リアドロ社公式サイト

写真拡大

 日本でも良く知られている磁器人形ブランド「リヤドロ(LLADRÓ)」はスペイン・バレンシアで創設されたリヤドロ社の生産によるものである。1970年代には世界を代表する磁器人形として評価されるようになった。しかし、「売家と唐様で書く三代目」とはよく言ったもんで、リヤドロは2代目で企業を売却することになりそうだ。

 創業者であるリヤドロ家の3兄弟のそれぞれ息子と娘ら8人が入社時期は異なるがリヤドロ社で働くようになったのが最終的に今回の売却に至る一番の要因となったようである。お互いの嫉妬、批判など正常な経営を妨げるあらゆる要因が8人の二代目の経営参加で企業は崩壊の道を歩み始めた。しかも、その中で誰ひとりリーダーとなるに相応しい人物がいないようである。

 リヤドロの3兄弟フアン(90)、ホセ(88)、ビセンテ(83)はバレンシア市内にあった美術学校で芸術を学び、1953年より花飾りの陶器の製品を作っていた。その後、バレンシア市内からおよそ10km離れたタベルネス・ブランケス市で1958年より磁器人形つくりに専念した。今も工場の中の従業員のひとりひとりが優れた芸術家という印象を与える程に精緻な作品が作られている。100%手づくりというのが強調されている。それは花びらの一枚一枚がそれに取り掛かる作業員の手先の器用さに依存して綺麗で精巧に仕上がったものになっている。

 1980年代のスペイン通貨ペセタ時代に世界の隅々まで輸出された。一番重要な市場は常に米国であった。ハリウッドスターなどもリヤドロのファンになっていったという。カリフォルニアのビバリーヒルズに店を構えた時には、オープニング・セレモニーに<チャールト・ンヘストン、マイケル・ダグラス、ティッピ・ヘドレン、ローレン・バコール>らも出席したという。また、<マイケルジャクソンはリヤドロの作品のコレクターで工場を見学したいと希望して態々タベルネス・ブランケス市のリヤドロ本社を訪問>している。(参照:「El Mundo」)

 また、1988年にはニューヨークの57番街にリヤドロ博物館・ギャラリーをオープンした。

 日本には1986年に三井物産とのジョイントベンチャーで導入された。その後、2006年からはリヤドロが単独で販売事業を続けている。

 1980年代から1990年代にリヤドロは成長を続けて、<年商2億ユーロ(240億円)を達成するまでになった>。しかし、2000年代に入ると世界的に景気は後退し、中国製の安価な模造品も出回るようになり、リヤドロは次第に市場を失って行った。(参照:「El Mundo」)

 売上の急激な落ち込みは異常なほどで、2013年の4290万ユーロ(51億5000万円)、2014年の3770万ユーロ(45億2000万円)、2015年の3490万ユーロ(41億9000万円)と年ごとに売上は減少している。最盛期の5分の1まで売り上げが減少しており、それを放置して来た経営に最大の問題がありとされている。3人の創業者の息子・娘が経営に介入している状態では「船頭多くして船山に登る」のことわざにある通りで、有効な対策は打てないで現在まで来たしまったのである。従業員も700人からその3分の1に削減もされた。(参照:「El Mundo」、「Cinco Dias」)

 経営を一本化にまとめるべく、2007年には長男のフアンが70%の株を取得することにして、弟の二人はそれぞれ15%ずつ株を分けるようにした。しかし、過半数の株を持って独自に経営を建て直すことに決めたファンであったが、なんと肝心の彼の娘3人の間でも対立を生むという状態になり、ファンは彼の家族だけで会社を救出して行く道を断念することになったのだ。そして、長女の婿<イグナシオ・ハラが会社を売却する>ことにファンも了解したようである。ハラは、売り先候補の相談にプライスウォーターハウスクーパース(PwC)に相談を持ち掛けたのである。