■バルセロナ発の、新たなサッカー用語

 これまでサッカー界では、新しい戦術が一世を風靡するたびに、それを説明するたに新用語が生み出されてきた。70年代のヨハン・クライフの「トータルフットボール」、80〜90年代のアリーゴ・サッキの「ゾーンプレス」。日本に限定すれば、フィリップ・トルシエの「フラット3」もそうだ。

 そして今、スペインのバルセロナから、新たな用語が生まれようとしている。

「ハンドボール・フットボール」。もしくは「ハンドボール・サッカー」。

 動いている選手の足元から足元へ、まるで手で扱うかのようにパスをつなぎ、相手を崩すサッカーのことだ。たとえスペースがなくても、密集地帯に飛び込んでパスをつなげるのが最大の特徴だ。

■相手が作る「三角形」の真ん中へ入り込む
バルセロナの典型的な攻撃は、こんな感じだ。

 シャビがボールを持った瞬間、イニエスタがスルスルっと相手選手の隙間に入り込むと、その足元を狙ってシャビドンピシャの高速パスを出す。イニエスタは動きながらボールを扱えるので、ピタリとボールを止めて前を向くことができる。そして、ゴール前でフリーになったメッシの足元にパス――。あとはメッシが、左足を振りぬくだけだ。

 イメージしやすくするために、相手の選手を線で結び、それによってできる「三角形」を想像してみよう。バルセロナの選手たちは、相手が作る「三角形の真ん中」に入り込み、パスを受けることが多い。三角形の真ん中だと、どの相手からも離れているので、フリーでボールをさばくことができる。ただし、ボールをピタリと止める正確な技術が必要だ。

 シャビとイニエスタは「三角形の真ん中」でボールを受けるのがうまく、この2人が中央のエリアでパスに関与することで、ゴール前にフリーな選手を生み出している。バルセロナが守備を固めた相手からもゴールを奪えるのは、こういうハンドボール的なプレーをしているからだ。

 またスペイン代表も、バルセロナの選手たちを中心に据えることで、「ハンドボール・サッカー」を実現。そのおかげでユーロ2008と2010年ワールドカップで優勝することができた。

■スペイン以外で見られる、ハンドボール的なプレー
 これだけの結果を出しているのだから、他国がマネしないわけがない。すでに自分たちのものにしつつあるのが、レーブ監督率いるドイツ代表である。若手のエジルとミュラーは「三角形の真ん中」に入り込んでボールを受けることができ、彼らのおかげでハンドボール的なパスまわしが可能になった。2010年ワールドカップで3位になったのは、決してマグレではない。

 日本代表でも、すでにハンドボール的なプレーをしている選手がいる。

 9月4日の日本対パラグアイ戦――。

 香川真司が中央後方にいた中村憲剛にボールを預けて、ゴール前へダッシュ。中村が走り込んだ香川の足元にドンピシャでパスを合わせると、香川はボールをピタリと足元に収めて、スライディングしながら決勝弾を叩き込んだ。このとき香川が中村からのパスを受けたのは、まさに相手が作る「三角形の重心」だった。この2人はハンドボール的な発想を持ち、さらにそれを実現できる技術を持っている。彼らのような選手がさらに増えれば、日本も「ハンドボール・サッカー」をできるはずだ。

■ハンドボール・サッカーを具体化するのに必要な能力とは
 では、「ハンドボール・サッカー」を体現するには、具体的にはどんな能力が必要なのか? ボールのレシーバー(受け手)と、パッサー(出し手)に分けて考えてみよう。

 まずレシーバーに必要なのは、「人を外す」能力だ。

 いくら三角形の真ん中に入り込むといっても、タイミングが早すぎると、すぐにまたマークに着かれてしまう。逆に遅すぎると、ボール保持者が相手からのプレスを受けてボールを奪われてしまう。つまり、レシーバーは絶妙のタイミングで相手のマークを外して、「三角形の真ん中」に入り込む必要があるのだ。

 すでに上でも触れたが、加えて「動きながらボールを扱う技術」も必要になる。ちょっとでもトラップが大きくなると、密集地帯なので相手に取られてしまうからだ。まるで手かのように、足でボールをキャッチしなければいけない。

 一方パッサーは、味方の動きを見る「眼」が必要だ。せっかくレシーバーがアクションを起こしても、それが見えていなかったら意味がない。もちろん、レシーバーの足元にピンポイント(点)でパスを出す技術も必要だ。

 レシーバーが「人を外し」、パッサーが「点で合わせるパス」を出す。

 この2つがそろって、初めて「ハンドボール・サッカー」が成り立つ。

 まだJリーグでは、チームとしてこれを実現できているチームはない。だが、“日本のシャビ”的存在である遠藤保仁がいるガンバ大阪、テクニックの基礎力が高い浦和レッズあたりは、意識さえ変えれば、短い時間なら実践できるはずだ。

「ハンドボール・サッカー」によって、スペインは世界の頂点に立ち、ドイツは復活のきっかけを作った。ここに日本が続くことができれば、4年後のワールドカップで「ベスト8」の壁を打ち破ることができるのではないだろうか。

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■著者プロフィール


 木崎伸也

 1975年生まれ。東京都出身。金子達仁の動楽作家(スポーツライター)塾を経てフリーに。2002年W杯後にオランダへ移住し、2003年からドイツ在住。2009年2月1日に日本に本帰国。

 著書に『2010年南アフリカW杯が危ない!』(角川SSC新書)、『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『世界はサッカーをどう報じたか』(KKベストセラーズ)などがある。Number、週刊・東洋経済、日経産業新聞、footballista、サッカー批評などに執筆中。

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