プライベートについて語る「ダイヤモンドダイニング」松村社長

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 外食業界のスターと呼ばれる「ダイヤモンドダイニング」創業社長の松村厚久氏(48才)。生い立ちから熱狂的に働く姿までを追ったノンフィクション『熱狂宣言』(小松成美著、幻冬舎)では、過酷な病を告白し話題となった。センスを大事にし、クリエイター脳を持つと言われる松村社長に、ファッションや恋愛、再婚願望などプライベートについて聞いた。

――ファッションにもとても気を配られている印象です。こだわりなどはありますか?

松村:ファッションは大好きです。なぜかというと、30代の時は太っていて私服を4着しか持っていなかったんですよ。スーツはいっぱいありますけど、何を着ても似合わないから私服は4着。その時の反動です。こだわりはなくて、好きな服を好きな時に買うと。

――本に書かれているように、ZARAにこだわってるわけでは?

松村:そうです(笑い)。あの時は僕が面白がってZARAばかり着ていたんです。嫌いじゃないですけどね。場所や場面に合わせてという感じですね。今日は変わった服装ではないけれど、なるべく人と違うものを着る。人が選ばない物を選ぶ。例えば、前と後ろで柄が違って表が花柄、裏が迷彩になっているパンツは女子社員に大人気ですね。

――休日はどのように過ごしていますか?

松村:誰かと遊んでいる時もあれば、一日家から出ない時もあります。本を読んでいたり、DVD観ていたりします。普段周りに人が多いので、極力ひとりでいます。友達が来る時もありますし。普段から遊びも人一倍熱狂的にやっているので。ほんっとによく遊んでます。夜中の3時が一番元気になりますね。薬を飲んでいてお酒は飲めないので、その雰囲気が楽しくてテンションが上がってくるんです。毎日、だいたいそんな感じです。社員にも驚かれますね。遊んでるのも、社員に全く隠していないですから。

――それは驚きです! 元気の源は?

松村:“遊びたい欲”じゃないですか? めちゃくちゃ楽しいです。楽しい人生だな〜。

――松村社長にとって、理想のパートナーとは?

松村:出会っていないんですよ。カミさんには結婚14年で振られましたし。その理由は、性格の不一致です。理想のタイプ? いやぁわからないですね。気が多いので。気が多いし、ダメですね。タイプはいっぱいいますけど、うまくいかないですね。

――本に書かれていた女優さんは…?

松村:関係って何だろう…友達。

――交際ではない…?

松村:なんですかね。そういう関係を超越しているんですよね。

――大人の恋愛ですね。

松村:恋愛なのかわからないですけど、会いたい時に会うみたいな。詮索もしないですし。かっこよく言えばですけど。

――どんなデートをしているのでしょうか?

松村:ごはんを食べて話したり。だから、デートじゃないかもしれないし。ホントに、好きだとか、つきあってくれとか言ったことがないから、尊敬する友達ですよね。恋人ではないです。向こうも信頼してくれていると思いますし。

――松村社長ご自身に再婚願望などはあるのでしょうか?

松村:したいですよ。いずれは。でもどうなるかわからない。子供もいるしね。

――お子さんとは頻繁に会って交流しているのでしょうか?

松村:ちょこちょこ会っていますね。子供は本当に天才で、下の子は中学1年なんですけど、小学校6年の時にゲームで中学生全員やっつけて神と呼ばれて、ゲームはめっちゃ強いです。YouTuberになりたくて、英語ができないと世界的なYouTuberになれないからって英語を勉強したらクラスで1番になっちゃって。俳句も日本一ですから。小学生で、書いた俳句が日本一になっちゃって。

――将来が楽しみですね。ご自身にとって一番大事なものとは何でしょうか?

松村:やっぱり子供ですね。長男には「勉強すんなよ。ゲームだけやっとけよ」と言っています。やはり秀でるものがないと。上場ゲーム会社の社長に、うちの息子を早く取ってくれ、早く働かせてくれと言っています。15才の上の娘は、描いた絵が港区のコミュニティバスの『ちぃばす』に使われたことがあったり、すごいんですよ。幼稚園はプリスクール行って、小学校中学校は公立に行って、お受験なんてやってないです。でも急にアメリカのNYに行きたいって言い出して、この9月からNY行っちゃいました。

――子育て方針はありますか?

松村:親ばかです。何もしてないですし、何もいわないです。欲しい物は買ってあげて。ただ、好きなことをやってほしいですね。娘には、美術や芸術は儲からないので漫画家になってほしいです。下の子はゲームクリエイターです。僕は周りに、「親バカ宣言」してます。

【松村厚久(まつむら・あつひさ)】
1967年3月29日生まれ。高知県出身。日本大学理工学部を卒業後、サービス業を極める目的で日拓エンタープライズに入社。95年に退社し独立。日焼けサロンチェーンを展開し、成功を収める。2001年に飲食業界に参入。「外食アワード2007」受賞。2010年、100店舗100業態を達成。飲食業界のタブーに挑み、食とエンタメの融合を成功させ、「フード業界のファンタジスタ」と呼ばれる。2015年、東証第一部上場。

撮影■疋田千里