止まらない石油密売 「イスラム国」が空爆で弱らないワケ
イスラム過激派組織「イスラム国(以下、IS)」による、日本人人質事件から一年あまり。
最近では、一時期ほど「シリア紛争」や「IS」についての過熱した報道はなくなったが、実際には問題は何一つ片付いてはいない。
アメリカをはじめとする連合国やロシアによる空爆を受けているにもかかわらず、ISが決定的なダメージを負わないのはなぜなのか?
なぜISへのヒト・モノ・カネの流入が止まらないのか?
シリア紛争に早期停戦の望みはあるのか?
多くの人が感じているであろうこうした疑問について、『石油・武器・麻薬 中東紛争の正体』(講談社刊)の著者で現代イスラム研究者の宮田律さんにお話を聞いた。
◇ ◇ ◇
――宮田さんは著書『石油・武器・麻薬 中東紛争の正体』で、これらの3つの要素が今の中東の混乱にどのように影響しているのかを解き明かしています。まずは「石油」についてですが、原油価格は相変わらず下落したままですね。
宮田:原油価格の下落は2014年の11月から始まりましたが、これが現在の中東の紛争の政治的な要因になっていると思っています。
たとえば、スンニ派が多数を占めるサウジアラビアは今イエメンで活動しているシーア派過激派組織の「フーシー」を空爆したり、やはりシーア派が多いイランと対立したりしていますが、これは原油価格の下落による歳入減で国内にたまった不満をかわしたり、王政の矛盾を隠したいという意図があるのではないでしょうか。
――今の中東紛争の中心にいるのはやはりISです。たとえばイラクも産油国ですが、原油価格の下落はISとの戦闘に資金面で影響を与えてしまうのではないですか?
宮田:それはあるでしょうね。ただ、それがなくてもイラクの現体制はアメリカの支えがないと立ち行かないとは思いますが。
――また、本の中ではISがシリアのアサド政権に石油を密売しているということも指摘されていました。
宮田:今のアサド政権は石油の入手ルートがあまりありません。
国内の油田はISが押さえているところが多いですし、輸入するとしたらトルコを経由してロシアの石油を買うということになるのでしょうが、トルコはアサド政権と対立していますから、トルコからシリアに輸入するのは難しい。
他から石油を買えないだけに、ISが持っている石油はアサド政権にとって重要です。彼らはイラクの石油関連施設も支配していますが、規模でいえばそちらの方が断然大きいので、アサド政権にわたる石油は基本的にイラクから入ってきていると考えられます。
――シリアの内戦は「シリア政府軍」と「反政府勢力」、そして「IS」が三つ巴になって戦っているとされます。こうした石油のやりとりがありながら、戦ってもいるというのは不思議な感じがします。
宮田:だからかわかりませんが、シリアで政府軍とISが直接ぶつかっている様子があまりないんですよ。シリア政府軍はもっぱら「ヌスラ戦線」や「自由シリア軍」といった反政府勢力と戦っています。
だから、ISがシリアで戦っているのは主にシリアの反政府勢力なんです。
――対ISの連合軍による空爆によって、ISの石油密輸からの収入は減っているとされていますが、「買い手」がいる以上、依然としてかなりの額を稼いでいると考えていいのでしょうか。
宮田:見落としがちですが、アメリカはIS支配地域のうちのイラク側にある石油施設はあまり空爆していません。アメリカの資本が入っていますし、規模が大きいので奪還した後のことを考えると壊すに壊せないんです。
そのため、石油関連施設への空爆はシリア側がほとんどなのですが、シリアの油田はイラクと比べると小規模です。イラク側の石油施設が残っている以上、密輸による収入は今もかなり多いと考えています。
――そうした空爆の事情もあってか、国内最大規模の石油施設があるバイジでは、イラク軍とISの攻防が続いていますね。
宮田:バイジにはイラク有数の製油所がありますから、やはりおいそれとは空爆できません。それもあって、取ったり取り返されたりといった状況になっていますね。
――アメリカをはじめとした有志連合の空爆はある程度効果を発揮しているのはまちがいないにしても、本書を読むとバイジに限らずイラクの主要な油田は依然としてイラク政府軍とISが奪い合っていることがわかります。
昨年末、IS支配下にあったラマディをイラク軍が奪還した際にアバディ首相が「2016年は最終勝利の年」と発言しましたが、まだ予断を許さない状況と見るべきでしょうか。
宮田:ラマディとティクリートは奪還しましたが、その他の地域を見るとISが支配している場所はまだ多く残っています。
ただ、ISがだんだんと支配地域を失いつつあるのは確かで、そうなると懸念すべきはISが「単なるテロ組織」になっていくことです。
もちろん、これまでもISはテロをやってきたのですが、支配地域の行政を担うといったある意味「政治的な組織」でもあったわけです。
支配地域を失うことでそういった政治的な側面が薄れて、より「テロ集団」としての性格が強くなっていく可能性があります。現にバグダッドやイスタンブールでテロを起こしていますしね。
――ISが支配地域の外に出てテロを起こし始めている状況で、気になるのはやはり「日本が標的になる可能性です。
宮田:今のところISが日本を狙う動機はあまりないですし、「優先順位」は低いでしょう。
たとえばフランスがテロの標的になるというのは、フランス国内でのムスリムの冷遇という背景がありますが、日本の場合「そもそも移民を入れない」という問題はあるにせよ、ムスリムを冷遇したり差別したりといったことはありません。
それと、アジアは地理的に遠いですからね。わざわざ海を渡って日本に来てテロを起こそうという気にはなかなかならないのではないでしょうか。
ヨーロッパでテロが多い要因の一つは「陸続き」だということです。テロの「優先順位」でいえばアメリカは高いはずですが、アメリカで生まれ育ったムスリムがテロを起こすことはあっても、中東からテロをするためにアメリカに渡る人はあまりいません。
(後編につづく)
最近では、一時期ほど「シリア紛争」や「IS」についての過熱した報道はなくなったが、実際には問題は何一つ片付いてはいない。
アメリカをはじめとする連合国やロシアによる空爆を受けているにもかかわらず、ISが決定的なダメージを負わないのはなぜなのか?
なぜISへのヒト・モノ・カネの流入が止まらないのか?
シリア紛争に早期停戦の望みはあるのか?
多くの人が感じているであろうこうした疑問について、『石油・武器・麻薬 中東紛争の正体』(講談社刊)の著者で現代イスラム研究者の宮田律さんにお話を聞いた。
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宮田:原油価格の下落は2014年の11月から始まりましたが、これが現在の中東の紛争の政治的な要因になっていると思っています。
たとえば、スンニ派が多数を占めるサウジアラビアは今イエメンで活動しているシーア派過激派組織の「フーシー」を空爆したり、やはりシーア派が多いイランと対立したりしていますが、これは原油価格の下落による歳入減で国内にたまった不満をかわしたり、王政の矛盾を隠したいという意図があるのではないでしょうか。
――今の中東紛争の中心にいるのはやはりISです。たとえばイラクも産油国ですが、原油価格の下落はISとの戦闘に資金面で影響を与えてしまうのではないですか?
宮田:それはあるでしょうね。ただ、それがなくてもイラクの現体制はアメリカの支えがないと立ち行かないとは思いますが。
――また、本の中ではISがシリアのアサド政権に石油を密売しているということも指摘されていました。
宮田:今のアサド政権は石油の入手ルートがあまりありません。
国内の油田はISが押さえているところが多いですし、輸入するとしたらトルコを経由してロシアの石油を買うということになるのでしょうが、トルコはアサド政権と対立していますから、トルコからシリアに輸入するのは難しい。
他から石油を買えないだけに、ISが持っている石油はアサド政権にとって重要です。彼らはイラクの石油関連施設も支配していますが、規模でいえばそちらの方が断然大きいので、アサド政権にわたる石油は基本的にイラクから入ってきていると考えられます。
――シリアの内戦は「シリア政府軍」と「反政府勢力」、そして「IS」が三つ巴になって戦っているとされます。こうした石油のやりとりがありながら、戦ってもいるというのは不思議な感じがします。
宮田:だからかわかりませんが、シリアで政府軍とISが直接ぶつかっている様子があまりないんですよ。シリア政府軍はもっぱら「ヌスラ戦線」や「自由シリア軍」といった反政府勢力と戦っています。
だから、ISがシリアで戦っているのは主にシリアの反政府勢力なんです。
――対ISの連合軍による空爆によって、ISの石油密輸からの収入は減っているとされていますが、「買い手」がいる以上、依然としてかなりの額を稼いでいると考えていいのでしょうか。
宮田:見落としがちですが、アメリカはIS支配地域のうちのイラク側にある石油施設はあまり空爆していません。アメリカの資本が入っていますし、規模が大きいので奪還した後のことを考えると壊すに壊せないんです。
そのため、石油関連施設への空爆はシリア側がほとんどなのですが、シリアの油田はイラクと比べると小規模です。イラク側の石油施設が残っている以上、密輸による収入は今もかなり多いと考えています。
――そうした空爆の事情もあってか、国内最大規模の石油施設があるバイジでは、イラク軍とISの攻防が続いていますね。
宮田:バイジにはイラク有数の製油所がありますから、やはりおいそれとは空爆できません。それもあって、取ったり取り返されたりといった状況になっていますね。
――アメリカをはじめとした有志連合の空爆はある程度効果を発揮しているのはまちがいないにしても、本書を読むとバイジに限らずイラクの主要な油田は依然としてイラク政府軍とISが奪い合っていることがわかります。
昨年末、IS支配下にあったラマディをイラク軍が奪還した際にアバディ首相が「2016年は最終勝利の年」と発言しましたが、まだ予断を許さない状況と見るべきでしょうか。
宮田:ラマディとティクリートは奪還しましたが、その他の地域を見るとISが支配している場所はまだ多く残っています。
ただ、ISがだんだんと支配地域を失いつつあるのは確かで、そうなると懸念すべきはISが「単なるテロ組織」になっていくことです。
もちろん、これまでもISはテロをやってきたのですが、支配地域の行政を担うといったある意味「政治的な組織」でもあったわけです。
支配地域を失うことでそういった政治的な側面が薄れて、より「テロ集団」としての性格が強くなっていく可能性があります。現にバグダッドやイスタンブールでテロを起こしていますしね。
――ISが支配地域の外に出てテロを起こし始めている状況で、気になるのはやはり「日本が標的になる可能性です。
宮田:今のところISが日本を狙う動機はあまりないですし、「優先順位」は低いでしょう。
たとえばフランスがテロの標的になるというのは、フランス国内でのムスリムの冷遇という背景がありますが、日本の場合「そもそも移民を入れない」という問題はあるにせよ、ムスリムを冷遇したり差別したりといったことはありません。
それと、アジアは地理的に遠いですからね。わざわざ海を渡って日本に来てテロを起こそうという気にはなかなかならないのではないでしょうか。
ヨーロッパでテロが多い要因の一つは「陸続き」だということです。テロの「優先順位」でいえばアメリカは高いはずですが、アメリカで生まれ育ったムスリムがテロを起こすことはあっても、中東からテロをするためにアメリカに渡る人はあまりいません。
(後編につづく)