「会社を辞めたい」と言ってきた20代の女性に「給料4分の1」を提案したところ、離職を取りやめて元気に働いているといいます。どういうことでしょうか?(写真:Graphs/PIXTA)

今、多くの企業が人手不足に悩み、離職を防ぐことは喫緊の課題となっています。

とはいえ、努力しているつもりでも部下が辞めていくと頭を抱える上司は多く、複数の部下に離職され、部下との接し方がわからない、部下と接するのが怖いと悩む方もいます。

そこで、経営心理士として1200件超の経営改善を行った一般社団法人日本経営心理士協会代表理事の藤田耕司氏の著書『離職防止の教科書――いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』から一部を抜粋・再編集し、部下が辞めない上司に共通することについてお伝えします。

離職者を出さない上司がやっていたこと

私は経営心理士、公認会計士として、心理と数字の両面から経営のコンサルティングを行っています。


その中で今、いちばん多い相談が人手不足に関するものです。

募集をかけても人が採れない。だから、社員に辞められたら辞めた穴を埋められない。それで現場が回らなくなる。まずは離職を防ぎたい。

そういったご相談が多いのです。

私はこれまで、離職率が低い会社の経営者や離職者が出ていない管理職の方とお会いする機会があると、「離職者を出さないようにするには何が重要だと思いますか」という質問をしてきました。

その答えを聞き、内容を分析していく中で気づいたことがあります。

それは「マーケティングと同じことをやっている」ということです。

マーケティングとはターゲットのペルソナを定め、そのターゲットのニーズを明確にし、そのニーズに応じた商品開発や広告、営業を行うことで売上を伸ばす活動です。

このマーケティングの基礎となるのが、ターゲットとなる顧客の深い理解です。

顧客を深く理解し、その理解に基づいて顧客のニーズに合った戦略を展開していく。だからこそ、その顧客に気に入られ、購入につなげることができます。

これと同じことを部下に対して行っている上司が、離職率を低く保てているのです。

つまり、離職者を出さない上司は、部下というターゲットの理解を深め、その部下が抱くニーズを把握し、そのニーズに沿ったマネジメントを行っているのです。

その部下がどういった価値観を持っているのか、プライベートも含めどういう状況にあるのかについて、日常の雑談や飲みに行ったとき、面談のときなどに把握する。

それが把握できれば、会社に何を求めているのかもわかる。その点について優先的にケアしていれば離職は防げる。

そのように話す方が多くいらっしゃいました。

部下の理解を深め、会社や上司に対して抱くニーズを把握し、それを満たす関わりをすることで満足度を高める。そうすることで「辞めたい」という心の動きを生じさせず、「離職」という行動を防ぐことができているのです。

ニーズの基となる人間が根源的に抱く欲求

では、部下はどのようなニーズを持っているのでしょうか。

ニーズの基となるのが欲求です。

欲求の分類でいえば、マズローの「欲求段階説」が有名ですが、米国の心理学者クレイトン・アルダファーは、その欲求段階説をさらに発展させた「ERG理論」を提唱しました。

ERG理論では、人間は「生存欲求」「関係欲求」「成長欲求」という3つの根源的な欲求を抱くとしています。

「生存欲求」とは、安心・安全に生きていきたいという欲求です。

「関係欲求」とは、良好な人間関係を築き、人から認められたいという欲求です。

「成長欲求」とは、苦手を克服し、創造的、生産的でありたいという欲求です。

私はこの3つに加えて、人に喜んでもらいたい、人や社会の役に立ちたいという「公欲」も、人間が根源的に抱える欲求として考えています。

部下もこの4つの欲求を抱いており、会社や上司に対して次のように欲求を満たしてほしいと望んでいます。

生存欲求→健全な労働環境のもとで十分な給料を払ってもらいたい
関係欲求→良好な人間関係の中で働きたい、自分のことを認めてもらいたい
成長欲求→成長の機会を提供してもらいたい
公欲→仕事を通じて人を喜ばせたい、社会の役に立っている実感を得たい

このうちのどれか1つでも満たされなければ、それが離職の要因となります。

そのため、この4つの欲求を満たせるように意識してマネジメントを行うことが、離職を防ぐための基本的な関わりとなります。

私が主宰する経営心理士講座では、この4つの欲求に基づくマネジメントをお伝えしていますが、離職率55%の会社で離職率が0%になった事例や、離職率40%超の会社で離職率が0%になった事例など、多くの受講生の会社で離職率が下がっています。

部下ごとにどの欲求が強いかを把握する

そして次に、各部下がどの欲求を強く抱いているのかを把握します。

どの欲求を強く抱いているのかは部下によって異なります。そのため、より強く抱いている欲求を優先的に満たす関わりを行うことで、より効果的な離職防止のマネジメントを行うことができます。

「部下によって、より強く抱いている欲求が異なる」ことを端的に示すエピソードがありますので、ご紹介しましょう。

ある不動産会社では、ベテラン営業マンが数多くいる中、20代の女性社員が常時TOP3に入る営業成績を残します。ところがその女性から退職の申し出がありました。

驚いた社長が理由を聞くと、給料は売上に比例する歩合制で、営業成績は社内に張り出され、周りの社員は自分がいくらもらっているかがわかる。それがやっかみとなっている。営業は楽しいが、人間関係がつらい。だから辞めたいとのこと。

「じゃ、給料はだいぶ下がるけど、一般職員と同じ固定給にして営業成績を貼り出すのをやめようか」と社長が言うと「いいんですか? だったら辞めません」と言われ、社長も「え?! 本当にいいの?」と唖然としたと言います。

彼女の営業成績だと、歩合給から固定給に変えると給料が4分の1ほどになってしまう。でもやっかみをもたれるよりは給料が4分の1になったほうがいいと言う。

それで固定給にしたところ、意欲的に営業に取り組んでくれているとのことです。

離職を防ぐための効果的なマネジメントのために

この話に驚かれる方も多いかと思いますが、彼女にとっては高い給料をもらうこと(生存欲求)より、人間関係のストレスなく働けること(関係欲求)のほうが重要なのです。

このエピソードは極端な事例ですが、これほど「会社に求めること」は人によって違います。「最近の若者はこうだろう」と決めつけることなく、目の前の部下1人ひとりを、しっかりと見る必要があるのです。

目の前の部下はどの欲求が強いのかを把握し、その欲求を優先的に満たす関わりを行うことで、より効果的な離職を防ぐためのマネジメントができます。

その際に上記の4つの欲求をベースに考えると、より明確に把握しやすくなります。

人手不足が深刻化するこれからの時代、離職防止は差し迫った課題です。

これを機に、部下の理解を深め、離職を防ぐための効果的なマネジメントを進めていただければと思います。

(藤田 耕司 : 経営心理士、税理士、心理カウンセラー)