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サッカープロフェッショナル超観戦術

10月にカンゼンから出版された「サッカープロフェッショナル超観戦術」は発売およそ1ヶ月で最初の増刷が決まった。同書は、オランダでUEFA公認A級ライセンスを取得した林雅人氏の戦術理論と観戦術をライターの川本梅花氏がまとめたものだ。

その出版を記念して、林雅人氏、川本梅花氏とサポティスタ・岡田康宏がサッカー戦術の言語化を主なテーマとして鼎談を行った。

【『サッカープロフェッショナル超観戦術』出版のきっかけ】

岡田
『サッカープロフェッショナル超観戦術』を出版するきっかけはなんだったんですか?

川本
林くんと「サッカーの見方」を示した本を作ろうという話を去年の春くらいからしていました。実際に、林くんが一週間に1度、僕の自宅に来て一緒に試合を見て、分析して議論して、というのをずっとやっていまして。一回につきだいたい5、6時間ですね。林くんが帰ってから、2人で話し合ったことや林くんの「僕だったこうします」というアイデアが、本当にこの場面では適用することができるのかどうかを、その試合の場面を見て1つひとつ確認します。それから話し合ったことを録音したものを文章にし、その場面の図を書いたり、という作業の順序でした。

そうしていたら季刊誌『サッカー批評』(以下『批評』と略す)の森編集長から林くん監修で僕が著者で「サッカーの見方に関した本を出版したいんだけど」というお話をいただきました。『批評』では、林くんと日本代表やJリーグの試合分析を何度かやらせてもらっていたので、その流れからも森さんに編集をしてもらって「カンゼン」から出版していただくのが自然かな、と思ったんです。

本にするにあたって、語り手を川本梅花、部分部分で監修者の林くんに登場してもらうというプランをまず考えました。それから、2人の会話体にするというプラン。3つ目として今回のように語り手を林くん、川本梅花は登場しない、というプランが僕の頭にはありました。3番目のこのプランを採用したのは、僕自身、「一人称」へのこだわりがあるからなんです。『批評』で連載している元大宮の選手を主人公にした「西村卓朗を巡る物語」という小説があるんですが、そこでも「僕」という一人称で書いています。僕の中では、一人称で書くことで、どれだけ取材対象者の気持ちに近づけるのかとか、どれだけ彼自身になりきれるのか、という書き手としてのテーマがあるんです。だから今回も、林くんを主人公にして「僕」という一人称で書きました。

また、この本で語られるサッカーの見方の中で、たとえば「セットプレー」の見方を記した箇所など、僕のアイデアも入れてあります。

実は今回の本は、最初に林くんと分析した内容の6割くらいの分量しか収められていなくて、4割は入りきらなかったんです。本の中に図を入れるとページ数が予定より超過してしまうという理由で、4割はカットしているんです。

岡田 
どのへんをカットしたんですか?

川本 
マッチアップのところですね。たとえば1-4-4-2と1-4-3-3の組み合わせだったら、具体的にどういうメリットとデメリットが出てくるのかとか。何通りかのシステムを組み合わせて、それを細かく書いたんです。分量が多かったので、そこを削りましょうとなりました。結果的に、食事と同じで満腹になって、もう入らないと満足するよりも、腹8分目くらいのほうがバランスがいいのかなと、削ったあとから思ったんですけどね。

【なぜ、4-4-2を4-3-3と見誤ってしまうのか?】

川本
そのマッチアップの話ですが、なぜ「サッカーの見方」を提示したかったのかという理由にも通じることなので、説明させてください。

「セカンドステージ」の「ゲーム分析の基本」の中で「システムを見分けるポイント」(p.48-58)という項目があって、そこで2009年のチャンピオンズリーグの決勝戦のマンチェスターユナイテッド(以下マンUと略す)対バルセロナ(以下バルサと略す)の試合を取り上げたんです。

まず、システムを見分けるには2つの見方があります。
?キックオフの瞬間。試合が始まるキックオフの時、両チームは基本的には自分たちのシステムで並びます。
?GKがゴールキックをする瞬間。GKがボールを持っているとすれば、たとえばフィードする時に、両チームがセンターラインに戻っていきます。そこでもその時にやっている自分のたちのシステムの形になります。
これが、基本的なフォーメーション、システムの見方ですね。

そこで、マンU対バルサの試合を見ていて、マンUは1-4-4-2のシステムでスタートします。これは細かい話なんですが、『ナンバー』のWebのコラムで、タイトルに「慣れないシステム4-3-3を選んだのはなぜなのか?」(http://number.bunshun.jp/articles/-/13629)というものがあって、本文には「そもそも、4-3-3システムでチームを送り出した指揮官の意図は、どこにあったのか?(中略)敵と同じ陣形でマッチアップを実現し、堅守速攻を意識していたとも思えない。」ということが書かれていました。つまり、バルサは1-4-3-3のシステムなので、マンUも1-4-3-3のシステムで対抗してきた、という論旨なんです。

それだと、トップがロナウドで左がルーニー。右がパク・チソンの3トップ。つまり、マンUは、バルサと同じシステムをマッチアップさせたということが書かれています。でも、実際に試合を見てみると、マンUは1-4-4-2なんですよ。ルーニーとパク・チソンがタッチライン沿いに開いて、ロナウドがトップで、セカンドストライカーのような形でギグスがいます。で、試合をちゃんと見ていれば、1-4-3-3で「マッチアップを実現した」というストーリーにはならないんです。「YouTube」なんかで見てもらうとわかるんですが、実際にピッチで起こっている出来事とは異なった、書き手の間違った見方というか……ドラマチックな見方というものになっているんです。

岡田 
先入観で見ている、または書いているということですね……。

川本 
そうだと思うんですよ。じゃあ、実際はどうだったのかと言えば、センターハーフのセルヒオ・ブスケツがフリーになっていて、ブスケツをケアするためにギグスが下がるんです。そうすると、1-4-3-3に見えます。ギグスが下がるから、FWが3トップに見える。そうじゃなくて、1-4-4-2でスタートしたんだけど、ブスケツがフリーでボールを持ってバルサの基点になってしまっているので、ギグスが下がるという構図なんです。そうした、間違いをおかさないためにも、見る基準をはっきりさせたものを提示した方がいいと思ったんです。

岡田
最初の時点で、4-3-3で両チームが同じシステムでマッチアップしたのではなく、試合の中で修正していったと。

川本
そうです。これに限らず他の人が書いたものを読んでいて、「あれ?そうなの」と思うことが何度かあって……。まあ、誰でも間違わないようにできるだけ確認していると思うんですが……もしかしたら、僕も自分の気づかないところで間違うこともあるかもしれませんが、「ちょっとひどいなこれは」というのがあったなら、「それは間違いだよ」という人も必要かな、と。そのためにも、基準となる見方を提出するのはサッカーファンや一般読者にとっても必要なことじゃないの、と考えたんです。

【「見るプロで書くプロ」と「教えるプロでコーチングのプロ」】

川本
そうした基準を教えるプロであり、プロコーチの林くんから語ってもらうのが一番説得力があっていいかなと。僕なんかは、サッカーを見るプロで、サッカーを書くプロなんですよ。それは、書いたものがお金になっているという意味で。でも、僕は、サッカーをやるプロでもなければ、サッカーを教えるプロでもない。そんな僕が、これは僕個人がという限定ですが、サッカーを見る基準とか、戦術に関することを本にして世の中に出すなんて、おこがましいことだし、林くんというプロフェッショナルなライセンスを持っている人こそ語れる部分があると思います。

岡田
見る人の見方とやる人の見方は基本的には違うと思いますし、どちらが正しいというものでもない。でも、嘘を書くことになってしまうのはよくないですよね。

川本
間違った見方が通ってしまうのはマズいと思うんです。

岡田
僕は戦術はあまりよくわからないから、そこは書かないんですよ。もし書いたとしても、自分のわかる範囲で書きます。ただ、物語を作って書いてしまうライターさんもいるわけじゃないですか。結局のところ、そっちの方が面白かったり売れたりすることもあるわけで。

川本
実際にピッチで起こっていることと違った勝手な物語が進行してしまって、読む側は「あっ、そうなんだ」と思ってしまう人もいるかもしれないですから。ある程度、きちんとした雑誌名の中で書いているわけだし。読む人は、サッカーをやったことがない人だったりすると、見方をきちんとした基準が示されてもいいかな、と。

岡田
サッカーをやったことがある人、やったことがない人と言いますけど、やったことがある人の中でも、ちゃんと理論立てて話せる人って、ごく少数だと思うんですよ。

川本
ああ、サッカーを言語化できる人という意味でですね。

岡田 
テレビで解説している元選手がどれだけ論理的に説明できているのかと言えば、そうじゃない人もいるわけじゃないですか。僕が見ていてすごく勉強になったのは福永泰さんで、「トラップ」という言葉の意味も分からないアイドルの女の子たちにフットサルを教えていたんですけど、きちんと理論立てて説明していて、半年もするとみんなフットサルの動きができるようになってるんですよ。その説明の仕方がすごく分かりやすくて、きちんと言語化できてそれを伝えられる人はすごいなと思って。林さんもそうですけど、この本を読んでサッカーを言語化できる人なんだな、と。

川本
いろんな人が林くんをシンクタンクにして彼のアイデアを訊いているんです。たとえば、タレントであって解説者をしている元日本代表の方や、海外に在住しているライターさんとか。戦術的な深い話、つまり両チームのシステムがマッチアップして、試合がどんどん展開していく中で、その変化となるポイントが見られない時に「この試合のここはどうなの?」と林くんに尋ねたりしていたんです。

本にしたかった理由はいくつもあるんですが、そのうちの1つは、林くんがシンクタンク的に役立っているなら、そのアイデアを本にして出したらどうだろうと思ったんです。彼のアイデアには僕も共感するところがあったので、一緒にやろう、ということになりました。

【選手はどこまで戦術を理解してプレーしているのか?】

岡田 
たぶん、実際にプレーしている選手たちは、この本で語られているところまで考えてやっていないですよね。考えている選手もいるんだろうけど、考えなくてもやれてしまうわけじゃないですか。たけど、監督やコーチになれば、理論立てて説明していかないといけなくて。そういう部分がこの本で出ているのかな。

川本 
林くんどう? 選手は戦術とかをどこまで考えてプレーしている? 今、東京23でヘッドコーチをしているけど、現場ではどうなの?

 
こちらから質問を投げかけたりしていると、わかっている選手もいます。ただ、実際にプレーで行動に移す時に、周りが見えてなかったりしますね。

岡田 
林さんは、元々プレーヤーだった(日本体育大学在籍中にジェフの坂本と2トップを組む)わけですが、コーチになってからサッカーの見方や言語化する能力は変わりましたか?

 
言語化する能力は変わった、と思いますね。指導者の方が見ている範囲が広いです。僕はFWだったんですが、その時は、比較的、ボールの位置とその周りのポジションは見ます。指導者の場合は全体を見なければいけません。たとえば、FWの場合、攻撃態勢に入ってしまえば、ゴールを向いているから後ろは見えないわけじゃないですか。だから、他の選手、つまり見えている周りの選手がコーチングをする必要があります。

フィールドの中だと、周りの選手に助けられることがたくさんあるんです。でも、指導者の場合はそれがない。全部が見えていないといけない。見えていないとなると、どうなるのかと言えばコーチとして選手とサッカーの話ができないんですよ。そうなると選手の信頼も得られないことになります。

川本 
言語化する能力が変わったというのは、具体的にどういう指示をどうやって選手に出したことで変わったと思ったの?


僕はいつも、最初にフォーメーション、システムのマッチアップから、長所と短所を説明します。今のカテゴリー(東京1部リーグ)は、ほとんどのチームが1-4-4-2なので、だいたいサイドバックがキーになります。自分たちがボールを持っている時は、相手のディフェンスはどうやってくるのかを予想させます。

1人ひとり、いろんなタイプの選手がいるわけじゃないですか。相手もそうなんですけど、自分たちもそうですよね。攻撃する時には、自分たちのいいものを活かしたいわけで。もしFWが得点力のある選手ならば、そこを活かしたい。サイドハーフにスピードがある選手がいたら、そのスピードを活かしたい。そうした選手の長所を活かすやり方を、全部やれるのかと言えば現実にはやれない。なぜなら、自分たちのいいところを、相手はなにかしらケアしてくるからです。

自分たちのMFはビルドアップ能力が高いとする。そこをいつも経由しているけれども、相手がマンツーマンでMFについてくるという状況になった。それをどれだけの選手が、流れの中でわかって、それにどうやって対処すればいいのかをわかって、どういう選択肢をとれるのかどうか。もしも、そのCHのマークがMFにきついとするなら、マークされたMFが自分で気付かないといけないのは、「逆に俺がおとりになって相手のCHを連れてスペースを作ればいいんだ」と考えることです。

そうしたら、MFにマーカーがついてくるのか、ついてこないのか、やってみないとわからないわけですよね。もし、マーカーがMFにどこまでもついてくるようなら、MFを基点にしないで、中盤を飛ばして最初にFWにボール当てるなりして、直接FWにボールを入れるという別のビルドアップのやり方をやればいい。FWにボールが通るようになったら相手はまた何か対策を立ててくる。 

自分たちのサッカーをやり通せばいいんだとか、1つのことだけ、たとえばサイドから攻撃しようとそこに軸足を置いたとしても、サッカーって上手くいかないんですよ。試合は流れているわけで、常に、「見て」×「考えて」×「決定」をしていかないと。

自分たちも試合中に変化していくのですが、相手にも状況の変化は同時に起こっている。自分たちにとって嫌ところを潰しにかかったりとか。その状況の流れを読むという力は、日本の選手という言い方は、偏見かもしれないんですが、「状況の流れを読む」ということを小さい頃から教えられていないと難しいですよね。それを教えられる指導者が日本には少ないというのが、原因かもしれないんですが。「見て」×「考えて」×「決定」という思考が育てられてないと感じます。

たとえば、僕がハーフタイムで選手に質問を投げかけて、「あっそう言われればそうだな」と選手が考えたとします。実際の試合であったことなんですが、相手のMFとFWの動きが激しかったんです。それに対して、うちの選手たちは自分たちのポジションで残っている。選手のあいだ、あいだにボールを入れられて、対応が遅いということになってしまった。そこでは、ボールをすべて相手に支配されていることになります。その時に、最初に気づいたのはFWとCBの選手なんです。「俺らFWがもうちょっと速く相手のDFにプレスかけるから」と試合中にコミュニケーションをとった。そうするとボールを限定しやすくなって、相手は早くプレスに来られるものだからボールを奪われないようにビルドアップのテンポを上げて速く判断しないといけなくなり、逆にパスの「出どこ」が制限されることになりました。

ただし、自分たちの選手が相手につかないと自分たちの選手のあいだにボールを出されてしまうことになる。そこで自分たちのCBが周りの選手に対して「相手の動くヤツについていけ」という選択肢を投げかけた。味方の選手は相手についていって早めにプレスをかけた。そうしたなら相手を困ってしまって、うちがゲームを支配できることになったんです。

形が大事という意見もありますけれども、もちろんベースとしてチームのコンセプトは大事なんですが、それがすべてじゃない。負けている時は点をとりにいかないといけない。勝っている時は引かないといけないこともある。いろいろな状況で戦術の変更とか、ポジションのチェンジとかがある。「変化に対応する力」というものが、ものすごく求められてそこが一番楽しいところでもあって、一番難しいところでもあるんですけどね。

【日本の子どもたちはミニゲームでマンツーマンになってしまう】

岡田
オランダの選手は子どもの頃からそうした考えを持っているというか、教えられているということなんですかね。

林 
そうですね。ミニゲームなんかを見てもらうとすごくわかるのは、日本のトレーニングなんかだと、ウォーミングアップをやって、そして最後にゲームがあって、それは日本サッカー協会で指導しているので問題はないんですが、最後のゲームのところで、子どもたちがフォーメーションとかシステムを何も考えずに、ほぼマンツーマンでプレーしてしまうんです。実際に見ていただくとよくわかるんですが、町のサッカースクールでも、4対4、5対5などの時、何も言わずに見ていると、必ずと言っていいほどマンツーマンになっているんです。それだと実は、サッカーは学べないんです。

川本 
ボールを持った人にプレッシャーをかけに行って、もう一人は、またボールを持っていない人にプレッシャーをかけにいくという4対4のマンツーマンの状態になるということ?

 
マンツーマンの状態が非常に多くて、サッカーをやっているようには見えるんですけどね。実際にサッカーをやっていたら、90分間、マンツーマンの状態なんてあり得ない。もっと簡単に言えば、ものすごいくいいFWがいたら、1人ですごいFWを相手することなんてできないですよ。極端に言えばですけど、ロナウドとかメッシに1対1のマンツーマンで挑むクラブや国なんてないわけで。必ず、1対2以上の状態を作る。

川本 
じゃあ、オランダの子どもたちは4対4のミニゲームではどうやっているの?

 
基本的には、フォーメーション、システムを作ります。4人ならダイヤモンドになるとか。ダイヤモンドだったら、4対4でマンツーマンになってしまうと思うかもしれませんが、そこが違うところで、そこには戦術があるんです。

ダイヤモンドの底の相手がボールを持っている時は、右サイドか左サイドの選手どちらかが真ん中に絞って、相手のトップにいるCF役の選手に対してプレスにいく。そうすると、右か左が空きますよね。そこにダイヤモンドの先端にいる味方のFWの選手が真ん中に下がってきて、たとえば右サイドの選手が相手のCFにプレスにいって、自分たちの右側に追い込むようにFWと協力していく。そういうゲームの仕方をする。そうすると、ビルドアップする方も、どうやってFWを使おうかとか、もしFWが使えなかったら、どうやって動き出せばスペースが出来るんだろうかと考えてプレーします。単純な4対4でも、内容が深いものになる。

それが、日本だったら4対4でやらせたら即マンツーマンになってしまう。それでは組み立てさえできないということになります。それでは、組み立てする力も技術も得られないわけですよ。だから、サッカーをやっているように見えるけども、本当はサッカーをやっていないことになるんです。

(2)に続く

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