「私たち、オカマとオナベの逆転夫婦です」妻・マキさんが語る愛のカタチ
それまでの陽気がウソのような肌寒い6月の午後、東京・新宿二丁目にあるイベント会場は、開場前にもかかわらず人いきれで熱気を帯びていた。観客のお目当ては、日曜日の午後に流れる長寿ドキュメンタリー番組でおなじみのマキさんだ。
その番組内でマキさんが、男装のレズビアンであるジョンさんと自身を「私たち、オカマとオナベの逆転夫婦です」と語るように、マキさんは早稲田大学在学中から伝説の六本木のゲイクラブ『プティ・シャトー』で働き、“現役早大生ゲイボーイ”として注目を集めてきた。
ジョンさんとは「お互いに一生独身だと思っていた」
その後、フリーとなったマキさんは東京と地方を行き来するなかでジョンさんと出会う。当時、群馬県・前橋でスナックを経営していたジョンさんは、群馬に降臨したマキさんの洗練されたショーに魅せられた。
意気投合した2人は、ほどなくして同じマンションの隣同士に住む。その後、ノンセックス、同性との恋愛は自由、隠しごとはいっさいせずすべてオープンにするという3つの誓いのもとに結婚。来年、銀婚式を迎える。
「私たちが知り合ったのはまだ昭和だったので、同性パートナーシップ条例などもなく、セクシュアルマイノリティー同士が家族になるには、養子縁組という形しか認められていませんでした。
でも、考えてみたら戸籍上の私は男だし、ジョンは女。ジョンには跡取りになる2人の弟がいたのと、ウチが女系家族で私がやっと生まれた男の子だったこともあって、ジョンに嫁に入ってもらう形で結婚したんです」
旧家に生まれたマキさんは、20代前半で勘当状態のまま実家を離れていたが、結婚したことで勘当が許されたという。
そして今、社会では性別や属性ではなく、個々としての人となりを見ようという動きが広がりつつある。その源流には、いち早く友情結婚という選択をした2人が、その生きざまを公言し、さらけ出してきた部分もあるだろう。
「結婚当初はお互いに一生独身だと思っていた似た者同士でした。けれど、24年の結婚生活を経た今、パートナーというのは精神的な絆が大切だとしみじみ感じています。
年をとったから余計に感じるのかもしれませんが、2人いれば喜びは2倍になるし、悲しみは半分ずつに分けあうことができますから」
後輩からも憧れの関係
今回のイベントの主宰者であり、早稲田大学卒でマキさんの後輩にあたるドラァグクイーンのドリアン・ロロブリジーダさんも、そんな2人の関係性に魅せられたひとり。
「マキさんを初めて見たのは、2007年放送のドキュメンタリー番組だったかと思います。とにもかくにもエネルギッシュでエモーショナルというのが第一印象でした。正直、最初はそんなに胸にくるものはなかったんですけど、新作が放映されるたびにおふたりの関係性が好きになっていって。
SNSやインターネットのおかげで出会いが簡単になったぶん、人と人の関係性はインスタントかつ希薄になってきたじゃないですか。そんななか、この2人は生身のぶつかりあいをしているな、誰かと寄り添って生きるってこういうことなんだろうなと思ったら、何だか泣けてきてしまって」
確かにジョン&マキ夫婦が先のドキュメンタリー番組で耳目を集めたのは、2人が何取り繕うことなくぶつかりあう姿。言い合いの末、マキさんがジョンさんに「しょせん、女ね!」と言い放ったときは、衝撃が走ったものだ。
しかし、テレビで見る2人と素の2人には、かなり隔たりがあるとマキさんが言う。
「プライベートでは、もう何か月も口争いひとつしていないんです。でも、テレビカメラが入るとスイッチが入っちゃう。本当はあんなイヤな人間じゃないんですよ」
生来のサービス精神がそうさせるのだろうか。しかし、テレビカメラは激しいケンカを映し出すいっぽうで、ジョンさんの手料理に子どものようにはしゃぎ、写真を撮りまくるマキさんや、家でダンスの稽古をするマキさんを見つめるジョンさんの姿も切り取っている。
「でも、ジョンのそれは恋人とか夫婦の視線ではなくて、教育ママであり、ステージママの目。私に言わせれば、ジョンは私の後見人であり、審査員なんです」
確かに、ジョンさんの目は温かだったが、芸事に関する指摘は鋭く、そのアドバイスを聞くマキさんの目も真剣そのもの。画面からは互いの信頼の厚さがにじみ出ていた。
そういえば、ジョンさんは「マキちゃんのことは信頼しているし、2人とも、もう1度ひと花咲かせたいと思っているんです」とも語っている。
「最後の悪あがきよね(笑)。でも、もっと広い部屋に越したくて頑張っているのはホント。それも、今の前橋じゃなくて東京により近い高崎ね。
私の仕事が全部、東京なので(イベントの)主催者さんにも余計に交通費をご負担いただくことになりますし、お気に入りの口紅も高崎の百貨店まで行かないと手に入らないから(笑)」
介護疲れで“いっそ殺して”はイヤ
そんなマキさんには、その先の夢がある。
「(千葉県)新浦安にお声をかけてくださる高級老人ホームがあるんです。お部屋からは毎日ディズニーランドの花火が見えて、ロビーには豪華なシャンデリアがあって。そういう所に入るのが夢ですね。
孤独死はイヤですし、介護に疲れて虐待したとか、闘病疲れで“いっそ殺して”なんて言われて首を絞めちゃった老夫婦のニュースを見ると、心が痛みます。
ジョンも私も今は仲よくやっていますけれど、どちらかに何かあれば介護疲れも出ますし、“殺して”ってどちらかが言いだしたら、憎くて殺すんじゃなくて不憫で手をかけてしまうかもしれない。それはイヤなの」
人はひとりでは生きていけないけれど、築いた関係性が儚く壊れることもある。それを知っているマキさんは、2人の未来を思い描きながら、今日もステージに立つ。
「本番前のリハーサルに寝坊したりしないよう、前日入りしたんです。それで昨日の夜、ジョンにホテルから電話をしたの。“いま何してたの? ひとりで寂しく晩酌してたの?”って。
“寂しくはないけれど、マキちゃんがいないから既製品とちょこっと作った炒め物を食べて、今から寝るところよ。マキちゃんも早く寝なさい。明日、成功するといいね”って」
その電話が効いたのか、イベントは大盛況。妖艶な踊りと情感あふれる歌、そして、ここには書けない裏情報満載のトークショーに客席は大いに沸き、たくさんのチップが宙を舞った。
イベント後のマキさんに今日の自分に称号をつけるなら? と聞いてみた。返ってきた答えはこうだ。
「片田舎住まいのノー整形の還暦オヤジの女装にしては、よくやったほうかな」
〈取材・文/山脇麻生〉
〈PROFILE〉
マキさん
本名:宮本昌樹。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業(文学士)。大学在学中から六本木のゲイクラブ「プティ・シャトー」で活躍。卒業と同時にフリーになり、観光にグルメ、ラブハントを兼ねて全国を行脚。その後、レストランクラブの経営や進学塾の講師、OLなどさまざまな職を経験。現在はステージを中心に活躍中。
HP「ジョン&マキ倶楽部」:http://www5e.biglobe.ne.jp/~johnmaki/