旭化成の中尾副社長は「社内技術者の業績評価を変えなければならないかもしれない。オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)からデータ科学的な技能継承。ノウハウなどの構造化できないデータの扱いも解決しなければならない。いずれにせよ生産技術やプロセス技術の強化は必須。チャンスも課題もある」と展望する。

 問題はMI用にデータを集める費用対効果を計れない点だ。材料学者の考える物理現象の複雑さと、情報科学者がデータを読み解く複雑さが対応していない。つまり物理現象に対して学習データがどれだけ必要かわからない状態にある。正攻法は確立しておらず、出村副部門長は「正解がない」と説明する。

 反対に費用対効果が計れた物理現象から事業の採算性を計算できるようになる。解けた問題からビジネスになるため、企業は手の内を明かさない。産業技術総合研究所人工知能研究センターの麻生英樹副研究センター長は「(情報科学者にとって)問題を解くのに必要なデータ量を求められたら研究は終わったも同然」と指摘する。

 MIは学から産への移行期を迎えつつある。研究環境を整えたが確立した正攻法はまだない。一方、民間ではMIの事業化が進んでいる。
【用語解説/マテリアルズ・インフォマティクス】
 材料の構造や物性などのデータを基に、ITやビッグデータ、AIなどを活用して物理法則に基づいて新材料の分子構造や組成、特性を求める。研究者の経験に依存した従来の手法に比べて大幅に開発期間を短くできる。

物材機構・橋本和仁理事長に聞く
 ―産業界が本気になると、あっという間に追い抜かれるのが学術界の常でした。
 「AI技術がこの数年で飛躍し、材料の研究者も企業も研究のツールとして当然のように使うようになった。我々の強みは材料研究者が集めた信頼性の高いデータを大量にもっていることだ。またAIの解析結果は材料の専門家でないと解釈できない。材料研究の専門性と圧倒的なデータが武器になる」

 ―国研は企業が連携するハブとして期待されています。
 「新しい知見を見いだすには自社にないデータが必要だ。組織間のデータ共有が有効だが、ある大手電機ではグループ会社にもデータは提供できないといわれた。企業秘密であり、競争力の源泉なのだから仕方ない。このジレンマを解く必要がある。我々はオープンなコンソーシアムとメンバーだけで情報共有する業界特化型コンソーシアム、完全機密の共同研究と3種の連携モデルを用意した。要望に応じて柔軟に対応する」

 ―今後の課題は。
 「我々は材料研究者が主体で情報科学の研究者が少ない。そこで国立情報学研究所と組み情報基盤を作っている。ただ材料がわかる情報研究者自体が少ない。人事戦略としてMIを強化し、優秀な人材を引き抜いている。IT企業と組むことも視野に入れている」
(聞き手ー小寺貴之)