“経営の神様”と呼ばれる稲盛和夫氏はどんな経営者だったのか。約30年間、側近を務めた大田嘉仁さんは「稲盛氏には内に秘めた“燃え続ける闘魂”があった。プライベートはないと考えて先頭に立ち、全社員の“心を高める”ことにも注力していた」という――。(第2回)

※本稿は、大田嘉仁『運命をひらく生き方ノート』(致知出版社)の一部を再編集したものです。

写真=共同通信社
日本航空の会長に就任、記者会見する稲盛和夫氏=2010年2月1日午後、東京都内のホテル - 写真=共同通信社

■リーダーには「燃える闘魂」が必要だ

稲盛さんは京セラや第二電電(現KDDI)を創業し、JALの再建も成功させました。そのときの心構えは、稲盛さんが言う「燃える闘魂」そのものだと思うのです。

稲盛さんは格闘技が大好きで、私もボクシングの試合を一緒に観戦したことがあります。

観戦後、稲盛さんは「ボクサーは試合が始まる前は、足が震えるほど怖いそうだ。しかし、闘魂のある選手は、試合が始まったらそんな素振りは決して見せない。強いパンチを受けても、平気な顔をしている。

なぜなら、そのときちょっとでもひるめば、相手から押し込まれ負けてしまうからだ。それは仕事も同じで、『もうこれまでか』という状況に追い込まれても、リーダーは決して白旗を掲げてはならない。

もし、リーダーがファイティングポーズをとれず、弱気なそぶりを見せたら、組織の士気はあっという間に下がってしまう。窮地に陥ったときこそ、リーダーは組織の士気を高めなければならない。そのために必要なのが『燃える闘魂』であり、それはリーダーに欠かせない資質だ」と教えてくれました。

■“決して白旗を掲げなかった”JALの再建

京セラも創業以来、大きな景気の変動の波にもまれています。1970年代のオイルショックでは受注がほとんどなくなり、1985年のプラザ合意では急激な円高に見舞われました。

その後も、バブル経済やITバブル景気の崩壊、リーマンショックという大きな不況を繰り返し経験しています。

第二電電(現KDDI)も、創業直後に通信回線敷設の目処が立たないという危機的な事態を迎えたこともあれば、多額の設備投資のために財務的に厳しい状況に陥ったこともあります。その都度、稲盛さんは闘魂を燃やし、乗り越えていったのです。

その典型はJALの再建でしょう。稲盛さんは「3年で再建を成功させる」と宣言していたのですが、最初それを信じる人はいませんでした。

JALは倒産し、マイナスからのスタートだったので、すべてのメディアは、再建は不可能と断言していました。それでも稲盛さんは白旗を掲げるような素振りは少しも見せませんでした。

再建二年目には東日本大震災という思いもよらない厳しい事態に遭遇します。多くの人が、これで再建は失敗してしまうだろうと危惧していました。しかし、それでも稲盛さんは決して白旗を掲げませんでした。

「燃える闘魂」と言うと、鬼のような形相で戦いを挑むような激しいイメージを持つかもしれませんが、稲盛さんの言う「燃える闘魂」とは、そのような激しく一過性のものではなく、内に秘めた松明のように燃え続ける闘魂なのです。

その闘魂を燃やし続けた結果、東日本大震災に見舞われた再建2年目には過去最高となる2000億円を超える営業利益を生み出し、JALは再建から2年8カ月という奇跡的なスピードで再上場を遂げることができたのです。

■「心にくだらないことが浮かぶようではダメ」

本書の第2章の冒頭に「一国は一人を以て興り、一人を以て亡ぶ」という言葉を紹介しました。これまで説明してきたように、社員の心に火を点けることのできるリーダーが一国を興すのであり、その火を消してしまうようなリーダーが一国を亡ぼすと言っていいでしょう。

稲盛さんは、万が一にも心の火を消してしまうようなリーダーにならないように、愛情あふれる警鐘の言葉をいくつも残しています。

その一つが「人格を高めようと努力をし続ける人を社長にすべき、それができなければ悲劇が起こる」という言葉です。

会社の発展のために一生懸命働き、多くの人に慕われて社長の地位に上り詰めても、そこで努力をやめてしまい、そのリーダー足らしめた人間性が変わって堕落してしまうと、悲劇的な結果をもたらすことになると厳しく指摘しているのです。

残念ながら、このような例は少なくありません。なぜそんな悲劇が生まれるのか。それは経営トップとなり、油断・慢心が生まれるからです。

稲盛さんは、「人を動かすのがリーダー。だから、思うことを整理する。心にくだらないことが浮かんでくるようではダメだ」と語り、同じような観点から「絶対的権力を得ると堕落する。だから強靭な克己心が必要」と強い警鐘を鳴らしています。

つまり、「リーダーは権力を持つものだから、私心を入れない強さが必要」だと強調しているのです。

写真=iStock.com/Edwin Tan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Edwin Tan

■経営トップにプライベートな時間はない

私は、以前、京セラの先輩からこんなエピソードを聞いたことがあります。

当時、まだ40代だった稲盛社長とたまたま京都の町を一緒に歩いていたとき、近くのデパートの壁に紳士服新春バーゲンの大きな垂れ幕が下がっていたそうです。

稲盛さんはそれをちらりと見て、すぐに「俺は馬鹿だ。バーゲンの垂れ幕を見てしまった。仕事に集中していない。恥ずかしい」とつぶやいたというのです。つまり、「心にくだらないことが浮かんできた」ことを反省し、「私心を入れない強さが必要だ」と自戒したのです。

その言葉を聞いた先輩は、稲盛さんの仕事への思いの強さに驚き、尊敬の思いをさらに強くしたと話してくれました。

このように、稲盛さんにはどんなときでもいささかの私心もはさまない強い克己心がありました。ですから、成功し続けることができたのです。稲盛さんは、「リーダーはいつも見られていると自覚すべき」だと注意をしていたのですが、このエピソードは、それが事実であることも示しています。

経営トップにはプライベートな時間はなく、365日、24時間、多くの観客のいる舞台の上で主役を演じているようなものなのです。

もし「話している」ことと「やっている」ことが少しでも違えば、観客である社員や取引先の方、場合によっては株主の方も落胆し、去って行ってしまうこともあるのです。

稲盛さんは「自分のことを棚に上げて議論できない」とも語っています。常に見られている以上、「実はあのときは」と自分を棚に上げて言い訳をしても、誰も納得してくれません。「言っている」ことと「やっている」ことは常に一致していなくては、つまり、言行は一致していなければならないのです。

■「360度評価」では世界に冠たる企業は作れない

これまでの稲盛さんの言葉から分かるように、稲盛さんは、リーダーの人間性が一番大事だと確信していました。

そのため、リーダーをどのような観点から評価すればいいのかと聞かれたとき、「一番大事なのは人間性。清廉潔白、公平公正で、自分の会社を誰よりも愛していることが大切」なので、「人間性が50%、実績が30%、能力が20%」と答えていました。

能力が一番大事という人もいますが、稲盛さんは「人間性の高い人は自分の能力を高める努力を厭わないだけでなく、部下から慕われるので、組織全体の能力も高めてくれる」というのです。

人物評価の方法として、上司や同僚や部下などさまざまな立場の人が多角的に評価をする「360度評価」が流行ったことがあります。稲盛さんも「お互いがお互いを評価し、リーダーを評価するが民主的だと思ったことがある」と言っていました。

しかし、同時に「それでは穏便な、部下一人一人に都合のいい、居心地のいい組織を作ってしまう。馴れ合いと融和だけで評価するようでは世界に冠たる企業は作れない」とも話していました。

■「誰からも信頼され尊敬される人間性」が必要

リーダーには、場合によっては、部下から嫌われても、困難な目標、高い目標を目指す強いリーダーシップが必要となります。しかし、それで部下の心が離れてしまえば意味はありません。

そのときに大切になるのが、誰からも信頼され尊敬される人間性です。それゆえ、リーダーを選ぶ基準は人間性であり、人間性を高める、心を高めるというのは稲盛さんのリーダー論の核心なのです。

稲盛さんは「心を高める。経営を伸ばす」と常に話していました。また、自分自身を振り返り、「心を高めようと努力を続けた日々だった」とも述懐しています。

心を高めようという努力を怠らず、誰からも信頼され、尊敬されるようなリーダーであれば、想像を超えるような高い目標であれ、他の会社であれば嫌がるような仕事であれ、社員は喜んで協力してくれるでしょう。

その結果として、困難を乗り越え、全員が物心両面において幸せになれるような会社になっていくことができるのです。

■バランスシートより「社員の意識」が大事

リーダーにとって最も大切な仕事は何でしょうか。それを端的に表したのが稲盛さんの次の言葉です。

「心がよくなると、よい人間になる。よい人間が集まれば、よい会社になれる。よい会社になると業績もよくなる。だから、心をよくできる人間がトップになるべきだ」。

明確なビジョンも戦略もあるが、社員が自分勝手で、文句ばっかり言っているようでは、よい会社にも、よい業績にもなりません。

夢を信じ、仲間を信じ、お客様のために進んで尽くすことができる、そのような素直で明るく前向きな、よき心を持った社員を育てることがまず大切になるのです。

写真=iStock.com/maroke
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maroke

この言葉は、経営者が社員の心をよくすることに注力すれば自然に業績もよくなることを教えています。

同じような意味で、「バランスシートより、社員の意識のレベルのほうが大事だ」とも話しています。会社に多額の資産があったとしても、社員の口からは不平不満ばかり聞こえ、やる気がなければ、いずれ衰退するのは間違いありません。

■最大の仕事は“全社員の心をよくすること”

また、「心技体というけれど、心が8割」とも言っています。会社でいえば、技術力や資金力が大事だというけれど、社員の意識のほうが圧倒的に大事だということです。

稲盛さんは、リーダーに「社員の意識を変えられますか?」と問いかけ、「誰もが美しい心を持っている、それを引き出せますか?」と聞いていました。

大田嘉仁『運命をひらく生き方ノート』(致知出版社)

そして、「社員の意識を変える力のある人、社内にフィロソフィを浸透できる人がトップになるべきだ」と強調し、「フィロソフィを身につけて、実行できる人がトップになるべき」「社員のやる気が起こるようにする、意識を変えられる人がトップになるべき」と説いていました。

これらの言葉は経営の本質を突いたものであり、稲盛さんが京セラやKDDI、そしてJALで実践し、証明してきた真理でもあります。

稲盛さんは、京セラ・KDDI・JALで「全社員の心をよくすること」に精力を注ぎ、その結果、3社ともよい業績の会社になりました。だからこそ、「心を高める。経営を伸ばす」と語り、リーダーの最大の仕事はフィロソフィを浸透させ社員の心をよくすることだと教えているのです。

----------
大田 嘉仁(おおた・よしひと)
MTG相談役、元日本航空会長補佐
昭和29年鹿児島県生まれ。53年立命館大学卒業後、京セラ入社。平成2年米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、22年日本航空会長補佐専務執行役員に就任(25年退任)。27年京セラコミュニケーションシステム代表取締役会長に就任。令和元年MTG取締役会長就任。現職は、MTG相談役、立命館大学評議員、鴻池運輸社外取締役、新日本科学顧問、日本産業推進機構特別顧問など。著書に『JALの奇跡』(致知出版社)、『稲盛和夫 明日からすぐ役立つ15の言葉』(三笠書房)などがある。
----------

(MTG相談役、元日本航空会長補佐 大田 嘉仁)