木曜劇場『わたしの宝物』©フジテレビ

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 神崎夫婦に訪れた平穏で、だけれどもこの上ない幸せな時間に一気に陰りが見え始めた『わたしの宝物』(フジテレビ系)第5話。

参考:田中圭、40代に突入した今思うこと 年齢を重ねて掴んだ芝居の“手応え”とこれから

 美羽(松本若菜)と冬月(深澤辰哉)のさようならの抱擁を目撃していた真琴(恒松祐里)。シングルマザーで全く育児に協力的ではなかった元夫と、妻は他の男性に心奪われながらもそうとは知らずに娘・栞のことを溺愛し喜んでその面倒を見る宏樹(田中圭)のことを比べ、何もかも手にしている美羽のことが許せなくなったようだ。また、元々宏樹のことを“推し”だと言って憚らなかった真琴は、それでも美羽と宏樹のことを理想の夫婦だと思っていたからこそ、自身の気持ちをライトな“推し”という表現に留めていたのだろう。

 そんな真琴の中でタガが外れる。「美羽のおかげで大切なものに気づけた。今が一番幸せ」と何の衒いもなく真っ直ぐに言う宏樹の姿に、ますます美羽の不倫疑惑が受け付けられなくなる。美羽のことを自分の雑貨屋で雇い、わざと冬月と彼女が遭遇するように仕向けてみたり、2人に発破をかけてみたり。親友だと思っていた美羽が自分に全く本音を打ち明けてくれないのもまた面白くないし、彼女の中で真っ黒い感情が広がり、手に負えなくなっていく。栞と宏樹の血縁関係まで疑い出し、それを「女の勘」で「母親の勘」だとして、宏樹本人に伝える反則を犯す。

 “托卵”自体がもちろん誰にも後ろ指さされず公表できるものではないだろうが、だからと言って他人が個人的なごくごくプライベートな選択についてとやかく口出しできる道理もない。変な正義感が空回って、本人は良かれと思って邪推をぶつけることほど迷惑でナンセンスなことはないと改めて思ってしまう。何より栞の出自に関わる秘密に土足で踏み入る権利など誰にもないはずだ。

 真琴の「女の勘」で「母親の勘」を「女の嫉妬」だと言い換えて邪推を寄せ付けなかった喫茶店のマスター・浅岡(北村一輝)のような存在が宏樹にもいて良かった。

 それでも、真琴の言葉とそこから連想される妊娠発覚当初の浮かない表情をした美羽の記憶が拭い去れない宏樹は、DNA親子鑑定を受けてしまう。

 その結果を一人静かに受け止めるしかない宏樹の姿には胸が痛む。自分が美羽にしてきた酷い仕打ちの数々を忘れてはいない上、自分自身に落ち度があったことを自覚しているからこそ、その事実を美羽に確認することもできず、自分の内に閉じ込めようとしてしまう。

 ハーフバースデーの記念写真を撮るために栞と美羽をスマホ越しに覗きながら、今まさにその隣でフレームインして「家族写真」「親子写真」を撮ろうとしている自分にだけ実際には血縁関係がないことを改めて突き詰けられたのかもしれない。どれだけ家族のように振る舞っても、元々美羽と栞で完結していたところに本来いなくてもいい自分が付属品のようにそこに収まろうとすることに、虚無感や疎外感を感じたのかもしれない。あるいはこんなに幸せに違いない家族なのに、最も肝心なことは何一つ話せず、打ち明けられない関係性の矛盾に、目を逸らし続けられなくなったのかもしれない。

 真琴のタガが外れたように、宏樹の中で限界を迎え何かが決壊した。大事だからこそ決定的なことを切り出せず、きっと美羽が自己保身のために秘密を打ち明けないのではなく、本当に今ある家族の形を大切にしたいと思っている気持ちに嘘偽りがないことも重々わかっているからこそ、様々な言葉を飲み込み「泣き虫」という一言に集約させた宏樹の泣き顔は、あまりに悲しかった。

 疑惑を抱きながらも核心に触れるような会話を美羽にできず、彼女の顔色ばかり窺っている宏樹を見ると、子どもが生まれる前とにかくモラハラが酷い宏樹の顔色を常に窺っていた美羽と、完全に立場が逆転していることに何とも言えない気持ちになる。

 「心の中ってさ、自分の思い通りにならないな」とは冬月が漏らした言葉だが、神崎夫婦本人だけでなく、彼らに関わる人全員に言えることだ。栞から片時も離れず幸せそうに面倒を見て、娘の存在がきっかけで心を入れ替え働き方も変えて全てが好転した宏樹は正真正銘の父親だと思える。しかしもう巻き戻せない時間の残酷さや過去の自身の言動が招いた結果を思うと、美羽に怒りをぶつけられるはずもなく、どんどん自分の心に青たんを作るしかない宏樹がついによからぬ行動を取ってしまう。

 完全に様々なバランスや人間関係が崩れ始めた中、皆それぞれの“宝物”をどんなふうに守り抜こうとするのだろうか。

(文=佳香(かこ))