新しいMacの発表を行ったアップル。そこには強い戦略的意志が見受けられた(写真:アップル)

アップルは先週、10月28日から30日にかけて、3日間にわたって新しいMacの発表を行った。発表そのものは、同社のラインナップを刷新していく魅力的な製品のプレゼンテーションだったが、全体を俯瞰してみるとそこには強い戦略的意志が見受けられる。

それは“生成AI時代”に対応したハードウェアプラットフォームを作るため、製品ポートフォリオを適応させようとする強い意志だ。

ChatGPTをはじめとする生成AIの大きな流れから、当初アップルは、かけ離れた場所にいるように考えられていた。その中心にいたのはマイクロソフトであり、OpenAI、グーグル、あるいはデータセンターでの需要が見込まれるNVIDIAなどだ。

そうした中で、別の評価軸を作るためにアップルが今年6月に発表したのが“Apple Intelligence”だった。


WWDC24でお披露目された“Apple Intelligence”(筆者撮影)

アップルは最新世代のiPhoneを紹介する際にApple Intelligence対応であることを前面に押し出しているが、AIを開発する他企業との違いは“iPhoneをはじめとするアップル製端末”の付加価値を高めるため、端末に多様なパーソナル情報に生成AIを適応させ、極めて個人的な問題解決に使えるようにしていることだ。

そして、さらに大きな違いがある。それはビジネスモデルに起因している。アップルは大規模半導体設計、OS開発、アプリケーション開発、ハードウェア製品、オンラインサービスのすべてを自社で開発し、そのすべてを“アップル製品の価値を高める”ために戦略を集中させている。

Apple Intelligenceがもたらすもの

Apple Intelligenceはエンドユーザーが使う端末に集まる情報や、日々使う情報機器の利用履歴をユーザー価値に変換するコンセプトと言い換えることもできる。

iPhone、iPad、Macなどにおける生成AI活用の共通の価値は多い。

3つのプラットフォーム(Vision Proも含めると4つ)には共通するアプリが搭載されており、同じIDで連動するよう設計されている。次にあげる機能は、Macに限らず、Appleのプラットフォーム全体で利用できる機能と考えていい。


共通プラットフォームでAIの利便性を高める(写真:アップル)

Writing Toolsは文字入力可能なあらゆる場面で利用できる文章作成支援機能だ。文章の書き換え、校正、要約といった機能をワンクリックで実行可能で、特に自分の考えは明確だが表現に悩んでいる場合などに、アイディアを雑多に書き留めたうえで清書させるといった場面で威力を発揮する。

写真アプリでは「オレンジのシャツを着てスケートボードに乗っている花子」といった具体的な描写での検索が可能になる。この機能は動画にも対応しており、特定のシーンを検索して直接シーンにジャンプすることもできる。すでに日本語版でも利用可能になっているClean Upは、写真に写り込んだ不要な要素を撮影時の意図や雰囲気を損なうことなく除去できる。


ギャラリーをスクロースして写真を探す必要はもうない(写真:アップル)

メールアプリケーションでは、Apple Intelligenceが優先度の高いメッセージを自動的に検出して強調表示し、インボックスや特定のスレッドの要約を提供する。Smart Reply機能により、文脈を考慮した適切な返信文の提案も行う。メッセージアプリケーションでも同様の機能が実装され、会話リストでの要約表示やSmart Replyによる返信支援が可能となっている。

無駄な通知を和らげるフォーカス機能にも応用されており、「Reduce Interruptions」という新しいモードが追加される。通知の内容を判別し、子どもの送迎や学校や会社からの通知、急な夕食の誘いなど緊急性の高いものを日常の行動から学習、判別して通知する。

AIと聞いて想像するだろうSiriも大幅な機能強化が施される。これまでのSiriはアシスタントではあるが、AIとは別の仕組みで動作する仕組みだったが、Apple Intelligenceの下では自然な会話が可能になる。

メモ帳アプリでは音声の録音と自動文字起こしが行えるようになり、内容は自動で要約が生成されて効率的な情報整理が可能だ。本文中に計算式を入力すると自動で計算を行う機能も追加され、アラビア数字やデーバナーガリー文字(ヒンディー語)など、複数の数字体系にも対応している。

これらの機能は現在、アメリカ英語でのベータ版だが日本語でも、来年4月には提供される予定だ。

しかし、これらはまだ“始まり”でしかない。

MacにおけるApple Intelligenceの価値

ここで挙げている機能は、実際にベータ版で利用できるものだが、どのデバイスでも有益な共通した機能であることは確かだ。しかし、各デバイスの利用シーンを考えるならば、それぞれの実装方法やチューニングはまた別に行われると考えるほうがいいだろう。

iPhoneであれば、さまざまなMessengerアプリを経由して、あるいはメールとMessengerアプリが混在する形で、スケジュールの調整や突然の連絡といったものを受け取ることが考えられる。

iPhoneは急な連絡で最初に選ぶ可能性が高いデバイスなため、集まる情報は雑多なものになりやすく、多様な異なる経路での情報を集約して判別する必要が出てくる。例えば、メールで連絡をとっていた食事の約束をMessengerで変更するといったことはよくあるはずだ。それらを時系列に並べながら最新の情報を示すといった処理に、AIはとても向いている。

ただし、現時点で、そうしたデバイスごとの最適化が行われているわけではない。Apple Intelligenceは段階的にAI支援機能を提供していく予定で、Apple Intelligenceからベータの文字が取れ、基礎的な機能が定着したのちにデバイスごとの機能が磨かれることになるだろう。

今回のアップデートは、そうした将来を見据えてのMac製品全体の見直しが行われたものだ。推論エンジンの強化やCPUの機械学習処理能力向上、GPU処理能力の強化などはその一環だが、Apple IntelligenceはすべてのAppleシリコン搭載モデルが対応している。つまり、対応できないMacはAppleシリコン時代以降は存在しない。

しかし、今回あまり目立ってはいないが、大きな変更が施された。エントリークラスを含めてメインメモリを16Gバイト以上に揃えたことだ。デスクトップ一体型(iMac)、デスクトップ型エントリーモデル(Mac mini)、ノート型エントリーモデル(MacBook Air)はすべて16Gバイト以上に統一された。MacBook Airはハードウェアは全く変更されず、メモリ搭載量だけが2倍になって、価格は維持。実質上の値下げだ。

このようなベーシックグレードの底上げは、将来的なMacにおけるApple Intelligenceへの適応性向上にある。なぜなら、パーソナルコンピューターとスマートフォンでは、同じAIでも活用シナリオが異なると考えられるからだ。

ハードメーカーのAI対応の道を照らす

Apple IntelligenceはAppleが提供するすべてのデバイス向けOSに組み込まれ、ユーザーインターフェイスの改善だけではなく、個々の機能を改善してコンピューターの使い方を変えていくだろう。

それは個々の道具としての進化の範疇ではあるが、一方で、パーソナルコンピューターは常に机の上にあり、仕事や学習クリエイティブをサポートする道具として、スマートフォンとは異なる使い方をするものだ。

一度に使う時間も長く、対話を通じて、じっくりと成果物の品質を高めていく面が、スマートフォンよりも明確にあると言えよう。そうしたデバイスである。パーソナルコンピューターは、同じAIの使いこなしでもより幅広いトークン量を求められる。

つまり、より長い文脈におけるより良い成果に向けてのやりとりが長くなり、以前に交わした対話に立ち返っての見直しなども必要になってくるだろう。実際に生成AIを活用している方ならば、そうした対話の長さ、文脈を汲み取ることの重要性についてわかるだろう。

搭載メモリの倍増は、今後のApple Intelligenceの開発の方向を示しているのかもしれない。つまり、パーソナルコンピューター向けへと発展させていくとき、基礎は同じでも応用の方向が変化していくのではないか。

今回のアップデートでアップルは、Macの事業領域でのAI対応の準備を整え終えたが、半導体、デバイス、OS、クラウドを統合しながらAI時代へと適応させる動きは、今後もiPhone、iPadはもちろん、すべての事業領域にわたって動いていくだろう。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)