野茂氏、18年前の没収試合「覚えてる? はい」
日本人メジャーのパイオニアである野茂英雄氏 (44)が、ドジャー・スタジアムのドジャース・レイズ戦で始球式。ともに在籍経験のある両球団の後輩らを前にトルネード投法を披露すると、満員のファン から声援を送られた。8月10日はデビュー1年目に登板し、最近34年間で1度しかない没収試合が行われた日。当時、現場で取材した蛭間記者が「ヒルマニ ア」で、再現する。
セレモニー後の会見。「18年前のきょう(95年8月10日)、没収試合になったのは覚えていますか?」の質問に野茂さんは「はい」と一言答えただけだった。
が、この試合はメジャーにとっても80年以降の34年間でただ1度しかない、試合続行不可能の没収試合となった日。私にとっても、メジャー公式戦取材2試合目で遭遇した事件だった。
その時点で奪三振とともに防御率でも1・89でナ・リーグトップに立っていた。その日は、オールスター戦も先発して人気急上昇中のト ルネードが登板することに加え、“ボールナイト”として、来場者全員にボールがプレゼントされたこともあり、本拠ドジャー・スタジアムに5万3361人も のファンが詰めかけていた。
野茂さんは2回にジョーダン、4回にスウィーニーにソロ本塁打を浴びたものの、味方打線の反撃を待ち続けた。1点差に迫った8回裏、主砲キャロス が1ボール2ストライク後の外角スライダーを見逃したが、クイック球審のコールはストライク。これに端を発して、ド軍にとって厳しい判定が続きキャロス、 モンデシー、そしてラソーダ監督までもが退場となった。
この時、激怒した数人のファンがボールを投げ込んだ。ラソーダ監督が「もっと投げろ」と催促のポーズをしたからたまらない。数千個が、それも審判 団や相手カージナルスの選手目がけて投げ込まれた。一向にやむ気配がないため、審判団は、79年以来の没収試合を宣告。当該の責任審判は、06年WBCの 米国対日本戦などで誤審を連発したB・デービッドソン審判。試合後、取材に行くと「ラソーダ監督の行為は我々を侮辱するもの」と吐き捨てた。野茂さんは「あんな形で終わったことより、本塁打2本打たれたことを反省。負けたから今日は0点です」と神妙だった。次の登板で10勝目を飾った。この試合の教訓から、ドジャースはボールのプレゼントをやめ、この日は野茂さんの首振り人形だった。
セレモニー後の会見。「18年前のきょう(95年8月10日)、没収試合になったのは覚えていますか?」の質問に野茂さんは「はい」と一言答えただけだった。
その時点で奪三振とともに防御率でも1・89でナ・リーグトップに立っていた。その日は、オールスター戦も先発して人気急上昇中のト ルネードが登板することに加え、“ボールナイト”として、来場者全員にボールがプレゼントされたこともあり、本拠ドジャー・スタジアムに5万3361人も のファンが詰めかけていた。
野茂さんは2回にジョーダン、4回にスウィーニーにソロ本塁打を浴びたものの、味方打線の反撃を待ち続けた。1点差に迫った8回裏、主砲キャロス が1ボール2ストライク後の外角スライダーを見逃したが、クイック球審のコールはストライク。これに端を発して、ド軍にとって厳しい判定が続きキャロス、 モンデシー、そしてラソーダ監督までもが退場となった。
この時、激怒した数人のファンがボールを投げ込んだ。ラソーダ監督が「もっと投げろ」と催促のポーズをしたからたまらない。数千個が、それも審判 団や相手カージナルスの選手目がけて投げ込まれた。一向にやむ気配がないため、審判団は、79年以来の没収試合を宣告。当該の責任審判は、06年WBCの 米国対日本戦などで誤審を連発したB・デービッドソン審判。試合後、取材に行くと「ラソーダ監督の行為は我々を侮辱するもの」と吐き捨てた。野茂さんは「あんな形で終わったことより、本塁打2本打たれたことを反省。負けたから今日は0点です」と神妙だった。次の登板で10勝目を飾った。この試合の教訓から、ドジャースはボールのプレゼントをやめ、この日は野茂さんの首振り人形だった。
1973年報知新聞入社。プロ野球の記録記者で"記録室"を長年執筆。現在は大リーグ担当。J SPORTSでMLB中継の解説も務める。