「MeganeX superlight 8K」のハードウェア設計と生産を行うのはパナソニックグループ。価格は24万9900円(筆者撮影)

VRヘッドセット「MeganeX superlight 8K」は、Apple Vision Proを超える高画質で、本体185gという軽さが話題となっている。

この製品のハードウェア設計と生産を行うのはパナソニックグループ。商品開発はパナソニックの社内ベンチャーから独立した株式会社Shiftallと共同で行い、業務向けにはパナソニック、コンシューマー向けはShiftallが展開する。

価格は24万9900円(税込)で、周辺の様子をカメラで捉えてデバイス内で再現するMR機能は搭載していない。一方でVRの画質はApple Vision Proを超えている。

片目4K(3552x3840)のマイクロOLEDパネルを搭載し、総解像度は両眼合わせて7104x3840、2727万ピクセルという圧倒的な画素数だ。加え、アップルが採用するソニー製OLEDパネルは1画素あたり8ビット階調だが、本機が採用するBOE製パネルは10ビットの階調を持つ。

その上でApple Vision Proのおよそ4分の1の超軽量ボディーを実現した。価格も半分以下だ。用途を絞り込んだ上で、特定用途での消費者ニーズを満たし、黎明期の事業立ち上げを狙う。製品は予約受付中で、2025年1月から2月にかけての発送が予定されている。

狙うはXR業界のグローバルニッチ

なぜパナソニックはこのジャンルに投資するのか?

XR(クロスリアリティ)とは、VR、AR、MRなどの技術総称として使われる略称で、フェイスブックがMeta Platformsと社名変更した理由にもなったように、いくつかの企業が将来有望なジャンルとして大きな投資を行っている。

多くの企業やクリエイター、開発者などがこのジャンルに注目しているにもかかわらず、まだすぐに市場が立ち上がる状況にはない。

Metaは毎年1兆円規模の研究開発投資を10年間続けてきた。アップルも研究開発投資の内訳は明らかにしていないが、Apple Vision Proの開発やプロモーションには同等、あるいはそれ以上の予算をかけているとみられる。

加えてもう1社、IT業界の巨人グーグルもクアルコム、サムスンと共に年内、XRデバイスの発表を控えている。Android XRと名付けられる新しいGoogleのプラットフォームは、来年には他パートナーに公開され、より多くの参入が見込まれる。

今まさにXR業界は、かつてスマートフォンが台頭し始めようとしていた“スマホイノベーション前夜”を彷彿とさせる状況だ。

一方で“現在”という時間軸で言えば、巨額を投じているアップルやMetaも含め、“苦戦している”のが現状だ。

MetaのXRジャンルにおける累積損失は、創業者自身が舵を取る同社でなければ許容できないものと言えるし、アップルも事業立ち上げの初期段階とは言え、市場での存在感を示すには至っていない。

それでも各社が巨額投資を行うのは、“スマートフォン時代の次”で、プラットフォームを担うことを目指しているからだ。

とはいえ、パナソニックはプラットフォーム支配を狙うガリバーと新しい市場ジャンルを作り上げることを狙っているわけではない。

グローバルでニーズのある、ほかの解決策では代替できない領域に絞り込み、徹底して最適化することで、まだマスへの広がりが期待できない時期からノウハウと顧客へのプレゼンスの確保を狙っているのだ。

“汎用”ではなくあえて“専用”に

パナソニック システムネットワークス開発研究所の小塚雅之氏は、「自動車業界向けにデザイン/開発、製造、販売の各段階でのVR活用を提案し、大きな可能性を共有できていました。中でも“デジタルツイン(バーチャル設計・製造)”は今すぐに成立している領域です。この領域でライバルを圧倒する“必須と言えるVR機器”の地位を確立することを目指しました」と話す。


装着感は非常に快適だった(写真:筆者撮影)

加えて、パナソニックグループは事業者向けに多くの営業チャネルがあり、自動車メーカーやハウスメーカーなど産業VRへとつながる製品ポートフォリオがある。当然ながら各メーカーの部門と深いつながりがあり、直接の提案を行える。

「設計と製造におけるデジタルツイン活用、特殊訓練の3分野はVRの効果が明確で代替手段が乏しいこともあり、短期では(汎用デバイスの性能や使い勝手が十分に上がるまでは)狙っていけると考えている」(小塚氏)

一方で産業向けだけでは量産数にも限界がある。そこで共同商品開発を行ったのがShiftallだった。

元々パナソニック資本だったShiftallは、コンシューマー向けメタバースのアクセストラフィックを、ほぼ独占している“VRChat”向け製品に特化した事業を行っている。

個人向け普及を狙った万能型の一体型ヘッドセットならば、アップルやMetaに勝ち目はない。しかし、長時間装着し続けるため軽量コンパクトであることが重視される分野に特化した専用デバイスに近い製品にすれば勝負できる。

アップルやMetaが狙う“将来の何でもできる汎用デバイス”ではなく、特定用途に特化させることでApple Vision Proを超える画質と185gの軽量化を実現し、狭い領域ではあるが“ナンバーワン”の製品に磨き上げることで想定する領域では局所的には勝ち切れる。

パナソニックは産業領域、コンシューマーではShiftallが、それぞれの領域で存在感を出せば次の世代へと繋いでいけるという考えだ。

“普及への道のりは険しい”からこそ

実際に装着してみると、その快適性はほかのライバルとは比べものにならないほど優れている。本体が軽量でコンパクトであるため、まるで手術用のマイクロスコープのように額に巻いたヘッドバンドにぶら下げ周囲を確認しながら利用できる。

Apple Vision ProやMeta Quest 3には、周囲の状況をカメラで捉え、空間をVRディスプレイ内で再現するMR機能があるが、複雑で重いシステムになる。本機ではもっとシンプルな解決策を採用し、ワンタッチでフリップアップさせることで周囲の確認とVR視野の切り替えを可能にしている。


一瞬で現実世界に戻ってこられる構造(写真:筆者撮影)

将来的な発展性としてMRのほうが進化の余地があるものの、“現在の技術的な制約”の中では現実的な選択肢だ。

競合製品としては、Bigscreen Beyondという127gの製品(解像度は5.2K)が挙げられるが、より軽量なこの製品よりも本機は圧迫感を感じない。なぜなら額に固定するため、長時間での圧迫が少ないためだ。

表示品質も5.2KのBigscreen Beyondに比べると明白な違いがある。

また、業務用途で多くの人が1つのデバイスを使うことも考慮し、視力補正は専用の補正レンズを用いる方法のほか、レンズとディスプレイデバイスの距離を調整することで簡易的な視度補正も用意されている。


片目4K(3552x3840)のマイクロOLEDパネル(写真:筆者撮影)

Shiftallとパナソニックの最初の共同開発製品だった初代Megane Xでは、ややチグハグな面も感じられたが、MeganeX superlight 8Kでは“特定の得意な領域”を絞り込み、商品企画とハードウェア開発においてフォーカスが定まっている印象だ。

XR表示デバイスの普及にはさまざまなハードルがあるが、その中でも“手軽な装着性”と“長時間利用における疲れ軽減”は、最も大きなハードルだ。この点を乗り越えることで、用途の幅は狭くとも選んでもらえる製品を作っている。普及への道のりが険しいからこそ、“何にでも使える”ことを目指し王道を行こうとするAppleやMetaにはできない製品としたのだ。

“目指すのはレッツノートやタフブック”

もちろん、シンプルに装着性や軽量性を目指した製品だけに、あらゆる用途に向いているわけではない。本機を使うためにはSteamVR方式のベースステーションという機材を2台用意し、コントローラーや強力なGPUを搭載するWindows PCも必要だ。

しかし業務用であれば、すでにそれらの機材が導入されている現場もあり、圧倒的な装着感と高い画質でリプレースを狙い、その上で超軽量や装着性の高さを生かした用途提案を行っていく。

コンシューマー向けはShiftallのオペレーションだが、こちらは“VRChatユーザー”専用とも言えるマーケティングを展開する。現状、コンシューマー向けVRアプリケーションでは、VRChatが同時接続数の大多数を占めていると分析している。

小塚氏は「将来的にはより汎用的なプラットフォームが伸びていくだろう。しかし、そうしたジャンルで勝負するつもりはない。例えばパナソニックの製品には、レッツノートやタフブックといったパソコンという成熟ジャンルの中でも、確実に顧客が選んでくれるブランドがある。われわれが目指しているのは、そうした製品だ」と話した。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)