日本人の口は「人糞より汚い」そして臭い
※本稿は、桐村里紗『日本人はなぜ臭いと言われるのか』(光文社新書)を再編集したものです。
■日本人は、なぜ口が臭いのか
多くの日本人は、「自分たちは外国人と比べたら臭くない」と、思っている。
たしかに、腋臭(わきが)の割合は少ないので、体臭は比較的弱いと言えるかもしれない。
しかし、外国人からすれば、日本人の「口臭」が残念らしい。
自分のにおいは、自覚しにくいものだから、他人からの指摘は、素直に受け止めたい。
実際に、パナソニック株式会社の調査(2017年)によると、日本人同士でも、72%のビジネスパーソンが、「他人の口臭が気になったことがある」と回答している。また、29%は「他人に自分の口臭を指摘されたことがある」との厳しい状況に直面していた。
口臭の一番の原因は、口腔(こうくう)内環境の悪化だが、口腔内環境に「自信がある」人は、たった27%。現在のケアでは「十分にケアできていると思わない」という人は、61%だったという。
日本人の成人の80%は、なんらかの程度の歯周病だと報告されている現状である。しっかりケアを行いたい。
■日本人が口腔ケアに関心が低いワケ
先進国であるにもかかわらず、日本人の口腔ケアに対する意識はかなり遅れている。なぜなのだろうか。
この理由は、文化的に見ると、日本人は、欧米人のように、日常的にキスをしたり、ハグをしたり、他人と密に接近することがないからではないかと考えられている。
あいさつ代わりに、初対面の人とでも顔や体を寄せ合う文化であれば、第一印象のために口臭ケアは欠かせないだろう。一方、日本人は、よほど親しくならないと、他人のパーソナルスペースには侵入しないし、自分も侵入されたくないと思っている。
また、危機感の問題もあるだろう。アメリカでは、子どもの頃から、虫歯にならないよう口腔ケアをしっかり教育される。歯ブラシだけでなく、フロスなどを使ってしっかり歯間ケアもする。
「どうせ、意識高い系の高所得クラスだけだろう?」と思うことなかれ。アメリカは、日本のように国民皆保険ではないため、歯の治療のためには、自主的に医療保険以外のデンタル保険に加入しなければならない。なかなか全額カバーもされないので、虫歯や歯周病になってしまうと、思わぬ高額出費になりかねない。
経済的に保険に入る余裕もない場合は、ばか高い歯科治療費を全額負担するか、放置するかの二者択一しかない。だから、必死に予防に励まざるをえないのだ。
■口臭はモテ度にもビジネスにも影響する!
これは、歯科だけでなく、医科でもそうだが、国民皆保険は良しあしだと思う。いつでも誰でも、病院に安心してかかれるという油断が、日本人から「予防」という観点を奪っているからだ。
「病気になれば、医者や歯医者に行けばいい」という他力本願な人が、日本にはどんなに多いことか。本来、成人の経験するほとんどの病気は、虫歯や歯周病も含めて生活習慣病だ。自分のライフスタイルが病気を招くのだから、自分にしか予防も改善もできない。
とはいえ、なかなか病気になった後の自分について、想像力を働かせることは難しいものだ。
将来の虫歯や歯抜けになるリスクについては、あまり実感が湧かないもしれない。でも、口臭は、リアルな問題だ。人間関係にも、モテ度にも、ビジネスにも、人生のごきげん度にも影響する。
だから、「におい」を改善することをモチベーションの源泉にしてみてはどうだろうか。健康は、結果として付いてくるものだ。
■悪臭は、病気のサインと心得よ――口臭の原因
人間関係や人生に色気をもって、自分の体臭や口臭をよくすることは、結果として健康状態の改善につながる。
なぜかといえば、前にも述べたが、においは、心身のコンディションを反映するものだからだ。
「口臭や体臭が強い」、もしくは、「普段とは違ったおかしなにおいがする」と感じたら、心身のコンディションを見直してほしい。
口腔内や腸内、皮膚などの常在菌のバランスや、内臓の機能、代謝の状態、ストレスやメンタルの状態が、口臭や汗、尿、おならや便などのにおいを常に変化させている。
口臭については、8割が口腔内環境の問題だ。残りは、体内の問題で、呼気を通じて口臭として感じられる。ストレスも、口臭を強くする原因になる。
健康な人の口腔内には、約700種類、歯磨きなどで口腔ケアが十分できている人では約2000億の常在菌(細菌・真菌)が暮らしている。
つまり、口の中は、菌やカビだらけなのだが、健全な状態では、彼らは常在菌として共生しており、悪さはしない。互いにバランスをとりながら、口腔内のpHを保ち、病原微生物の侵入を防いだり、繁殖を防いだりしている。
また、唾液も重要だ。唾液は、口腔内に流れる川のようなものだ。唾液腺から泉のように湧き出て、食べかすや余分な菌を洗い流し、キレイに保っている。唾液に含まれるリゾチームという酵素も、細菌の細胞壁を破壊して、過剰に増えないようにコントロールしている。
ところが、口腔ケアが十分でない場合や、唾液分泌が減ってしまう場合には、常在菌は約4000億〜6000億に増殖する。常在菌といえども、増えすぎはまずい。増えすぎた常在菌が、炎症の原因になるのだ。
■プラーク内の細菌濃度は便内以上に
よく聞くプラーク(歯垢)は、常在菌の塊だ。最近では、何層にも重なり合う形状から、バイオフィルムと呼ばれている。
食べかすを栄養源に、常在菌は元気に繁殖する。放置すると、食後8時間程度でバイオフィルムの生成が始まり、ケアが不十分だと、どんどん層が厚くなり、こびりつくようになる。バイオフィルム内の細菌濃度は、なんと便内よりも高くなる。
最終的には歯周病の原因菌もこびりつき、強力な炎症物質を分泌するので、歯間や歯肉、歯周に炎症が起き、痛みや出血を起こすようになる。当然、口臭にも悩まされるようになる。腐った肉のようなにおいが特徴だ。
ちなみに、歯周病は、炎症が歯肉のみにある「歯肉炎」から始まり、初めは歯肉の腫れや出血、発赤だけだが、ついには歯槽骨(しそうこつ)にも炎症が波及して「歯周炎」になる。歯と歯肉の間に、歯周ポケットと呼ばれる深い溝ができ、ここで歯周病菌がどんどん繁殖する。ポケットからの出血、排膿(はいのう)により、口臭はさらにきつくなり、歯もぐらついて、いずれは抜けてしまう。
■喫煙者の口臭は、ヤバい
ケア不足だけでなく、ストレスや口呼吸の癖、ドライマウスなどで唾液分泌が減ることでも、口腔内の細菌は繁殖しやすくなる。
朝起きぬけに口がにおうのは、夜間に唾液分泌が減るからであり、誰にでも起こりやすい。だから、寝る前と起き抜けには、しっかり口腔ケアをしておきたい。
さらに、喫煙は、ニコチンやタールのせいで口臭を悪化させるだけではない。ニコチンは唾液分泌を抑制して口腔内の常在菌のバランスを崩すし、こびりついたヤニには菌が付着して、虫歯や歯周炎を起こしやすくなる。喫煙によって血流も低下するので、歯茎(はぐき)は貧血状態。10年後に失っている歯の数は、非喫煙者の3倍と言われている。
そう聞いても、愛煙家には、禁煙の理由にならないかもしれない。ただ、これだけは言っておこう。自分自身では順応してしまっていて感じないかもしれないが、喫煙者の口臭や体臭は、確実に、ヤバい。
ついでに言うと、におうということは、におい分子が服や体に付着しているということだ。におい分子=有害成分を家にも持ち帰ることになる。
たとえ、家で吸わない場合でも、喫煙者の家を調査すると、ソファやベッドなど、行くところ行くところに、タバコの有害成分は付着している。非喫煙者である家族の尿からも、タバコの有害成分が検出される。赤ちゃんであってもだ。
タバコを消した後の残留物を吸引することを三次喫煙といい、やはり発がんのリスクがあることがわかっている。
誰にも迷惑かけてない、ことはないのだ。
口腔内の炎症が、全身病に深く関係していることが、最近の研究で明らかになっている。糖尿病、脂質異常症、心筋梗塞などの動脈硬化性疾患、認知症、さらには、がんのリスクまで高めることが報告されているのだ。
■口臭をケアする意義は、実に大きい!
最近、医学的には、「炎症」こそが万病の元で、体のどこかに炎症があることは、全身の不具合を引き起こす原因になると考えられている。
炎症とは、体の中の戦士である免疫細胞によって引き起こされる「体内戦争」である。世界のどこかで戦争が起きていると、たとえ遠方であっても、世界全体の秩序を乱してしまう。
たかが口腔内の戦争であっても、侮(あなど)ることなかれ。血流に乗って全身に火種がばら撒(ま)かれるのだ。
歯周ポケットに生息している歯周病菌は、炎症を起こすことで歯肉の細胞を破壊し、簡単に血液中に侵入する。実際に、歯周病患者の血液からは、口腔内にしかいないはずの歯周病菌が多く検出されている。
■体内に菌がいることは「敵」の侵入を意味する
ここで注意したいのが、私たちの体に暮らす常在菌は、基本的に「体外」にいるのであって、「体内」にはいないということだ。
皮膚は、体外。これには異論はないだろう。だが口腔内や腸内は? やはり、体外なのだ。口から消化管の内腔(ないくう)、肛門にかけては、1本の管であり、人は、簡略化すると、「竹輪(ちくわ)」のような形状をしている。管は、外界と交通しているので、「体外」であって、物質は、腸管の粘膜を通って吸収されて初めて、「体内」に入ったとみなされる。
健康な状態では、体内は完全に無菌状態だ。本来、「私」の体内には、「私」以外の細胞は、存在してはならない。
それなのに、体内に菌がいるということは、「敵」の侵入を意味する。血管内に菌がいるということは、菌血症と呼ばれる異常な状態だ。全身をパトロールする戦士である免疫細胞は、戦闘モードになり、全身で炎症が引き起こされる。
■動脈硬化にまつわる疾患のリスクを上げる
また、菌が侵入する手前の段階でも、歯周病菌が増えている局所に免疫細胞が動員されると、サイトカインという炎症性物質を破壊兵器として分泌する。大量のサイトカインが血流に乗ると、全身に戦火が飛び火することになる。
サイトカインは血管の壁を傷つけ、全身の動脈硬化の原因になる。高血圧、心筋梗塞や脳梗塞などの動脈硬化にまつわる疾患のリスクを上げるのだ。
大動脈瘤(りゅう)や末梢(まっしょう)血管疾患などの患者の血管壁からは、歯周病菌が高率で検出される。
また、歯周病と糖尿病は、双方向のリスクになることがわかっている。糖尿病があると、免疫力が低下して、歯周病になりやすい。歯周病があると、全身の炎症を引き起こし、それが血糖を下げるホルモンであるインスリンの働きを低下させ、血糖値を上がりやすくさせる。
糖尿病があるのであれば、口腔ケアは必須であり、それによって血糖コントロールの改善が期待できる。
歯周病による口臭は、体内の不健康の現れと考えて、今日からすぐに口腔ケアを始めよう。脱口臭は、脱不健康である。
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内科医・認定産業医。1980年岡山県生まれ。2004年愛媛大学医学部医学科卒。治療よりも予防を重視し、最新の分子整合栄養医学や生命科学、常在細菌学、意識科学、物理学などをもとに、執筆、webメディア、講演活動などで、新しい時代のライフスタイルとヘルスケア情報を発信。監修した企業での健康プロジェクトは、第1回健康科学ビジネスベストセレクションズ受賞(健康科学ビジネス推進機構)。著書に、『「美女のステージ」に経ち続けたければ、その思い込みを捨てなさい』(光文社)など。
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(内科医・認定産業医 桐村 里紗 写真=iStock.com)