クルマの自動運転機能で初とされる死亡事故が2016年5月、アメリカで発生。実際に事故車と同型車を運転したところ、大きな衝撃を受けました。ドライバーは「自動」ということに対する認識を、根本的に変える必要がありそうです。

印象は「メチャメチャ怖い!」

 2016年6月30日(木)、クルマの自動運転機能による初の死亡事故が発生したことが明らかにされました。

 事故が起きたのは今年5月7日。アメリカのEV(電気自動車)メーカーであるテスラモーターズの「モデルS」が、中央分離帯のある幹線道路を自動運転で走行中、前方で交差点を左折しようとしていた大型トレーラーに衝突したと説明されています。

 そしてこの事故発生時、ドライバーがDVDを鑑賞していた可能性があるとも報道されています。目撃者によると事故後、車内のポータブルDVDプレイヤーから『ハリー・ポッター』が流れていたとのこと。


事故が起きたのと同型のテスラ「モデルS」(2016年1月、清水草一撮影)。

 私(清水草一:首都高研究家)は今年1月、テスラ「モデルS」の自動運転を体験し、大きな衝撃を受けました。理由は、多くの記事にあるようにその優秀性に驚いたからではなく、「メチャメチャ怖い!」と感じたからです。

 私が恐怖を感じたのは、運転したのが2時間程度で完全に慣れるには至らなかったこともあるでしょうが、それだけではありません。

自動運転のドライバー、注意すべきは「白線の濃さ」?

 テスラの自動運転において、ステアリング操作はおもに道路上の白線をセンサーが認識することで行われ、ドライバーがステアリングに手を添えていなくても機能します。

 しかし白線が薄くなっていたり、消えていたりすると機能しません。私が試乗した首都高上やお台場周辺の一般道に白線が不鮮明な個所はいくらでもあり、それがカーブだと、自動運転によるステアリング操作が一瞬遅れるように感じました。実際、見失っているのかどうか厳密なところはわかりませんが、もしそこで曲がらなかったらぶつかってしまうかもしれませんから、そのたびにステアリングへ手を戻し、自分で操作しました。それはほとんど“肝試し”で、自分で運転するよりはるかに高い集中力を要しました。

 つまりドライバーは常に「白線の濃さ」(!)に集中し、前方に白線が薄い部分を発見したら、クルマが行くべき方向を見失うのに備えて、いつでも自らステアリングを切れるよう“心の準備”をしていなくてはなりません。

 自動運転を解除して通常の運転に戻すと、その緊張感から解放され、思わず安堵のため息が出ました。少なくとも首都高上では、自分で運転していたほうがはるかに気楽でした。

 これが直線道路なら、白線が多少消えていても直進を続ければいいのでそれほど問題はありませんが、カーブの多い道路でそうは行きません。接触事故レベルならそれほど特殊な状況でなくとも起きるのでは、というのが個人的な感触です。

「自動ブレーキ」とは逆になる「自動運転」

 テスラの自動運転センサー技術は、スバルの「アイサイト(ver.3)」と同レベルか少し劣っているというのが、専門家の一致した見解です。つまり、テスラの自動運転をONにするのは現時点ではまだ「冒険」であり、自分で運転するよりも高い集中力が必要です。

 またテスラの自動運転は、ウィンカーを出すと車線変更も自動的に可能ですが、交通量の多い道路ではまさに「冒険」そのもの。ウィンカーを出すタイミングを測るには、非常に高度な運転先読み技術が必要です。逆にそこが面白味でもあり、個人的にはこれほどのリスクを冒して新技術の実用化にいち早く挑戦するテスラ社には尊敬の念を抱いていますが、ドライバーは「自動運転のほうがかえって難しい」という事実を理解する必要があります。


テスラでは、ステアリング奥のレバーで自動運転の設定を行う(2016年1月、清水草一撮影)。

 自動運転がONになっているときは、“ドライバー自身が最後のセーフティネット”です。いわゆる「自動ブレーキ」は、“人間のミスをカバーする機械的なセーフティネット”ですが、自動運転の場合、その順序が逆になるのです。

 しかもドライバーには「クルマが危機を回避してくれるはず」という予断があり、危ないと思っても、「いや、もう少しクルマにまかせよう」と思ってしまいます。たとえわき見をしていなくても、その分、ブレーキを踏んだりステアリングを切ったりする動作が遅くなる可能性が高いのです。

 テスラ社に限らず、現在の自動運転技術はまだあくまで「ドライバーをサポートするもの」です。では、ドライバーが介在する必要のない「完全自動運転」が実用化されるのはいつでしょうか。

 それは「自動運転による事故の確率が限りなくゼロに近づいたとき」としかいえません。特に、一般道における自動運転は歩行者や自転車という不確定要素が存在しますから、ドライバーが“最後のセーフティネット”として待機しない限り、なかなか難しいでしょう。

 たとえリスクが限りなくゼロになっても、万が一の事故の際には、誰かが責任を取らねばなりません。免許を持たない高齢者が通院に自動運転車を使えるようになるのは、かなり遠い未来のことだと予想します。