県立小豆島高等学校(香川)
2015年秋、オリーブと醤油と映画「二十四の瞳」など観光地として名高い小豆島は3年半の歳月を重ね再び「野球の島」となった。選手17人・部員19人の香川県立小豆島高校野球部が決勝戦で高松商を延長12回・2対1で破り2012年春に続き香川県大会を制覇。初の秋季四国大会出場の会場・JAアグリあなんスタジアムには瀬戸内海を渡り大勢の島民が詰め掛けることに。試合は3対4で土佐に惜敗したものの、高松商が明治神宮大会優勝、さらに小豆島がセンバツ21世紀枠四国地区代表校にも選ばれたことで、2016年はにわかに小豆島にスポットが当たっている。
そんな彼らの下支えとなったのは2014年冬から取り組んできた選手主導の「ボトムアップ」。その創り方を丁寧に探ってみた。
約束事あっての「ボトムアップ」部室内に掲げられた「お品書き」(県立小豆島高等学校)
香川県の県庁所在地・高松市にある高松港と島を結ぶ港の1つ・草壁港から神懸山へ向かって20分ほど上り坂を歩んだところにある小豆島高校。その校舎前にある野球部グラウンド・通称「Pirates Ball Park」内にある部室は、様々な形の「目標」や「約束事」で埋め尽くされている。
入り口で目を落とすとすぐ視界に入ったのは、ポジション別・月別に詳細に記された成長進捗計画書。右側に転じると「1人1役リーダー制」の分担表。首を回して上を見ると月別のチーム目標とチームをレストランに見立てた3月開店予定「レストランパイレーツ」のお品書き。その最後には「ボトムアップ仕立て」と締められていた。まずはその真意を杉吉 勇輝監督に聴いてみよう。
「他校を知らないので比較はできませんが、約束事は多いと思います。自律を目指すためには情報や、どこまでを選手がして、どこまでをスタッフが行うかというような線引きは必要だと思います。ルールもたくさんあります。プレーであれば単純ですが『どこに投げるか』ということも決めています。フォースプレーは胸、タッチプレーは膝といったことなど。遅刻をしたり、テストで欠点を取ったらこうというものもあります」
2006年には広島観音高校でインターハイを制覇。現在では安芸南監督を務めるサッカー指導者・畑 喜美夫氏を発信源とする「ボトムアップ」。選手主導で練習方法の一部や試合戦術を定めていく手法を達成するためには、こういった約束事や目標設定なしにはなにも始まらない。よって小豆島では部則を含め、このようなルールは全て明文化しており、最初に選手に提示する。
「僕らの入学時は監督から、1年生の入学時には僕らから教えました」1番・遊撃手で主将・樋本 尚也(2年)がその手順を説明してくれた。「どこまで自分がやっていいのかは難しい」(杉吉監督)。だからこそ、判断範囲のベースはまず指導する側が作ってあげる。ここが「ボトムアップ=自律」への第一段階となる。
自律=「大人になる」ための活動では、杉吉監督自身は高校球児における「自律」するための条件をどのように捉えているのだろうか?
その礎は丸亀高校から進み、1年春からベンチ入りの機会に恵まれた慶應義塾大で培われた。当時は「enjoy baseball」という旗印の下、入学当初は「高橋 由伸さん(現:巨人監督)がオフになると自主トレーニングに来るんですが、バッティングで簡単にセンターへボールを返す」姿に驚きつつ、「死球を受けると『痛い、クソ〜』と言って後で後悔するタイプ」だった杉吉選手。ただ、上級生に差し掛かったときに、その点について同級生から厳しい指摘を受ける。
[page_break:「Mr.X」などから見える「自らの目指す姿」]杉吉 勇輝監督の話を聴く野球部の19人(県立小豆島高等学校)
「一浪で入学してコツコツ努力して、主将になって最後の秋(2004年)に首位打者になった中村 太郎さん(埼玉県立大宮高校出身)から『その行動、ダメでしょ。そこで言えばカッコよく見えるかもしれないけど。本当にかっこいいのはそこで大丈夫と言って、あとでアイシングする奴と違うか』といわれて、ハッとなったんですよ」
これが自律を促す今の指導方針に続いている杉吉監督。そんな今だからこそ、自らの高校時代をなぞらえて、こんな反省もしてくれた。「でも、それでは遅いんですよね。実際、僕は丸亀で甲子園に出た(2000年春夏連続出場)時、夏に宇都宮学園(栃木・現:文星芸大附)戦でエラーした後は一切覚えていなくて、気付いたらベンチ前で相手校の校歌を聞いていた(3対5で初戦敗退)。僕は自律できていなかったから、大舞台に立つほどうまくいかなかったし甲子園で勝てなかったんです」
そんな監督が提示したキーワードは「大人になること」である。「大人になるといってもいろいろあるんですが、まず言えば野球がうまくなっても、うまくならなくても、自分で責任を取ること。よく言います。『うまくならなかったのは指導者のせい』。いや、違います。うまくならなかったのは自分のせいなんです。様々なことについて1人ずつ、全部員が責任者になってもらう『一人一役リーダー制』もその一環ですね。
もう1つはそんな自分を客観視できること。たとえば、緊張しているときでも『俺は緊張していないんだ』と言いますよね?それを認めてどうしていくかを考えていくことが大事なんです。だから『Mr.X』をやって、客観的に自分を見るように導いていくんです。それが打席に立った時に苦手な投手の配球を読んだり、相手の出方を見る行動に結びついていく。試合を戦っていて先制されていても『あ、まだ初回やん』となる。一発勝負のトーナメントにおいてそれが不可欠だと思います」
「Mr.X」 丸亀高校時代の恩師であり、昨年夏まで坂出監督だった構口 秀敏氏から踏襲した、自分を客観視するために部員全員の前で評価をもらう活動である。取材日の冒頭に行われたのは正にそれであった。
「Mr.X」などから見える「自らの目指す姿」「四国大会、三塁線のあの打球が取れなかったことを覚えているか?」手紙を読む選手の視線の先にいるのは三塁手の須藤 巧巳(2年)。その声は土佐との初戦で2回裏・先制点を許した守備を冷静に指摘する。
ただ、指摘するだけではない。「もっと三塁線のfungo(ノック)を受けた方がいい」。その1球を捕るためにどんな練習が必要か。どんな選手なのか。18人が学年・ポジションの垣根を取り去り、時にはユーモアも加えながら、グラウンド内外の行動や心技体について詳細に「甲子園で校歌を歌うために」目指すべき姿を明快に教えてくれる。
その概念はトレーニング中心の練習にも見て取れた。空き教室を利用したトレーニングルームには選手17人の数値が全て記されていた。隠し事は一切ない。誰にでも進捗が解る。しかも、このトレーニングルームは野球部が自主管理している。責任者はフォームのチェックや体重管理をしているトレーニングチーフの下地 潤哉(2年)。「全員で(スクワットなどのバーベルなどを)上げろ!!」と記された今日の一言を眺めながら、彼はこんな話をしてくれた。「将来はトレーニングジムを開きたいと思っているので、選手たちの体重が上がったり、身体が大きくなることにやりがいを感じます」
高校時代の先をも見据えて進む。「自律」の姿がここにもある。
[page_break:選手主導で昇る「自律」の階段]選手主導で昇る「自律」の階段左から 下地 潤哉トレーニングチーフと河原 愛都ランニングチーフ(県立小豆島高等学校)
そんな自律は成功に結びつくための手段。ただ、小豆島ではこれがすぐに成功に結びつくことを求めていない。それこそが小豆島が2014年冬から採り入れている「ボトムアップ」の考え方である。再び杉吉監督に話を聴こう。
「以前は『成功しないといけない。成功するようにして選手に渡してあげないといけない』と思っていたんです。でも、昨年12月に畑先生のボトムアップ理論を聴いて『失敗させてあげることで気付きがある。失敗したときにフォローしてあげればいい。失敗に気付かないから同じ失敗を繰り返す。成長しない。失敗が次の成功につながる』ということに気付いたんですよね」
その気付きが試合や練習における選手主導のプランニングへとつながっていった。練習では「メニューが切れるごとにマウンド上に集まって1分間で確認する」(樋本)。一方、練習試合を含めた試合プランニングはこんな流れである。
1.試合前日、スタッフが対戦相手の情報を提供2.選手たちが情報を土台に話し合い、試合のテーマを設定3.試合中にも微調整を施しつつ、5回のグラウンド整備時にテーマ達成度確認。再設定。
「最初は決まった人からしか意見が出なかったけど、だんだんみんなから意見が出るようになった」と主将が振り返る成長の過程。そのミーティングをランニングチーフ及びファシリテーターとして司るのが河原 愛都(2年)だ。
「試合前にテーマ・守備・攻撃・走塁・メンタルの5項目について、どのように進めていくかを決めて、それを試合中に色々な情報を入れながら評価していく。そして5回に再度評価して修正をかけるんです。これをすると負けていても慌てないし、自分たちが試合を作れている実感があるんです」
ちなみに延長12回・2対1で勝利した香川県大会・高松商戦の場合は事前に「大胆に守備位置を取る」と確認していた守備作戦が奏功。これが秋の香川県初頂点獲得につながった。ただ、昨年秋は四国大会に出場したからこそ明確な課題も見えた。「特にコミュニケーション面でチーム内には適応できているが、チーム外にはまだ適応できていない」。杉吉監督も指摘した持ち味を出しきれずに終わった土佐戦。その残像と県大会での収穫を配合しながら、彼らは次の舞台へ向かって歩を進める。
「高松商が明治神宮大会で勝つことができたので、僕らも力を付けたら勝てる可能性があると思っている。そのためには冬の技術練習は個人に任されている部分が大きいので、もっと選手間同士で話し合いながら、今は大会で勝つことを考えてがんばっていきたい」(主将・樋本)。
春へ向けてのチームスローガンは「変化・進化・開花」。そこを実現する場所がどこであろうとも彼らは選手主導で「自律」の階段を1つずつ昇っていく。
(取材・写真:寺下 友徳)
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