「高額所得者公示制度」が発表された1948年〜現在まで、その時代時代にどのような億万長者がいたのかを俯瞰する『日本の長者番付: 戦後億万長者の盛衰』(菊地浩之著・平凡社新書刊)

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「あの人、年収1000万円あるらしいよ」みたいな、人のお金の話はみんな大好きだ。

特に、友達や自分の話ではなく、浮世離れした大金持ちの話となれば、お金の話に特有の気まずさも皆無。「いいなぁ……」と素直に羨んだり、嫉妬心を爆発させて根拠のない悪口を言ってみたりと、言いたい放題で楽しめるので、宴席で話題に上がることも多いだろう。

そんな私たち庶民の興味を引きつけてやまなかったのが、高額所得者を公示する“長者番付”だ。正式名称は「高額納税者公示制度」。日本では1948年から発表が始まった制度だ。

だが、この制度では所得額と氏名はもとより、住所までバッチリ公開されていたことが、いつしか問題視されるようになった。そして個人情報保護法が全面施行された2005年を最後に廃止されたのだが、その50年を超える歴史をまとめた本がこのたび登場した。

その本は『日本の長者番付 戦後億万長者の盛衰』(菊地浩之著・平凡社新書刊)。1948年〜2005年までの各年の長者番付トップテンを掲載し、戦後日本の大金持ちの歴史を俯瞰した1冊だ。なお1998年以降については、『フォーブス 日本版』発表の「日本の億万長者」をもとに、同じく各年のトップテンを紹介している。

そのトップテンには、目の飛び出るような所得額とともに、お金持ちの名前がズラズラと並んでいるので、それだけで庶民根性を刺激されて面白いのだが、本書の読みどころはほかにもある。

まずは、「なぜ長者番付の制度が始まったのか」という理由がハッキリと分かること。その理由が明らかになるのは、制度が始まった1948年(47年度)の長者番付。なんとこの年のトップ10の人々は、その大半が闇市での取引や贈収賄、脱税などにより後に裁判沙汰になっているのだ。菊地氏の言葉を借りれば、「『高額所得者公示制度』の成立当初の目的は、闇市全盛だった戦後日本の違法所得者のチェックのためだった」のである。

また、この闇市の話のように、長者番付トップテンの面々を見ることで、その時代の日本の経済状況・社会状況が分かる点も面白い。トップテンが炭鉱業社ばかりで占められている年もあれば、爆発的な地価上昇により“土地長者”ばかりになる時期もあり、消費者金融業の人々が上位を席巻した年もある。「長者番付はある意味、その時代、時代の背景を映す『鏡』」なのだ。

なお、日本の長者番付は「その年の納税額」をもとにしたランキングのため、大量の土地を手放して高額な税金を収めた人がランクインすることも多い。そのため「この人誰?」という世間的に無名な人も想像以上に多いのだが、その中で知った名前が出てくると「おお!」と嬉しくなる。

松下幸之助、本田宗一郎、中内功といった名前が出てくると「もうそんな時代か……」と体感できるし、小室哲哉の名前が急に登場したりすると、CDが爆発的に売れていた時代に思いを馳せつつも世の儚さも感じてしまう。

経済、社会状況を映し出すだけでなく、盛者必衰の理までもあらわす長者番付。その歴史を俯瞰した本書は、戦後日本をしみじみ振り返りながら読めむことのできる1冊だ。
(古澤誠一郎)