『ユニコ』手塚治虫(著)/リトルモア

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手塚治虫のマンガと聞いて何を思い出すだろうか。『鉄腕アトム』『火の鳥』『ブラック・ジャック』など、数々の名作は今も変わらず愛され続けているが、600以上もある手塚作品の中には世間にあまり知られていないものもある。

そんな隠れた手塚作品のひとつ『ユニコ』がこの度、オールカラーの完全版で復活した。
伝説の一角獣=ユニコーンの子どもである“ユニコ”は、ビーナスの怒りにふれ、記憶を奪われたまま時空を超え、さすらいの旅を続ける。そのなかで、インディアンの子どもや、孤独なお姫様、飼い主に捨てられてしまった猫をはじめ、多くの人や動物と出会い彼らのピンチを救っていく物語だ。

1976年より雑誌『リリカ』で連載を開始し1981年に映画化もされたが、リアルタイムで知らない世代は馴染みの薄い作品かもしれない。今回オールカラーで復刊することになった経緯を手塚プロダクションの鈴木さんに伺った。
「個人的に好きな作品ですし、ユニコが好きだったという人は少なくないと思うのですが、世の中から忘れかけられている現状に、歯がゆい思いをもっていました」

鈴木さんはユニコを世に出すために、絵本化や商品化の企画を考えていたそうだ。「原作自体がほとんど出版されてなく、特にカラー版は手に入らないという状況であることに気づきました。せっかく出すのならユニコを知らない新しい世代にも知っていただきたいと思い、出版社のリトルモアさんに伺いました。リトルモアさんからぜひ出版をしたいと言っていただいたときは飛び上がって喜びました!」

そんな鈴木さんの想いからオールカラーの新版で出版された『ユニコ』。個人的には『ユニコ』を知らない世代に入り、本書で初めて存在を知ったのだが、読んでみるとユニコのかわいらしさにときめくばかりだった。ユニコは時代と場所をさまようたびにそれまでの記憶をすべてなくしてしまうのだが、その際、伏し目がちに「何も覚えてないの……」と心細そうにしている姿は毎回抱きしめたくなってしまうし、角が木に刺さってしまい動けなくなってしまったユニコの姿は可哀想なのにかわいくて、ついプッと吹き出してしまう。

鈴木さんはユニコのプリッとしたお尻や、抱っこされている無防備な姿にキュンとするそうだが、おすすめのシーンも教えていただいた。
「『野牛の丘』で“ぼくを捨てないで”とティピに抱かれながら互いの友情を約束する切ないシーンや、『ふるさとをたずねて』でユニコや兄弟達のちびっこいユニコーンたちが、ピンクのゼリーのごちそうの山をこぞって食べているシーンはかわいくて何回見てもワクワクします!」

また、ユニコは子どもなのに、大人がはっとするようなことも言う。
「自分を愛してくれた人達がまちがった行動をしそうなときに、いきなり常識的な大人びた発言をするときや、彼らが思い通りにいかずユニコを責めるときにじっと我慢をするようなところは、見た目とのギャップにドキッとします」と鈴木さん。
かわいいだけじゃなく、読者が普段の生活で忘れがちな大切なことを思い出すきっかけを与えてくれるのも魅力のひとつだろう。

銀座松屋で先行販売を行った際には「懐かしい」とユニコに親しんでいた方から、初めてユニコを見てそのかわいさの虜になってしまった方まで幅広い世代の方々が手にとっていったようだが、鈴木さんは特に20代から30代の女性に読んでほしいという。
「この世代はほとんどユニコを知らない世代だと思いますが、大人になってある程度社会の機微を経験してから読むと、より味わい深く楽しんでいただけると思っているからです」
「子供向けに描かれた童話ですが、その内容は現実社会のシビアな問題がテーマとして含まれているので、単なる美しく切ないファンタジーだけでない、手塚治虫の作品の面白さを感じていただけると思います」

『ユニコ』を読んでいると、無邪気な子猫の動画をみているときと同じように癒されることが多々あったのだが、「疲れたときや自分を見失いそうになったとき、内なる良心やかつて抱いていた夢を見つめなおすきっかけになったり、癒されたり……。そんな女性の心に寄り添う存在として本が皆さんのそばに居られるようになれば嬉しいです」と鈴木さんの想いを知って納得した。

『ユニコ』はそのときの気分によって、感じ方・受け止め方が変わるマンガなのかもしれない。だからこそ飽きることなく手元に置き続けることができるはずだ。癒し、ときめき、叱咤や問いかけ……皆さんは何を感じるだろうか。
(上村逸美/boox)