創業26年で不動産業界4位まで躍進し、2023年には売上一兆円を超えたオープンハウス。その成長の基盤には「お客様に合わせたマーケットイン」の考え方がある。「全ファネルを俯瞰で見ると、成長の余地が見えてくる」と話すのは、オープンハウスグループのデジタルマーケティング部門を統括する川島佑太氏だ。企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていくDIGIDAY JAPANのインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」。今回は、2桁成長を続ける同社の秘策について、マーケティング視点から川島氏に話を聞いた。

コミュニケーションを科学する

DIGIDAY編集部(以下、DD):オープンハウスといえば、不動産業界内における突出した売上成長率が注目されていますね。また、営業力の高さも話題になっています。川島佑太(以下、川島):不動産業界の成長率は2.9%と言われるなか、当社は2013年の上場以降、平均成長率が29%で推移しています。2桁成長の数字を支えている要因はさまざまありますが、お客様のニーズを吸い上げる、マーケットインの考え方がまずベースにあります。「都心に戸建ての家を持つ」ことを諦めていたお客様に、個々のニーズに合わせたご提案をすることで、ご購入に至る成約率が上がっているのです。それは営業の力だけで実現することではなく、マーケティングの戦略も大きいと考えます。

川島 佑太(かわしま ゆうた)/オープンハウスグループ マーケティング本部デジタル戦略部 部長。新卒でオープンハウスに入社し、営業職として戸建仲介販売を経験後、マーケティング部へ異動。契約管理システムのPM、自社独自のCRMツールの改善に加え、リードナーチャリング、マーケティングオートメーションなどの業務も担当した。WEB広告運用マネージャー、事業推進グループ長を経て、現在はデジタル戦略部にてデジタルマーケティングを統括する。プライベートでは子どもの幼稚園の運動会で「走れるかっこいいパパでいたい」と、ジム通いを続けている。

DD:具体的に数字を牽引した施策があるのでしょうか?川島:大きな要因といえる施策がひとつあるわけではなく、施策の掛け合わせですね。デジタルマーケティングの役割としては広告で認知を上げ、サイトに誘引して会員登録、資料請求、お問い合わせまでの反響を最大化し、営業につなげるのがミッションです。反響を取るにはある程度の投資も必要ですが、ここで重要なのは費用対効果。会員登録数が伸びても、成約がゼロでは意味がありません。ではどうするかというと、ひとつはマーケティング業務をインハウス化し、コスト効率を上げること。もうひとつは熱量の高いお客様を獲得することです。DD:専門性が要求されるなど、インハウス化の実現は簡単ではないようにみえます。また、インハウスのメリットをどのように感じていますか?川島:これまでお付き合いの深かった代理店様もインハウス化に向けて協力的に支援して下さったという背景があり、スムーズに進めることができました。インハウス化を進めることで、社内メンバーの責任感の醸成できたことは大きなメリットです。これまでは代理店さんが課題を咀嚼して提案をしてくれたわけですが、これからは自分たちでそれをしなければなりません。現場が「もっと細かく知らなければならない」という意識が高まったこと、そして何より現場が目標に向かって頑張れたということが、もっとも大きな成果だと思います。DD:運用していく上での障壁やリテラシーなどの認識も上がっていったということですね。川島:そのとおりです。もうひとつ、費用対効果を上げるための「熱量の高いお客様を獲得すること」ですが、どの媒体にどのメニューで出稿するか、ポートフォリオをすべて見直しました。過去のWeb広告は数字至上主義でしたが、今はCPAが多少高くなっても角度が高いメニューだけを出しています。入り口(会員登録)の部分は、まずその見直しを行い、次にコンバージョンポイントにつながる戦略を考えていきました。とくに会員登録後、お問い合わせまでつなげるためにABテストなどの施策を練り上げ、会員登録から資料請求までの転換率を上げましたね。お問い合わせのあったお客様については、どこの店舗にご案内するかも重要です。希望に沿った提案ができる店舗にご案内することで、成約率が大きく変わるからです。こうしたお客様とのコミュニケーションを「科学」して、すべてのチャネルにおいて少しずつチューニングしていったことが、2桁成長におけるマーケティングの貢献だと感じています。

コンバージョン=顧客の感情

DD:マーケティングを実施する上で重要なポイントは何だと考えていますか?川島:当社のファネルで言うと、まず獲得の広告があり、会員登録後の資料請求があります。この転換率を上げることは先ほどお話ししたとおりです。その後、営業に引き渡されてお客さまと直接のやり取りがあり、クロージング営業でご契約に至るという流れですが、ここで重要なのは、こちらが提供しているものがお客様の感情とタイミングが合っているかどうか。お客様の感情は「連続したもの」なのですが、企業側はファネルが分断されています。サイト制作はベンダー、広告はマーケティング、ここから先は営業というような企業都合の縦割りになっていることが多い。これではどこかで歪みができてしまう可能性があります。データを改めて見直すと、コミュニケーション上のお客様の体験によって施策への反応が異なり、そして行動が変わることがわかります。ということは、全領域を俯瞰で見る必要があります。コンバージョン=お客様の感情と考えられるので、一気通貫した顧客体験を提供しなければならないんです。DD:ユーザー視点で全ファネルを見るということですね。川島:こちら側はお伝えしたいメッセージがあって、それを伝えたつもりでも、お客様に伝わっていなければ意味がないし、ファネルの違うメッセージをストレスに感じているかもしれません。そのギャップを埋めるために何ができるか考える。これが「改善の余地」だと考えています。DD:特徴的な戦略として「契約予測モデル」と「熱量予測モデル」という型があると伺いました。川島:契約予測モデルは当社サイト内でのお客様の回遊ログを分析し、実際に契約に至るかどうかを予測するものです。これまでは1、2カ月かけて広告メニューの評価をしていたのですが、もっとPDCAを速く回したいという考えから作ったモデルです。いまは、お客様が会員登録した日から1週間で予測精度を高く出すことができるようになりました。一方で熱量予測モデルは、さらに深度を深めたもので、お客様ひとりひとりに合わせたアプローチを営業チームに引き継ぐものです。各ファネルのなかで行う施策は、できるだけ個々のお客様に合ったものであることが望ましいのですが、マーケティングチームはお客様の感情を「ログ」でしか判断できません。しかし、それをしっかりと活用したのが熱量予測モデルなんです。どのタイミングで、どの物件をご紹介するか、そうした予測を行い営業チームに繋ぐことで、営業の効率アップ、成約率アップにつながっています。

重要なのはマーケティングチームと営業チームの連携

DD:お話を聞くと、マーケティング成果をしっかりと営業チームに伝えていくことが重要だと感じますが、部署間の連携はいかがでしょうか?川島:これまでは組織が縦割りだったこともあり、マーケティング施策でお客様を獲得したら「あとは営業の方でよろしく」といった空気がありました。しかし、それはやはり成約に向かうなかでの障害になります。実際、営業は大変なわけです。雨が降っても風が吹いても営業活動はやめられないし、お客様の要望に応えなければなりません。ですから、マーケティングチーム側も「その雰囲気を持つこと」を徹底しています。営業と同じだけ汗をかくということですね。そしてもうひとつは「同じ目標を見る」ということ。マーケティングチームも営業目標を見て、自分たちも意識統一をする。ですから、服装を含め、営業チームと同じフォーマットで働いています。部署ごとに強みは必要ですが、お互いへの気遣いは重要ですね。もう一段階嚙み砕くと、「自責で考える」という会社の大事なキーワードがあります。たとえば会員登録しかしていない段階のお客様は、他社では追いかけていないところが多いと思いますが、当社は営業がきっちり追ってくれています。そのため、マーケティング側も「もっと営業が追いやすい反響を取ろう」という意識になるんです。営業側も「こんなに毎日反響があるなんて」と我々に感謝してくれるという環境ができています。つまり、お互いに「人のせいにしない」わけです。両チームが切磋琢磨するという文化は会社が作ってくれたものですが、非常に重要だと思います。DD:さらにオープンハウスを進化させるために重要なポイントは何だと感じていますか?川島:お客様が望むカスタマージャーニーに、さらに我々の施策を近づけていくことですね。企業都合ではなく、お客様からみた一気通貫で体験していただくこと。そういう意味でも、横串の組織を目指したいと思っています。成長の持続性を考えれば、お客様が体験上にストレスを感じないことが不可欠です。我々は、こちらが提供する体験とお客様の感情に乖離(かいり)がないかを見つけて改善をしていく。それをやっていかねばいけないのではないでしょうか。文/島田ゆかり、インタビュー・企画/島田涼平(DIGIDAY JAPAN)写真/三浦晃一