猟奇的な役に定評ある森田剛とはいえ、ここまで凄惨な場面を撮ったわけ「ヒメアノ〜ル」監督に聞く
狙った獲物は逃さない恐怖のサイコキラー森田(森田剛)を描く「ヒメアノ〜ル」は、漫画原作ではあるが、かなり生々しい。前編では、森田に追いつめられたヒロインが、どれだけ酷い目に遭うかについて話を聞いた。後編では、さらなる衝撃のシーンについて、吉田恵輔監督に聞く。
(*吉田の「吉」は 正式には土に口)
前編はコチラ
──森田(役名なので呼び捨てします)の暴力シーンで、生理用品が出てくることは驚きました。
吉田 暴力シーンは数あれど、生理中のシチュエーションを観たことがないと、昔から違和感があったんです。
──なるほど。
吉田 女性にとって1ヶ月に1回あることなのに、そういう描写がまったくないですよね。
──リアリティーの追求?
吉田 リアリティーに関して、僕は、昔からトイレのシーンを撮ることが多いんですよ、女性の。2時間あったらトイレいかない? と思って、無意味にトイレのシーンを挟み込んだりして(笑)。
──疑問を感じることは大事だと思います。
吉田 とすると、作られたキャラクターじゃなくて、こっち側の(観てるほうの)人間と近いんじゃないかと思うんですよ。
──深いお考えによって、リアルとおもしろみと恥ずかしさの混じった画になるんですね。
吉田 気持ち悪い映画にはしたかったんです。暴力シーンはどうしたって偽物じゃないですか。例えば、実際に電車で体を触られたほうが圧倒的な不快感だと思うんです。でも映像ではその感じを映すのは難しい。じゃあどうしたら女性が観て嫌悪感を覚えるくらいの気持ち悪さが出るか考えました。
──あそこは森田剛ファンもさすがに引くんじゃないかと。
吉田 イタリアの映画祭の感触だと、イタリア人もさすがに引いていましたね。ははは!
──そこまでして誰もやってないことをやることに意義を感じるんですか。
吉田 誰かにあれを先にやられたら、僕は悔しいと思ったでしょうね。自分がこの映画を観客として観に言ったら、このいやな感じ、いいなって感じたと思います。
──殺人鬼や暴力性のある人物の映画はいろいろある中で、生々しくて印象に残りました。
吉田 理想は・・・あまりいい趣味ではないけれど、海外の決定的瞬間みたいな映像や防犯カメラの映像、ああいうものなんです。画像が荒くてよく見えてないものでも、もっとひどいことをはっきり見える画でやっているホラーよりも生々しさがあるんですよね。映っているものは確実に現実だから。
──ドキュメンタリー思考なんですか?
吉田 だから、今回、アクション映画にならないようにしようと思っていたんです。ただ、全編それだと単調になるので、前半では作り込んだアクション部分をやっています。途中、音楽もハデにつけた場面がありますが、本来、中盤であれをやったら、後半もっと激しい場面を用意すべきなんですよ。ところが、「ヒメアノ〜ル」が、中盤過ぎると、音楽も少なめになってリアルな方向になるんです。みんなの期待と逆いってみようと思ったんです。
──え! と裏切られるところが多いですよね。タイトルが出てくるタイミングにも虚をつかれました。
吉田 途中でタイトル出すのもずっと昔からやろうと思っていたアイデアなんです。ある映画でやろうとしていたものの、作品が流れてしまって、いつかやろういつかやろうと思って、今回ついにできました。作品の内容にもちょうど良くて、ああ、この映画でやるために今まで流れたんだな、くらいの気持ちになりました。最初にやろうと思った時は、恋愛もので、ひとりの人とつきあって分かれて新しい恋がはじまる時にタイトルが入ることを考えていたんです。前の恋1時間、後の恋1時間で分けようと。
──コンセプチュアルですね。
吉田 飽きっぽいんですよ。普通のことをしていると飽きちゃうんです。
──はじまり方も面白いですよね。作品内容は知っていたので身構えて観たら、これまた意外なはじまり方でした。
吉田 前半と後半で、通行人のエキストラの衣裳の雰囲気も変えてるんです。テレビではできないことをしたいんですよね。例えば、最初15分くらい、テレビを観て、ちょっとコンビニに買い物に行って戻ってきたら、あれ、これさっき放送していたのと同じだっけ? という感じにするなんてできないと思いますが、映画ならそういうこともできると思ってやりました。
──前半後半ガラリと変わるんですけど、最初、白い空間に濱田岳さんが土足で入って汚します。その後を暗示させるような気がしました。
吉田 濱田岳さんとムロツヨシさんが演じている役がビルの清掃をしていて、白く塗った床を土足で歩いて、足跡つけてしまうっていうのは、僕のバイト時代の実体験です。かつて僕もそれをやって怒られました。
──ビル清掃のバイトをしていたんですか。以前、吉田監督は、塚本晋也監督の現場で照明の仕事をされていたそうですが、監督になってからも照明にはこだわりがありますか。
吉田 たいてい、監督は照明技術に関してはそれほど具体的に熟知してないから、こんな感じでとは指示できても、こういうやり方したらこうできるとはなかなか言えないものです。でも、僕はこうしたらこうなるっていうノウハウをもっているので、現場での対応が効きます。
──照明さんがプレッシャーなんじゃないかと(笑)。
吉田 今回の技師はめちゃ後輩でしたから、すごくやり辛かったと思います(笑)。たまに時間がないと、僕がフィルターを外しちゃったりして。そうなると、助手が照明技師と監督のどっちの言うことを聞いたらいいんだ? と悩むことになるんですよね(笑)。
──脚本や編集を兼務する監督はいますが、照明までやる人はあまり見ないですよね。
吉田 照明技師は照明のプランを作る仕事で、現場で動くのは助手なので、技師なら監督と兼務することもできなくはないんです。実際、「さんかく」ではやっていたのですが、観た人に「製作費がなかったの?」と聞かれたんです。自主映画だと、監督が美術も音楽も照明も全部やることもあるから、そのニオイを感じられてしまったみたいで。僕が元々照明をやっていたことを、映画業界の方は知っていても、観客は知らないから、監督がなんでもやらなくてはいけないようなすごい貧乏映画に見えるようなことはやめることにしました。
──それでもやっぱり照明にこだわっているように見えました。バイオレンス場面の照明もよかったです。
吉田 女性の肌は照明が大事なんですよ。赤い間接照明が多いのですが、そうすると、発色が黒ずんで肌の中で色の濃いところが余計に黒く見えてしまう。僕はそれがすごくいやで。白っぽい間接照明を用意してもらい、肌を柔らかそうに見せています。
──監督の撮る女性がきれいだったりかわいかったりするのは、そういう心遣いも要因なんですね。
吉田 すごくこだわります。太陽がここまで上がった時の光の角度が一番いいんだって、カットを撮る時間を分刻みで指定することもあるくらいですから。曇ったら意味ないんですけどね。「麦子さんと」という映画を撮った時は、堀北真希さんが振り向いてニコッと笑う場面をかわいく撮りたくて、何時何分に撮影とこだわりました。
──「ヒメアノ〜ル」ではそういう場面はないですか。
吉田 今回はフォトジェニックなものじゃなくていいと思っていたから、ないですねえ。
──基本、黒っぽい画面の中、最初の白い場面のほかに、明るい光が印象的なシーンがあります。あれは原作と違う部分ですか?
吉田 そうですね。あそこは、くそ映画作るぞ、と言いながら、僕のいい人の部分が出ちゃったところですね(笑)。見た方にも指摘されました(笑)。
--「ヒメアノ〜ル」を経て、今後は「くそ系」と「いい人系」のどちらの方向へ?
吉田 どっちもやりたいですね。妬み嫉みのような人のいやな感情の部分も描きたいです。あとは、今までやっていないスポーツもの。僕はボクシングを20年間やっているので、それを題材にした映画をやりたいです。
「トキワ荘の青春」みたいなボクシング映画を。トキワ荘のようなジムで、光を浴びるものもいれば去っていくものもいるみたいな切ない感じのものをやりたいです。
──ボクシングは何級ですか?
吉田 今、67キロだから、6キロくらい落として、ライト級ですかね。
──そんなに体重を落とせるものですか?
吉田 落とせますよ
──どうやって落とすんですか。
吉田 食わないんです。ダイエットしている女の人になかなか痩せないと聞くと、食わずに走れば痩せるよって思います(笑)。
──今も毎日トレーニングしているんですか。
吉田 1日2時間くらいですかね。最近は、ボルダリングに浮気していますが。
--ではいつかボクシング映画を。
吉田 はい、公言しておけばいつかやれるんじゃないかと思います。
(木俣冬)
「ヒメアノ〜ル」
原作 古谷実
脚本、監督 吉田恵輔
出演 森田剛 佐津川愛美 ムロツヨシ 濱田岳
5月28日(土)TOHOシネマズ 新宿ほか全国公開
(C)2016「ヒメアノ〜ル」製作委員会
ビルの清掃会社で働いている岡田(濱田岳)は、同僚の安藤(ムロツヨシ)から恋の懸け橋を頼まれる。
想い人・ユカ(佐津川愛美)はある男に執拗に追いかけられていた。その男・森田(森田剛)は、岡田の高校時代の同級生。当時、森田が高校で虐めに遭っていたことを知る岡田は不穏なものを感じる。その予感どおり、森田はサイコキラー化し殺人を重ねていた・・・。
(*吉田の「吉」は 正式には土に口)
前編はコチラ
──森田(役名なので呼び捨てします)の暴力シーンで、生理用品が出てくることは驚きました。
吉田 暴力シーンは数あれど、生理中のシチュエーションを観たことがないと、昔から違和感があったんです。
──なるほど。
吉田 女性にとって1ヶ月に1回あることなのに、そういう描写がまったくないですよね。
──リアリティーの追求?
吉田 リアリティーに関して、僕は、昔からトイレのシーンを撮ることが多いんですよ、女性の。2時間あったらトイレいかない? と思って、無意味にトイレのシーンを挟み込んだりして(笑)。
──疑問を感じることは大事だと思います。
吉田 とすると、作られたキャラクターじゃなくて、こっち側の(観てるほうの)人間と近いんじゃないかと思うんですよ。
──深いお考えによって、リアルとおもしろみと恥ずかしさの混じった画になるんですね。
吉田 気持ち悪い映画にはしたかったんです。暴力シーンはどうしたって偽物じゃないですか。例えば、実際に電車で体を触られたほうが圧倒的な不快感だと思うんです。でも映像ではその感じを映すのは難しい。じゃあどうしたら女性が観て嫌悪感を覚えるくらいの気持ち悪さが出るか考えました。
──あそこは森田剛ファンもさすがに引くんじゃないかと。
吉田 イタリアの映画祭の感触だと、イタリア人もさすがに引いていましたね。ははは!
──そこまでして誰もやってないことをやることに意義を感じるんですか。
吉田 誰かにあれを先にやられたら、僕は悔しいと思ったでしょうね。自分がこの映画を観客として観に言ったら、このいやな感じ、いいなって感じたと思います。
──殺人鬼や暴力性のある人物の映画はいろいろある中で、生々しくて印象に残りました。
吉田 理想は・・・あまりいい趣味ではないけれど、海外の決定的瞬間みたいな映像や防犯カメラの映像、ああいうものなんです。画像が荒くてよく見えてないものでも、もっとひどいことをはっきり見える画でやっているホラーよりも生々しさがあるんですよね。映っているものは確実に現実だから。
──ドキュメンタリー思考なんですか?
吉田 だから、今回、アクション映画にならないようにしようと思っていたんです。ただ、全編それだと単調になるので、前半では作り込んだアクション部分をやっています。途中、音楽もハデにつけた場面がありますが、本来、中盤であれをやったら、後半もっと激しい場面を用意すべきなんですよ。ところが、「ヒメアノ〜ル」が、中盤過ぎると、音楽も少なめになってリアルな方向になるんです。みんなの期待と逆いってみようと思ったんです。
──え! と裏切られるところが多いですよね。タイトルが出てくるタイミングにも虚をつかれました。
吉田 途中でタイトル出すのもずっと昔からやろうと思っていたアイデアなんです。ある映画でやろうとしていたものの、作品が流れてしまって、いつかやろういつかやろうと思って、今回ついにできました。作品の内容にもちょうど良くて、ああ、この映画でやるために今まで流れたんだな、くらいの気持ちになりました。最初にやろうと思った時は、恋愛もので、ひとりの人とつきあって分かれて新しい恋がはじまる時にタイトルが入ることを考えていたんです。前の恋1時間、後の恋1時間で分けようと。
──コンセプチュアルですね。
吉田 飽きっぽいんですよ。普通のことをしていると飽きちゃうんです。
──はじまり方も面白いですよね。作品内容は知っていたので身構えて観たら、これまた意外なはじまり方でした。
吉田 前半と後半で、通行人のエキストラの衣裳の雰囲気も変えてるんです。テレビではできないことをしたいんですよね。例えば、最初15分くらい、テレビを観て、ちょっとコンビニに買い物に行って戻ってきたら、あれ、これさっき放送していたのと同じだっけ? という感じにするなんてできないと思いますが、映画ならそういうこともできると思ってやりました。
──前半後半ガラリと変わるんですけど、最初、白い空間に濱田岳さんが土足で入って汚します。その後を暗示させるような気がしました。
吉田 濱田岳さんとムロツヨシさんが演じている役がビルの清掃をしていて、白く塗った床を土足で歩いて、足跡つけてしまうっていうのは、僕のバイト時代の実体験です。かつて僕もそれをやって怒られました。
──ビル清掃のバイトをしていたんですか。以前、吉田監督は、塚本晋也監督の現場で照明の仕事をされていたそうですが、監督になってからも照明にはこだわりがありますか。
吉田 たいてい、監督は照明技術に関してはそれほど具体的に熟知してないから、こんな感じでとは指示できても、こういうやり方したらこうできるとはなかなか言えないものです。でも、僕はこうしたらこうなるっていうノウハウをもっているので、現場での対応が効きます。
──照明さんがプレッシャーなんじゃないかと(笑)。
吉田 今回の技師はめちゃ後輩でしたから、すごくやり辛かったと思います(笑)。たまに時間がないと、僕がフィルターを外しちゃったりして。そうなると、助手が照明技師と監督のどっちの言うことを聞いたらいいんだ? と悩むことになるんですよね(笑)。
──脚本や編集を兼務する監督はいますが、照明までやる人はあまり見ないですよね。
吉田 照明技師は照明のプランを作る仕事で、現場で動くのは助手なので、技師なら監督と兼務することもできなくはないんです。実際、「さんかく」ではやっていたのですが、観た人に「製作費がなかったの?」と聞かれたんです。自主映画だと、監督が美術も音楽も照明も全部やることもあるから、そのニオイを感じられてしまったみたいで。僕が元々照明をやっていたことを、映画業界の方は知っていても、観客は知らないから、監督がなんでもやらなくてはいけないようなすごい貧乏映画に見えるようなことはやめることにしました。
──それでもやっぱり照明にこだわっているように見えました。バイオレンス場面の照明もよかったです。
吉田 女性の肌は照明が大事なんですよ。赤い間接照明が多いのですが、そうすると、発色が黒ずんで肌の中で色の濃いところが余計に黒く見えてしまう。僕はそれがすごくいやで。白っぽい間接照明を用意してもらい、肌を柔らかそうに見せています。
──監督の撮る女性がきれいだったりかわいかったりするのは、そういう心遣いも要因なんですね。
吉田 すごくこだわります。太陽がここまで上がった時の光の角度が一番いいんだって、カットを撮る時間を分刻みで指定することもあるくらいですから。曇ったら意味ないんですけどね。「麦子さんと」という映画を撮った時は、堀北真希さんが振り向いてニコッと笑う場面をかわいく撮りたくて、何時何分に撮影とこだわりました。
──「ヒメアノ〜ル」ではそういう場面はないですか。
吉田 今回はフォトジェニックなものじゃなくていいと思っていたから、ないですねえ。
──基本、黒っぽい画面の中、最初の白い場面のほかに、明るい光が印象的なシーンがあります。あれは原作と違う部分ですか?
吉田 そうですね。あそこは、くそ映画作るぞ、と言いながら、僕のいい人の部分が出ちゃったところですね(笑)。見た方にも指摘されました(笑)。
--「ヒメアノ〜ル」を経て、今後は「くそ系」と「いい人系」のどちらの方向へ?
吉田 どっちもやりたいですね。妬み嫉みのような人のいやな感情の部分も描きたいです。あとは、今までやっていないスポーツもの。僕はボクシングを20年間やっているので、それを題材にした映画をやりたいです。
「トキワ荘の青春」みたいなボクシング映画を。トキワ荘のようなジムで、光を浴びるものもいれば去っていくものもいるみたいな切ない感じのものをやりたいです。
──ボクシングは何級ですか?
吉田 今、67キロだから、6キロくらい落として、ライト級ですかね。
──そんなに体重を落とせるものですか?
吉田 落とせますよ
──どうやって落とすんですか。
吉田 食わないんです。ダイエットしている女の人になかなか痩せないと聞くと、食わずに走れば痩せるよって思います(笑)。
──今も毎日トレーニングしているんですか。
吉田 1日2時間くらいですかね。最近は、ボルダリングに浮気していますが。
--ではいつかボクシング映画を。
吉田 はい、公言しておけばいつかやれるんじゃないかと思います。
(木俣冬)
「ヒメアノ〜ル」
原作 古谷実
脚本、監督 吉田恵輔
出演 森田剛 佐津川愛美 ムロツヨシ 濱田岳
5月28日(土)TOHOシネマズ 新宿ほか全国公開
(C)2016「ヒメアノ〜ル」製作委員会
ビルの清掃会社で働いている岡田(濱田岳)は、同僚の安藤(ムロツヨシ)から恋の懸け橋を頼まれる。
想い人・ユカ(佐津川愛美)はある男に執拗に追いかけられていた。その男・森田(森田剛)は、岡田の高校時代の同級生。当時、森田が高校で虐めに遭っていたことを知る岡田は不穏なものを感じる。その予感どおり、森田はサイコキラー化し殺人を重ねていた・・・。