作り手だけじゃない、売る人だって主役なんだ「重版出来!」2話
松田奈緒子原作による連続テレビドラマ『重版出来!』は、週刊マンガ雑誌の編集部とそこに関わる人々の“お仕事”を描いた物語だ。先週放送された第2話は、無気力な営業部員があるマンガを売っていくことで変化していく姿を描いた、ある意味『重版出来!』という作品を象徴するエピソードだった。
小泉純(坂口健太郎)はコミックを担当する営業部に回されて早3年。どうにも仕事に身が入らない毎日だ。上司の岡(生瀬勝久)にも、「お前、営業嫌いか?」と見抜かれている。
「というか、もともと情報誌の編集を希望していたもので……」と子どもみたいな言い訳をする小泉。岡に「自分の立っている場所がわからなければ、どこにも行けないと思うぞ」と叱咤されてもポカンとするばかりだ。
そんな中、地味ながら人気の芽が出てきていたコミック『タンポポ鉄道』の販売を、営業部をあげて仕掛けることになった。販売戦略といっても予算がかけられないから、返本されたコミックをバラして立ち読み用のお試し小冊子をつくり、それを書店に置いてもらうという極めて地味なもの。岡に命じられるまま、小泉は編集部からの応援として派遣されてきた黒沢心(黒木華)とともに書店を駈けずりまわることになる。
無尽蔵の体力とコミュ力を誇る心に引っ張られるように、書店への営業を続ける小泉。『タンポポ鉄道』という作品の良さもあいまって、2人の働きかけは書店員にも次第に波及していき、売り上げも伸びはじめる。人の動きと結果が目に見えるようになれば、仕事にも身が入るというもの。小泉はどんどん営業に前のめりになっていく。
書店のコミックコーナーだけでなく、旅行コーナーにも置いてもらうという小泉発案の営業戦略が功を奏し、『タンポポ鉄道』は次第に話題になっていく。たくさんの書店で取り扱われ、テレビの情報番組でも取り上げられる。劇中で繰り返し流れる主題歌、ユニコーンの「エコー」の歌詞「いっぱいいっぱい 鳴り響いて しみ込んでいけ」のとおりだ。
作品が、まるでタンポポの種のように、世界に広がっていく。その様子を目の当たりにした小泉は仕事中に思わず涙を流す。そして、ついに重版決定! ……それにしても、重版までの道のりは、これほどまでに遠く険しい。
視聴率は7.1%と前回を下回ったが、SNSには「泣いた」「ボロ泣きした」という視聴者の感想が溢れかえった。
大型書店のコミック担当者役を『週刊ブックレビュー』の司会を長年務めていた“読書界のミューズ”中江有里が演じるというくすぐりも、本好きのマニアックな視聴者層には届いていた模様。本の売り上げに大きな影響力を持つ『王様のブランチ』の読書コーナーが登場するのもツボを心得ている。
『重版出来!』という作品のポイントは、“出版不況”と呼ばれる、本や雑誌、マンガが売れないという出版界を取り巻く状況を色濃く反映している部分だ。
ドラマでは「マンガ雑誌も単行本も、一部のメジャータイトルを除けば売上は低迷している。それを売れと言われても無理がある」という小泉の身もフタもないモノローグで端的に示されている。電車の中で誰もマンガを読まず、ほとんどの人はスマホを弄ってばかり。これは現実社会でも見慣れた風景だ。
特にこの2話は、出版不況が物語の前景としてドンと置かれている。作り手たちの情熱やアーティスティックなこだわりはあって当然。しかし、それだけでは本は売れないのが出版不況の世界だ。ドラマではカットされたが、原作では先輩編集者の五百旗頭が次のように語っている。
「今、出版不況なんて言われてるけどな。バブルの頃からのツケが出てきた部分もあるんだ。ほっといても本が売れたから売る努力をしない営業も編集も山ほどいて、経費だけバカスカ使い込んで、そういう連中が雑誌を食い潰したんだ」
事実、90年代までは、良いもの、面白いものをつくりさえすれば、本は勝手に売れるものだという考え方が出版界に蔓延していた。出版不況が始まってすでに10数年経つが、驚くことにいまだそのムードを引きずっている編集者も大勢いる。また、多忙すぎて本を作ったはいいが売ることまで手が回らない編集者、営業との連携がとれない編集者も少なくない。先の五百旗頭の言葉は、岡が小泉に語りかけた次の言葉と対応している。
「マンガは、どんなに面白くても売れるとは限らない。勝手に売れる作品なんてない。売れた作品の裏には、必ず売った人間がいる。俺たちが売るんだ」
マンガに限らず、あらゆる本、雑誌、いや、あらゆる商品について同じことが言えるだろう。作る人だけではなく、売る人がいなければ商売は成立しない。
ドラマの中で五百旗頭は、編集者と営業、書店員の3者が連携することで本は大化けすることがあると説明するが、筆者の意見は少し違う。3者の連携は、もはや本を売るために必要不可欠な事柄だ(著者を含めて4者という考え方もある)。
いくら面白い本でも、編集者が売ろうとしない本は売れないし、営業部員が気に止めない本はやっぱり売れない。書店員が知らない本も当然ながら売れることはない。本を売るには、宣伝にかける予算がない中で「本を売りたい」と思っている人たちが、いかに連携し、創意工夫を行い、手間暇をかけられるかにかかっている。
『重版出来!』は、マンガ家という特殊な世界に生きる人々を支えるマンガ編集者を主人公に据えた物語だ。面白いマンガがバンバン売れる時代が舞台なら、マンガ家とマンガ編集者が火花を散らして面白いマンガを完成させ、めでたしめでたしとなっただろう。
たとえば、同じマンガ家たちの世界を描いた映画『バクマン。』では、主人公たちが『週刊少年ジャンプ』の読者アンケートで1位を目指すというストーリーに絞り込まれているため、営業部員たちが出来上がったマンガをいかに売るかまでは描かれていない。ここでは面白い作品をつくりあげることが何よりも大切な目標だ。
一方、『重版出来!』では、出版不況という大きなファクターが横たわることによって、作り手だけのお話では収まらなくなっている。出来上がった作品は、リレーのように多くの手の人を渡って読者のもとへと届けられる。その過程には様々な仕事とそれに携わる人がおり、結果として仕事をする人なら誰もが共感するストーリーになっているのだ。それがとりわけ強く前に出ているのが第2話であり、『重版出来!』という作品を象徴しているエピソードであるとした理由である。
余談だが、書店員手作りの大型POPを見た『タンポポ鉄道』の作者・八反カズオ(前野朋哉)と担当編集者の菊池(永岡佑)がボロ泣きするシーンがあるが、実際あれは泣く。筆者も自分の書籍で経験がある。感動を書店員さんに伝えると、「フフッ」という感じで返される感じもよくわかる。また、その本がある地方の書店で売上1位を獲得し、営業担当者が電車の中で泣いたというツイートを見かけてもらい泣きをした経験もある。
『重版出来!』というドラマは、仕事をする人なら誰でも共感できる物語である一方、出版界の現実をかなり詳しく描いているため、出版界の現状や重版の仕組みなどを知ることでさらに面白くなる(それが視聴率低迷の原因かもしれないのだが)。手前味噌ながら、重版についてはこちらが詳しいので、興味がある方はぜひご一読を。
「どうすれば重版するのか?」米光一成×大山くまお
(大山くまお)
小泉純(坂口健太郎)はコミックを担当する営業部に回されて早3年。どうにも仕事に身が入らない毎日だ。上司の岡(生瀬勝久)にも、「お前、営業嫌いか?」と見抜かれている。
そんな中、地味ながら人気の芽が出てきていたコミック『タンポポ鉄道』の販売を、営業部をあげて仕掛けることになった。販売戦略といっても予算がかけられないから、返本されたコミックをバラして立ち読み用のお試し小冊子をつくり、それを書店に置いてもらうという極めて地味なもの。岡に命じられるまま、小泉は編集部からの応援として派遣されてきた黒沢心(黒木華)とともに書店を駈けずりまわることになる。
無尽蔵の体力とコミュ力を誇る心に引っ張られるように、書店への営業を続ける小泉。『タンポポ鉄道』という作品の良さもあいまって、2人の働きかけは書店員にも次第に波及していき、売り上げも伸びはじめる。人の動きと結果が目に見えるようになれば、仕事にも身が入るというもの。小泉はどんどん営業に前のめりになっていく。
書店のコミックコーナーだけでなく、旅行コーナーにも置いてもらうという小泉発案の営業戦略が功を奏し、『タンポポ鉄道』は次第に話題になっていく。たくさんの書店で取り扱われ、テレビの情報番組でも取り上げられる。劇中で繰り返し流れる主題歌、ユニコーンの「エコー」の歌詞「いっぱいいっぱい 鳴り響いて しみ込んでいけ」のとおりだ。
作品が、まるでタンポポの種のように、世界に広がっていく。その様子を目の当たりにした小泉は仕事中に思わず涙を流す。そして、ついに重版決定! ……それにしても、重版までの道のりは、これほどまでに遠く険しい。
マンガは、どんなに面白くても売れるとは限らない
視聴率は7.1%と前回を下回ったが、SNSには「泣いた」「ボロ泣きした」という視聴者の感想が溢れかえった。
大型書店のコミック担当者役を『週刊ブックレビュー』の司会を長年務めていた“読書界のミューズ”中江有里が演じるというくすぐりも、本好きのマニアックな視聴者層には届いていた模様。本の売り上げに大きな影響力を持つ『王様のブランチ』の読書コーナーが登場するのもツボを心得ている。
『重版出来!』という作品のポイントは、“出版不況”と呼ばれる、本や雑誌、マンガが売れないという出版界を取り巻く状況を色濃く反映している部分だ。
ドラマでは「マンガ雑誌も単行本も、一部のメジャータイトルを除けば売上は低迷している。それを売れと言われても無理がある」という小泉の身もフタもないモノローグで端的に示されている。電車の中で誰もマンガを読まず、ほとんどの人はスマホを弄ってばかり。これは現実社会でも見慣れた風景だ。
特にこの2話は、出版不況が物語の前景としてドンと置かれている。作り手たちの情熱やアーティスティックなこだわりはあって当然。しかし、それだけでは本は売れないのが出版不況の世界だ。ドラマではカットされたが、原作では先輩編集者の五百旗頭が次のように語っている。
「今、出版不況なんて言われてるけどな。バブルの頃からのツケが出てきた部分もあるんだ。ほっといても本が売れたから売る努力をしない営業も編集も山ほどいて、経費だけバカスカ使い込んで、そういう連中が雑誌を食い潰したんだ」
事実、90年代までは、良いもの、面白いものをつくりさえすれば、本は勝手に売れるものだという考え方が出版界に蔓延していた。出版不況が始まってすでに10数年経つが、驚くことにいまだそのムードを引きずっている編集者も大勢いる。また、多忙すぎて本を作ったはいいが売ることまで手が回らない編集者、営業との連携がとれない編集者も少なくない。先の五百旗頭の言葉は、岡が小泉に語りかけた次の言葉と対応している。
「マンガは、どんなに面白くても売れるとは限らない。勝手に売れる作品なんてない。売れた作品の裏には、必ず売った人間がいる。俺たちが売るんだ」
マンガに限らず、あらゆる本、雑誌、いや、あらゆる商品について同じことが言えるだろう。作る人だけではなく、売る人がいなければ商売は成立しない。
出版不況の中で本を売るということ
ドラマの中で五百旗頭は、編集者と営業、書店員の3者が連携することで本は大化けすることがあると説明するが、筆者の意見は少し違う。3者の連携は、もはや本を売るために必要不可欠な事柄だ(著者を含めて4者という考え方もある)。
いくら面白い本でも、編集者が売ろうとしない本は売れないし、営業部員が気に止めない本はやっぱり売れない。書店員が知らない本も当然ながら売れることはない。本を売るには、宣伝にかける予算がない中で「本を売りたい」と思っている人たちが、いかに連携し、創意工夫を行い、手間暇をかけられるかにかかっている。
『重版出来!』は、マンガ家という特殊な世界に生きる人々を支えるマンガ編集者を主人公に据えた物語だ。面白いマンガがバンバン売れる時代が舞台なら、マンガ家とマンガ編集者が火花を散らして面白いマンガを完成させ、めでたしめでたしとなっただろう。
たとえば、同じマンガ家たちの世界を描いた映画『バクマン。』では、主人公たちが『週刊少年ジャンプ』の読者アンケートで1位を目指すというストーリーに絞り込まれているため、営業部員たちが出来上がったマンガをいかに売るかまでは描かれていない。ここでは面白い作品をつくりあげることが何よりも大切な目標だ。
一方、『重版出来!』では、出版不況という大きなファクターが横たわることによって、作り手だけのお話では収まらなくなっている。出来上がった作品は、リレーのように多くの手の人を渡って読者のもとへと届けられる。その過程には様々な仕事とそれに携わる人がおり、結果として仕事をする人なら誰もが共感するストーリーになっているのだ。それがとりわけ強く前に出ているのが第2話であり、『重版出来!』という作品を象徴しているエピソードであるとした理由である。
余談だが、書店員手作りの大型POPを見た『タンポポ鉄道』の作者・八反カズオ(前野朋哉)と担当編集者の菊池(永岡佑)がボロ泣きするシーンがあるが、実際あれは泣く。筆者も自分の書籍で経験がある。感動を書店員さんに伝えると、「フフッ」という感じで返される感じもよくわかる。また、その本がある地方の書店で売上1位を獲得し、営業担当者が電車の中で泣いたというツイートを見かけてもらい泣きをした経験もある。
『重版出来!』というドラマは、仕事をする人なら誰でも共感できる物語である一方、出版界の現実をかなり詳しく描いているため、出版界の現状や重版の仕組みなどを知ることでさらに面白くなる(それが視聴率低迷の原因かもしれないのだが)。手前味噌ながら、重版についてはこちらが詳しいので、興味がある方はぜひご一読を。
「どうすれば重版するのか?」米光一成×大山くまお
(大山くまお)