トヨタ自動車ではこの春、2633人が入社した。(時事通信フォト=写真)

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今年も大学生の就職活動シーズンを迎えています。決められた期間に各社一斉に新卒の採用活動を行い、4月に一括採用するのは、日本独自の仕組みです。海外では、新卒採用は通年で行うのが一般的です。日本でもグローバル化が叫ばれている昨今ですが、なぜ、新卒一括採用が続いているのでしょうか。それは、日本的雇用慣行を支えるうえで必要不可欠なパーツだからです。日本的雇用慣行は、終身雇用、年功賃金、企業内訓練、ジョブローテーション、定年退職といった複数の制度が相互を補完しながら成立しています。新卒一括採用も、その制度の1つです。

長期雇用を基本とした日本的雇用慣行は、1960〜70年代の高度成長期に一般化しました。生産の急速な拡大に伴い、雇用の確保が企業にとって課題となり、労働者を囲い込むために、終身雇用や年功賃金といった安定した雇用制度が広まったのです。

その結果、日本では「内部労働市場」が発展しました。企業組織は、職務別の各部署によって構成され、下から一般社員・管理職・役員・社長といった階層に分かれています。長期雇用を前提とした日本企業は、各職務・階層の人材を内部で育成し、内部で調達する組織です。社員はさまざまな部署と仕事のローテーションを通じて、スパイラル状に昇進していきます。これが内部労働市場です。一方、米国などでは、各職務・階層の人材を外部から調達する「外部労働市場」が主流です。

外部労働市場では、どの会社でも通用する「一般能力」が求められます。それに対して内部労働市場では、その企業の中のみで通用する「企業特殊能力」が求められます。そのため、日本企業では企業内訓練が重視されています。MBA取得が米国で高く評価されるのに対して、日本であまり評価されないのは、日米間で異なる人的資本が求められるからです。

内部労働市場を重視する日本企業の場合、4月に一斉に入社させ、全員に企業内訓練を通じて企業特殊能力を習得させ、徐々に上の層に昇進させていくことが必要です。そのスタートラインとして、新卒一括採用の仕組みが必要になるわけです。そして、同じタイミングでスタートした社員は同じタイミングでリタイアすることになります。これが定年退職に当たります。

その結果として、社員の間に芽生えるのが「同期意識」です。一緒に入社して育ってきたという意識が強く、入社年度によって自分のポジションを確認することができます。内部昇進という競争の下で、同期の中で誰が早くて誰が出遅れたのか、周りとの比較がしやすくなります。このような環境の中で、外部労働市場から人材を調達すると、同期の秩序は乱れてしまいます。日本企業でも中途採用は増えていますが、同期意識の強い環境の中では、中途入社の社員は自分のポジションを確認することが難しいかもしれません。

新卒一括採用の利点として、内部労働市場と長期雇用が前提の仕組みであるため、組織としての一体感や、組織への忠誠心を高める効果があります。また、人材の離職率が低いほうがコストをセーブできるため、人材に投資するインセンティブも高まります。

もう1つ見逃せないのが、企業の会計処理が楽になることです。採用も異動も4月に集中するので、固定費として考えることができます。また、日本企業の多くは3月末が決算期のため、人材計画を立てるうえでも合理的です。

しかし、新卒一括採用には大きな弊害があります。それは、企業が優秀な人材を獲得するチャンスを逃してしまうことです。4月入社は3月に卒業する国内の大学生を想定しています。海外の大学では6月などほかの時期に卒業することが多く、その場合は入社まで半年以上も待たなければなりません。そのため、海外留学生や、外国から来た学生を採用する機会を失う可能性があるのです。実際、こうした学生は、通年採用を行っている外資系企業に入社するケースが多く見られます。

企業にとっては、いかに優秀な人材を採用するかが最優先課題のはずです。しかし、日本の大手企業の多くは、国内の新卒にしか目を向けていません。海外からも優秀な人材を採用しようとすると、今の仕組みだけでは圧倒的に不利です。また、ダイバーシティの視点に立てば、新卒採用ばかりに重きを置くべきではありません。多様な人材を獲得するためには、採用の入り口をもっと増やす必要があります。

もう1つは、内部労働市場の問題ともいえますが、採用後、企業と労働者の間にミスマッチが生じた場合に、日本では外部労働市場が成熟していないため、軌道修正がしにくいことです。ミスマッチが生じても、企業はその人材を引き留めようとする傾向があります。マクロの視点で人的資本を活かすには、雇用が流動しやすい外部労働市場の発達が必要になります。

■海外からは「異様な制度」に見える

海外から見ると、日本の新卒一括採用は異質な制度です。海外に留学する学生や、海外の大学からやってくる外国人も増えている中で、4月に一括採用する日本の制度が時代遅れであることは確かです。しかし、それでもこの制度が残っているのは、そのほうが日本企業にとって合理的だからです。

「組織の惰性(Organizational Inertia)」という言葉があります。組織には、そのままの状態を継続することが最も楽なのです。組織が軌道修正をするのは容易なことではありません。例えば、一部の企業では4月入社と9月入社を始めていますが、そうすると、今まで1度で済んだ研修を2度やらなくてはならなくなり、そのコストは大きくなります。制度を変えないほうが(短期的には)コストが低いため、組織にとっては合理性が高いのです。

日本の組織に対して感じるのは、人を組織にアダプトさせるばかりで、逆に組織を人にアダプトさせる発想がないことです。これだけダイバーシティやグローバル化が進んでいるにもかかわらず、多様な人材をどう受け入れるかという発想が、今なお多くの日本企業には欠けているように思います。ヤフーが新卒一括採用を廃止して話題になりましたが、新卒一括採用からこぼれてしまうような優秀な人材を獲得できると判断したからでしょう。

ただ、日本の新卒採用の状況が今後、著しく変わることはないと思われます。日本企業の人事担当者に話を聞くと、新卒一括採用はあまりにも当たり前のことで、それを見直すなど考えたこともなかったといいます。

とはいえ、米国のように離職率が非常に高く、労働市場の流動化が激しい状態が理想的かといえば、そんなことはありません。最適なポイントが、日本と米国の間のどこかにあるはずです。

■最適なポイントはどこにあるのか

例えば、流通大手のイオンでは、通年採用を実施しており、入社式は4月と10月の年2回開催しています。10月の式の出席人数の割合は4月開催の約10分の1にすぎませんが、春入社と変わらない形で迎えることによって、外国の学生や留学していた学生を受け入れやすくなりました。このように4月採用にこだわらず、優秀な人材を確保する仕組みを設けた企業のほうが、今後は強くなると思います。新卒採用のダイバーシティを進めるためにも、受け入れ体制を柔軟にすべきでしょう。

日本的雇用慣行が成立した時代、日本企業の理想の人材像は、会社に100%コミットして、いつでも働いてくれる日本人男性でした。しかし、これから人材不足がさらに深刻化する中で、女性や外国人、高齢者など、多様な人材を活用していくためには、内部労働市場だけでなく、外部労働市場を活性化させていくことが必要です。

(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 小野 浩 増田忠英=構成 時事通信フォト=写真)