂に住んでみる』に影響を受けた」

と回答。お茶や焼き菓子の提供といったスポンサーを付けることも「丸善ジュンク堂に住んでみる」の企画からインスパイアされたという。

しかし、民間ではまだしも自治体でき導入に苦労したのではないか。

「町は新しいことをやっていこうというスタンス。スムーズに事は進んだ」

実は杉戸町では町長ら子どもに対して読み聞かせを行うほか、2009年に「鷺と雪」で第141回直木賞を受賞した推理作家の北村薫さんも杉戸町の出身で現在も居住していることからも図書で街をPRする気持ちが強い。図書館で新しいことを始めるにはうってつけの土壌だ。


館内には北村さんのコーナーも

地元の業者もスポンサーになることには協力的だった。しかし、温浴施設「杉戸天然温泉 雅楽の湯」のスポンサー参加は少し難航があったが、

「温泉と読書の相性は抜群。どうしても外せなかった」

との思いから、交渉の末に参加者の利用料金を500円とすることで実現に至った。

昨年の第1回は定員割れを起こしたこの企画。今年は反省を踏まえて急遽10月18日にツイッターのアカウントも開設して、PRを行った。すると、20日の締め切りまでに定員15人に対して29人の応募が寄せられ、抽選を行うまでになった。

今年はたった2日だけで一気に人数を増やし、

「インターネットのPRが良かった」

と振り返っている。

来年の開催は未定だが、仮に開催されればたちまち話題になりそうだ。