秋吉 健のArcaic Singularity:携帯電話料金は高すぎる?菅官房長官の「4割下げる余地がある」発言とその反響から大手MNO各社における料金プランの現状と課題について考える【コラム】
携帯電話料金は本当に高いのかについて考えてみた! |
21日、菅官房長官が札幌市内での講演の際にNTTドコモやau、ソフトバンクといった大手移動体通信事業者(MNO)3社の携帯電話料金について言及する段があり、「4割程度下げる余地はある」と発言したことが大きな波紋を呼んでいます。新聞やTVなどでも大きく報じられ、一般的にも関心はとても高いようです。
これらの報道に対する人々の反応はどうでしょうか。ニュースサイトのコメント欄やSNSなどの反応を見てみると、「ケータイ料金は高すぎる」、「通信会社は利益を出しすぎだ」といった声が多いように感じます。筆者としても現在のMNO各社が用意する携帯電話料金の水準が若干高いと感じているのは事実であり、過去にも料金体系や回線および端末の販売方法の見直しについて何度も提言していますが、しかし今回の官房長官の発言は“適切”だったのでしょうか。
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■携帯電話料金は高いのか
はじめに個人的結論から書きましょう。日本の携帯電話料金は前述したように若干高いと感じているものの、官房長官が言うような4割下げる余地があるとは感じません。しかし消費者が高いと感じているのは事実であり、その実際の料金と消費者感覚の“ズレ”の理由の一因が企業側にも消費者側にもあるのが実態です。そして何より政府が「そこ」に直接物申すのはお門違いです。以下にその理由や仕組みについて書きたいと思います。
大手MNO 3社の携帯電話料金におけるARPUはおおよそ4,000円台半ばから5,000円前後となっており、この数字に「請求書などで確認している数字と大きくかけ離れている」とびっくりした方もいらっしゃるのではないでしょうか。
それもそのはず、ARPUとは契約1件あたりの月間平均収入であり、MNO各社が出している数字は低額なフィーチャーフォン契約やシニア向け・子ども向けの低料金プランの契約なども全て含めて平均化したものだからです。SNSなどで声高に「料金が高い!」と言っている層が利用している料金プランのみで見た場合、その金額の平均は7,000〜8,000円程度になるかもしれません。
消費者側が「高い」と感じている理由はそこであり、その料金設定に不満を感じていることも大いに理解できます。では、そこに政府が直接「4割下げる余地があるのでは」と物申すのは正しいことなのでしょうか。
大手MNO各社はARPUが下がらないように非常に巧妙に料金プランを組み上げる
■企業は自ら利益を削ったりはしない
官房長官の発言における「4割」とはどこから出たのでしょうか。恐らくEU諸国などとの単純な料金比較を行った上での妥当だと思われるラインを提示したものだと考えられますが、その料金が適切であるのか、また引き下げる余地があるのかを検討するのは政府機関であっても公正取引委員会や経済産業省であって、ましてや「4割下げられる余地がある」と安易に発言すべき類のものでもありません。
またEUを始めとした諸外国と料金を比較するのならその回線品質やサービス体制についても比較しなければいけません。日本における4G(LTE)回線の普及率やその接続品質の高さは世界でも有数であり、その点について言及していないことも政府の要職に就く方の発言としては少々雑な印象です。
地下鉄の中でも圏外にならずに通信が可能な国はなかなかない
仮に政府の立場で大手MNO各社の料金体系に意見するのであれば、料金が高止まりし競争原理が働いていない現状への見解程度に留めるべきです。大手MNO間で競争原理が働かなくなった最大の理由は消費者が動かなくなったからであり、なぜ動かなくなったのかを考えれば未だに行われている端末販売時点でのSIMロックや端末と回線契約のセット販売、長期契約と割賦販売の習慣化、そして端末の0円販売の禁止などに行き着くはずです。
企業側にしてみれば、価格を下げなくても顧客の流出がないのなら価格を下げる理由などどこにもないのです。料金が高いと文句を言いつつも毎月律儀に払い続けてくれる上得意客に対し、利益を削ってでも料金を下げるなどという聖人のような企業はほぼありません。かつてソフトバンクが野心的な低料金プランでiPhoneを販売した当時、価格競争は確かに起こっていました。それは消費者の大きな流動があったからです。その価格で顧客の流出を食い止められないとなれば、企業は政府の提言などなくとも勝手に価格を下げ始めます。
端末の0円販売にしても、既存契約者からの利益を原資とした「加熱し過ぎた競争」自体の問題はあったものの、それによって顧客の流動性が担保されていた側面はあります。さらに言えば、0円販売を禁止しても浮いたコストが大容量プランを契約しているような層に還元されることはなかったのが政府の大きな誤算でもあり、企業経営を知る者にしてみれば「当たり前じゃないか」という思いしかありません。「取れるところからは取る」。それが営利企業であり、株式会社という仕組みそのものだからです。
企業は利益のために動く
■実は選択肢の多い携帯電話料金
では大手MNOのユーザーは歯ぎしりしながら高い料金を払い続けなければいけないのでしょうか。そんなことはありません。自らの料金プランを正しく見直し、利用用途やライフスタイルに合わせた適切な選択を行うことで価格を下げられる余地が十分にあると考えます。
例えば通話は月に10回程度、もしくはLINEやカカオトークのようなアプリで無料通話を行うことが多い人などは、そもそも通話無料が設定されたプランは無駄になっている場合がほとんどです。またデータ通信においても毎月10GB程度で収まる人や、もっと少ない3〜5GBで収まるような人は大きく利用料金を下げられる可能性があります。
そもそも大手MNOに固執する理由すらないのです。例えばワイモバイルはソフトバンクのサブブランドMNOであり、回線品質に関してはほとんど差がありませんが料金体系は全体的に安く、多くの人が月額コストを2,000〜3,000円程度下げられる可能性があります。また通信品質にあまりこだわりがなく通話もデータ通信もほとんどしないという人であれば、さらに安価な仮想移動体通信事業者(MVNO)サービスを利用するのも悪くありません。
ちなみにデータ通信容量が50GBなどの大容量プランで通話無料を含めた料金設定が7,000円〜8,000円程度というのは、筆者としては妥当な価格設定であると考えています。この利用方法に当てはまる人は十分に価格相応のサービスやサポートを得ていると思いますし、それでもなお下げたいのであれば自宅に光回線を引き、家族で共有しながらWi-Fiルーターを有効に用いることでモバイルデータ通信の容量を削減する、といった利用方法を検討するのが良いでしょう。
挑戦的な価格のワイモバイルだがその回線品質はソフトバンクとほぼ変わらない
実は消費者に与えられている選択肢や手段は非常に多いのです。しかし消費者にはモバイル通信関連の知識が薄い人も多く、また業界的にもそういったリテラシーの向上に積極的に取り組んできた印象はありません。
ひたすらに顧客を囲い込み、2年縛りや4年縛りと呼ばれる割賦販売方式や端末のSIMロックなどで顧客の流出を食い止める努力ばかりをしてきたようにも感じられます。複雑化した料金プランそのものも、ある意味消費者を思考停止に陥れるための罠だとすら考えてしまうのは流石に穿ち過ぎかもしれませんが。
企業に競争原理を促すには消費者が動くしかありません。「嫌ならやめろ」は酷い極論ですが、しかし料金が高いと思うのであれば安くする方法を消費者側が考え行動するしかないのです。嫌なら大手MNOをやめればよいのです。
チャレンジャーたるMVNO各社は価格とサービスで勝負し続けている
■「4割下げる」は実現可能か
少し視点を変えて、では官房長官の言う4割の料金ダウンは企業的に可能なのでしょうか。前述したように大手MNO 3社のARPUは4,500円前後で推移しており、仮にその数字からざっくりと4割カットしてみると3,000円少々という数字になります。
例えばMVNOのARPUは1,000円〜1,500円程度と言われており、かなり低いことが分かりますが、実はコンシューマ向け(BtoC)サービスを行っているMVNO各社のなかで安定した黒字化を達成している企業は非常に少なく、ほとんどの企業がMVNO事業単体では赤字となっています。
MNOから回線を借り受けそれを販売することで事業を行っているMVNO各社の利益率が低いのは仕方がないとしても、基地局や各種通信設備を自社で用意し保守や点検、管理などを24時間365日体制で行い、さらには全国に大量に配置した実店舗による手厚いサポート体制まで完備させているMNOが、3,000円程度のARPUでそれら全ての業務を行いつつ利益を出すのもなかなか難しそうだというのは素人視点からも分かりそうなところではあります。
飛ぶ鳥を落とす勢いのMVNOであるmineoでさえ未だに黒字化には至っていない
また大手MNO 3社にとって、料金の引き下げ議論は「非常にタイミングの悪い話」と言わざるを得ない時期であることも問題を難しくしている要因の1つでしょう。
現在通信業界は全世界的に「5G(第5世代移動通信システム)」のサービス開始に向けた大きな流れの只中にあります。これまでの通信システムとは概念から刷新された全く新しいマルチレイヤーネットワークの構築とその技術開発に各社は莫大な投資を行っている最中であり、そのスタートダッシュを決められるかどうかによって世界における今後10年の覇権が決定されると言っても過言ではない時期なのです。
そのため大手MNO各社にとって資金はいくらあっても足りない状況であり、5GのみならずAIやIoTを駆使した新世代サービスのスタートへと大変革時代に突入している現在の通信業界で安易な料金の引き下げを行うことは、世界的な技術開発競争に負けることにも直結しかねない大問題なのです。
5G時代を作るのは通信会社だけではない。日本のみならず世界中のありとあらゆる産業と業界が一斉に動き始めている
事実、22日に行われたNTTドコモによる5G展示施設の見学会において、NTTドコモ 5G 事業推進室室長の太口努氏は質疑応答の席で官房長官の発言について質問された際、「(4割下げた場合)5G事業への影響は大きくなるだろう」と語っており、さらに現状の料金体系のままではお客様に5Gの新たな体験をしていただくことは難しいとも述べており、料金の引き下げどころか5Gでは料金の引き上げもあり得るという見解を示しています。
その発言の是非はともかく、それだけ現在の大手MNO各社が抱えている事業案件が熾烈な国際競争下にあるということです。思い返せば日本はかつてバブル景気が崩壊した折、ありとあらゆるコストダウンを断行してその苦しい時代を乗り切りましたが、その際に人件費や技術開発費への投資を抑えすぎてしまったために技術(と技術者)は海外へ流出し、新たな技術を生み出す開発力も低下し、人材の採用を渋ったことが技術の継承を途絶えさせました。
それだけが原因ではないとしてもその結果が現在の日本の技術的凋落に繋がっている部分は間違いなくあり、同じ失敗を5G時代に繰り返してはいけないという企業側の危機感のようなものも感じざるを得ないのです。
5Gの成功は通信業界の一企業だけの問題ではない。これからの日本の国是や国益にまで関係する重要な挑戦となる
この他にも、大手MNOがメインプランとして掲げる大容量プランの価格を4割下げた場合にMVNO各社の価格競争力が相対的に低下し、結果としてMVNOの淘汰や撤退が加速されて通信会社の寡占が進む可能性を指摘する声もあります。サービス品質や安定性に応じた価格設定であることは、料金とサービスの多様性や市場の活性化において必要な場合もあるのです。
現にワイモバイルやUQ mobileに対し、その価格と品質のバランスが不適当なのではないか(≒不当廉売ではないか)という声は常に業界内でくすぶっています。大手MNOが安易に価格を下げることは、そういったリスクも付随するという点は考慮しておきたいところです。
■私たちにできることは「動くこと」
非常に長く読みづらい文章になってしまいましたが、官房長官の「4割」発言の裏ではこれだけの要素や要因が複雑に絡み合っているのです。仮に政府が大手MNOへ提言を行うのであれば、料金を4割下げろといったような雑なものではなく、顧客流動性が失われ固着化して競争原理が働かなくなっている現状を打開するための割賦契約販売の是正およびSIMロックの廃止についての議論や、回線と端末販売の完全分離の義務化を求める議論などではないでしょうか。
先にも述べたように、顧客が「この料金は高いから解約する」と気軽に通信会社を乗り換えられる状態になり、それによって企業同士が価格競争を行っている状況こそが健全な市場なのです。決して価格が高いから悪いとか、安いから良いなどというような表面的な数字の問題ではありません。
みなさんは自身が契約している通信料金を高いと感じているでしょうか。もし感じているならその料金を下げるために何か手段を検討したことはあるでしょうか。消費者たる私たちに今できることは、料金プランを見直し、時には通信会社すら乗り換えることです。消費者が動かなければ企業は動きません。政府が企業の収益や利益に直接口を出すのは筋違いです。そこを履き違えてはいけません。
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記事執筆:秋吉 健
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