"最低賃金1000円"は労働者にとって得か

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東京の最低賃金が958円に引き上げられ、「時給1000円」が当たり前になりつつある。最低賃金の上昇は世界的な傾向だが、人件費が高くなれば、人から機械への「仕事の置き換え」が進むことが予想される。あるメガバンクは従業員の30%をデジタル化で削減すると発表している。人間の仕事はどこまで減ってしまうのか――。

■都会と地方の最低賃金格差は拡大

毎年10月、全国で「最低賃金」の改定が行われます。政府は、2016年以降、毎年3%程度ずつ引き上げて、全国平均で1000円を目指すことを表明しています。東京は、932円から958円に引き上げられ、いよいよ最低賃金1000円時代が見えてきました。

ただし、全国加重平均では848円で、福岡県を除く九州各県では737円と、地方に「最低賃金1000円時代」が到来するのは、もう少し先になりそうです。全国加重平均というのは、各都道府県の労働者数を加味してならした平均額です。そのため、東京や大阪など、労働者の多い大都市の金額に引き寄せられる傾向があります。

過去15年間における最低賃金の推移を見ても、着実に上昇はしているものの、都会と地方の金額差は開く一方です。2002年に東京都708円、沖縄県604円と104円であった差が、今年2017年には221円にまで広がっています。昨今の感覚からすれば、東京の最低賃金が708円であったことのほうが不思議なくらいです。

すでに都市部では、極度の人手不足に押し上げられる形で、1000円以上の時給が当たり前になっています。リクルートジョブズ発表の「2017年8月度アルバイト・パート募集時平均時給調査」では、三大都市圏の平均時給は1014円に達しており、地域別では以下のような水準となっています。

●首都圏の平均時給は1058円(前年同月1028円、前月1051円)
●東海の平均時給は954円(前年同月929円、前月950円)
●関西の平均時給は977円(前年同月956円、前月975円)

■賃金底上げは世界的な傾向

最低賃金上昇は世界的な傾向です。アメリカでは、シアトル、サンフランシスコ、ニューヨーク、ロサンゼルスといった大都市部で、最低賃金をそれまでの10ドル弱から15ドル(1ドル=110として1650円)にまで、段階的に引き上げる法案が可決されています。ドイツでも、2017年1月より最低時給を8.84ユーロ(約1170円)とする最低賃金法の改定が行われました。

目先の人手不足が解消すれば時給上昇も頭打ちになる、といった単純な構造ではないことが分かります。

では、企業はこの問題に対して、どのような対応策を検討するのでしょうか。特にパート・アルバイトを多数抱える小売業、外食産業、サービス業にとっては、死活問題です。最低賃金や平均時給の上昇だけでなく、社会保険料加入対象者の拡大といった、人件費上昇の要因が加わるからです。

健全な経営を続けるには「売上高アップ」「粗利益利率アップ」といった施策が重要になりますが、そう簡単ではありません。

人事施策に絞ると、人件費をコントロールする方法は、主に次の3つです。

(1)人員(勤務時間)コントロール
(2)賃金コントロール
(3)雇用形態コントロール

まず、人員コントロールです。時間当たりの賃金コストが上がる以上、生産性を高め、少人数で事業運営できる体制をつくらなければなりません。欧米諸国に比べて、特に非製造業の労働生産性が低いと言われる日本企業ですので、思い切った改善を考える必要があります。

曜日や時間ごとの売り上げと人員を比較して、生産性の低い時間帯は、シフト調整によりスタッフ数を大幅に絞ることも検討しなければならないでしょう。

次に賃金コントロールですが、曜日・時間帯別の時給設定や地方への拠点展開といった手段はあるものの、平均相場や最低賃金が急速に上昇していく環境下では、対応策の余地は限られると思われます。

最後に、雇用形態コントロール。正社員、契約社員、シニア社員、パート・アルバイト、派遣社員といった雇用形態ごとの人員構成の最適化です。

小売業や外食産業では、パート・アルバイト比率が80%以上という企業も珍しくありません。そのような業界でも、「契約社員店長」「パート店長」など非正規社員の戦力化策に加え、増加するシニア社員の活用、クラウドソーシングによる業務の外注化など、検討すべき対策は残されているでしょう。

■人は機械との競争に打ち勝てるか

最低賃金15ドル(1650円)への対応が迫られるアメリカの小売業・外食産業でも、さまざまな対策が進められているようです。例えば、顧客からのチップをサービス料として店側が受け取り、賃金の引き上げに充てる。注文は店員ではなくタブレットなど機械で行い、レジもセルフで自動化する。あるいは、店舗にスタッフを置かず、自動販売機に切り替える、といった試みです。

日本でも、スーパーに加え、コンビニへのセルフレジ導入の動きも始まっています。ガソリンスタンドがセルフ店舗に切り替わり、高速道路の料金所はETCレーンが中心となり、電車や映画のチケット購入はスマホと無人機で完了する時代です。

このように見てみると、最低賃金1000円時代は、必ずしも働く側にとって喜ばしいことばかりとはいえません。最低賃金が上がることで、「賃金が高いから、機械に置き換えよう」とか「人件費がまかなえないから、店をたたもう」といった事例が増えると予想されるからです。

今後AIが発達すれば、さらにこうした傾向が強まるでしょう。三菱UFJフィナンシャル・グループは、国内従業員の約30%に相当する9500人分の労働量を、事務作業の自動化やデジタル化で削減する方針を明らかにしています。余った従業員はクリエーティブな仕事に振り向けるということですが、そんなことが簡単にできるとは思えません。メガバンクですらこうなのですから、もう安泰の企業や職業はない、ということかもしれません。

(新経営サービス 常務取締役 人事戦略研究所所長 山口 俊一)