南スーダンの自衛隊が危ない!“守られる側”のNGO関係者が懸念する「駆けつけ警護」のリスク
「現地の状況は比較的落ち着いている」「(新任務「駆けつけ警護」が付与されても)自衛隊のリスクは高まらない」。
自衛隊がPKO(国連平和維持活動)に従事する南スーダンを視察した後、稲田朋美防衛大臣はそう強調していたが……。知られざる現地の実情をNGO関係者に聞いた!
■何かしらの衝突に巻き込まれかねない
10月8日、南スーダンの首都ジュバを稲田朋美防衛大臣が訪問。2012年からPKO(国連平和維持活動)に参加している自衛隊の活動状況を視察し、「情勢は安定している」と語った。
この視察の先にあるのは、安保関連法で注目されている新任務「駆けつけ警護」が、南スーダンで活動する自衛隊に付与されるかどうかだ。
駆けつけ警護とは、PKOに参加する他国軍やNGO(非政府組織)などの民間人が危険にさらされた際、自衛隊がその場に駆けつける救出活動のこと。場合によっては武器の使用も認められる。
現在、南スーダンでは350人の自衛隊が半年交代で駐屯し、道路建設などを担っているが、稲田大臣の「安定宣言」は、いよいよ11月に派遣される部隊に駆けつけ警護を付与できるお墨付きになるかもしれない。
だが、NPO法人「日本国際ボランティアセンター」(以下、JVC)のスーダン事務所代表を務める今井高樹氏は、「稲田大臣の安定宣言は初めからわかりきっていたこと」と指摘する。
「稲田大臣の滞在時間はわずか7時間。比較的治安のいいジュバから一歩も出ておらず、今年7月の戦闘に巻き込まれて避難民となった一般市民にも会っていません。安全な所しか見ないよう、あらかじめアレンジされた視察なので、何も起こりようがない」
今井氏はJVCに2007年に入職し、スーダンの南部スーダン自治区(現在の南スーダン)の首都ジュバに赴任。スーダンは北部と南部で内戦が続いた時期があり、JVCは周辺国から帰還した元難民への職業訓練として車両整備工場を運営していた。10年に工場運営を現地スタッフに譲り事業を終了すると、JVCは活動拠点をスーダンの首都ハルツームに置く。
その翌年、住民投票で同自治区は「南スーダン」としてスーダンから独立した。だが、13年に大統領派と副大統領派との内戦が勃発。15年に和平合意するも、今年7月8日、ジュバで両派が再び大規模な衝突を起こした。激戦は4日間で収束したが、その後も住居の破壊や略奪が横行。この衝突で、南スーダンの日本大使館の職員の多くやJICA(国際協力機構)は撤退を余儀なくされている。
状況が落ち着いた9月上旬、今井氏はジュバで2週間の調査と、戦闘で自宅を破壊された避難民への緊急食料支援を行なった。
「インフレ率は世界最悪の600%。物価の高騰で、多くの避難民がその日の食べ物にも事欠き、薪(まき)拾いでわずかな現金収入を得たり、残飯や野草で食いつないでいる状況でした」(今井氏)
気になる治安面は、大半の信号が止まったままで、日没後には強盗が頻発するため、夜間の外出は厳禁。それでも、NGOなどが現地入りできない状態ではないという。
「ひとまず反政府勢力がジュバの外に出されたことで、ジュバに限れば比較的落ち着いています。今後、数ヵ月は大規模な戦闘が起こる可能性は少ないのでは」(今井氏)
その意味では、稲田大臣のコメントは間違ってはいない。
だが、「安定」はジュバの現時点に限った話であり、南スーダンが「紛争地」であることに変わりはない。
今井氏が避難民から聞いた話によると、地方部では今も衝突が続き、「子供が斧(おの)でニワトリのように次々と殺されていた」事例もあるという。略奪やレイプも頻発している。ジュバでも紛争が再燃しないとは誰も言い切れない。
このような現場での自衛隊の駆けつけ警護には何も問題はないのだろうか。
今井氏は「非現実的。何かしらの衝突に巻き込まれかねない」と否定的だ。
「現場の司令官は、相手勢力がどこの誰で、その人数などを把握しないと部隊を派遣できませんが、その見極めはきわめて難しい。そもそも制服を着ていない民兵と一般市民をどう見分けるのか。一般市民を巻き添えにする可能性もある」(今井氏)
そして、南スーダンでは政府軍こそが紛争の当事者であることが決定的にまずい。
7月の大規模衝突時にはNGO関係者が拠点とするホテルを、訓練の行き届いていない一部の政府軍兵士が急襲したことがあった。NGO関係者らは携帯電話やSNSなどで大使館や国連に救援依頼するが、結局、現場で活動する中国とエチオピアのPKO部隊は出動を拒んだ。救援は政府軍との交戦を意味するからだ。相手国の受け入れがあって成立するPKOで、その相手国との衝突は悪い冗談だ。
「PKOが政府軍と衝突するような事態になれば、われわれNGOの、その後の支援活動も大きく制限されてしまいます」(今井氏)
■「駆けつけ警護」に誰も期待していない
そうはいっても、衝突に巻き込まれた際、自衛隊が助けに来てくれるとわかっていれば、NGO関係者たちも心強いのではないか? だが、今井氏はこう言い切る。
「NGOは自分たちの安全を守る方策を持っています」
ジュバで活動するNGOは必ず事務所の警護を民間警備会社に委託している。もし強盗団の存在に気づけば、警備員が発信ボタンを押すと、巡回部隊が数分以内に駆けつけるシステムだ。
「数分以内に駆けつけるというのはPKOには無理。救援の要請を受けた現場のPKO司令官は、さらに本部の司令官にもお伺いを立てる手順になっているので、時間がかかるのです」(今井氏)
GPSを利用して、活動に使う車両の位置、エンジンのオン・オフの状態までも壁一面の大モニターで把握するNGOもあるという。
また、南スーダンではNGO数十団体が「南スーダンNGOフォーラム」という連合体に加盟するが、フォーラムは毎日、NGOにその日の治安情報(どこそこで強盗があった、襲撃があった等々)をメールで配信している。そのフォーラムでは週に一度、NGOが集まってのセキュリティ会議が開かれるが、その安全対策項目にPKOの文字はない。つまり、誰も駆けつけ警護に期待していないのだ。
武装勢力に拘束されてしまった場合の対応策もある。
15年10月、南スーダンのナイル川で物資輸送中の国連南スーダン派遣団(南スーダンでのPKO本部)が反政府軍に拘束された。このとき、司令官は部隊の救援を仰がずに相手との交渉に入った。物資は戻らなかったが、数時間後には全員が解放。紛争時には、この「交渉」が力を発揮すると今井氏は訴える。
「自分たちを拘束した相手が誰かさえわかれば、交渉ルートを立てることができます。私ですか? 私が拘束されたら、元スタッフや知人・友人などの人脈があるので、彼らが交渉してくれるはずです」
今井氏は「紛争時に大切な行動は非武装なのです」と続ける。
「5年前、スーダンでの内戦時に私のいたJVC事務所の間近にロケット砲が着弾したことがありました。そのとき、NGO職員などの救援に来たのは、国連が率いるなんの変哲もない約20台のランドクルーザーでした。PKO司令官は『ロケット砲が飛び交う現場に軍用車両で行けば、戦闘に巻き込まれる』と判断し、非武装で救援に来たのです。これが逆に武装しての行動だと、敵の応援と思われ、危険なだけ。死にに行くようなものです」(今井氏)
自衛隊は本当にそんな現場で救出活動をするのか。いや、政府は自衛隊にそれを強いるのか。いま一度、その実効性の議論が必要だ。
(取材・文/樫田秀樹)
*7月の戦闘で避難民となった市民への支援活動を行なう、日本国際ボランティアセンター「南スーダン緊急支援」の詳細はホームページhttp://www.ngo-jvc.net/に。4000円で1家族1ヵ月分の食料、2000円でせっけん、蚊帳、マットなど生活用品の支援が可能