オシムの見た南アW杯以後の日本
田村修一『オシム、勝つ日本』文庫版
(文春文庫 株式会社文芸春秋 2012年4月)

★文庫化で付け加えられた部分
 2年前に紹介したことのある田村修一さんの『オシム、勝つ日本』が文庫本になった。
 もとの本は、田村修一が元日本代表監督のイビチャ・オシムに長期密着インタビューしてまとめたものだった。オシムの「サッカーについての考えと仕事」がみごとにまとめられていた。初版が出たのは2010年4月で、ワールドカップ南アフリカ大会の前だった。
 この本を文庫化するにあたって、新しい部分が付け加えられている。巻頭に東日本(東北太平洋岸)大震災の被害に対するオシムの「お見舞い」が載っている。そして最後に第7章「南アフリカ・ワールドカップ以後」がある。「以後」に岡田武史監督の率いた日本代表の戦い、ザッケローニの率いた日本代表のアジアカップ優勝、さらに「なでしこJapan」の女子ワールドカップ優勝があった。それについての、オシムの批評を田村が試合ごとにインタビューして聞いている。

★香川と本田の両立は難しい
 新たに付け加えられた部分に、いろいろな話があるのだが、なかでも興味深いのは「オシムの眼/本田と香川」の項である。
 本田圭佑は、南アフリカ・ワールドカップで岡田ジャパンのキープレーヤーだった。
 香川真司は、その才能を評価する人も多かったのだが、岡田監督はメンバーに加えなかった。しかし、その後、ドルトムントで大ブレークした。
 2人には、それぞれの良さがある。しかし、おおまかに言えば、オシムは香川のほうを高く評価しているようだ。「香川は良く走り、良く戦い、ゴールをあげる」という。一方、本田は「判断にまだ多くの時間が必要だ。どこにパスを出せばいいのか。どこにシュートを打つのか。それを考えて時間を浪費している」という。
 香川と本田を日本代表でいっしょに使うのは、現状では難しいという意見である。

★オシムがいましていること
 この本に書かれていることは、田村修一がオシムに聞いて、田村修一が書いた意見である。だから、オシムの考えか、田村の見方か、境界がはっきりしないと思われるかもしれない。しかし、それはそれで、いいのではないか。オシムを離れ田村を離れた一つの独立した考え方としても参考にできる。
 巻末に「文庫版あとがき」がある。そこには、オシムがいま、何をしているかが紹介されている。一つの国であるボスニアのなかで、セルビア人(ギリシャ正教)、クロアチア人(カトリック)、ボスニア人(イスラム教)が、それぞれサッカー協会を持っていたのを統一する仕事を引き受けて成し遂げた。そして、統一された組織の事実上の代表者であるという。
 技術や戦術の話だけでなく、スポーツの背後にある世界と社会の問題にも目を配っているのがいい。